第7話 シャルロッテ・グラウディ②
私はごくありふれた平凡な家庭で生まれた。
<シャルロッテ>大昔の大賢者の名前から取っているこの名前が大好きだ。
一人っ子だった私は、両親からは愛され何不自由なく暮らしていた。
十歳の頃、父が読んでいた本を興味本位に読んだ。
それはまるで自分の世界が広がった様な感覚だった。
【魔法】 この世界に行使できる人は限られていて、魔力を持った者にしか発動ができない。
私にもあったらな……
そんな思いで両親に、教会へと連れて行ってもらった。
判定は"有"。
その日から私は五年間修練を積んだ。
遊びにも行かずに剣の鍛錬。魔法の行使。日が出る頃から始め、日が沈む頃に終わる。
そんな毎日を送る私に両親は心配を吐露していたが、私はそんな心配をよそに修練を積み続けた。
十五歳になった頃、中級魔法を覚えた私は冒険者に憧れた。
この力で王国の宮廷魔術師に仕える選択肢もあったのだが、それ以上に心惹かれる人物がいた。
史上最年少の十六歳でAランクへと昇進し、Sランクもすぐに到達するだろう、と言われている天才。
レオン・レインクローズ。
王国中で知れ渡っているその人に会いたい。
そして、できることならば追いつきたい。
その思いで、白魔法が行使できる幼馴染のセリアちゃんと一緒に私は遂に冒険者になった。
Fランクから始める冒険はとても簡単で、依頼を難無くこなしていく。
そんなある日。
冒険者になって三ヶ月の月日が経った頃だった。
突然ギルドマスターに呼ばれることとなる。
悪い事は何もしてないのに物凄く緊張をした。
「シャルロッテ・グラウディ。君には才能がある。ただ、まだまだ世界を知らなすぎる。そこでだ。一度だけ、Aランク冒険者の補給要員として同行してもらう。名前はーー」
夢だと思った。
ずっと憧れていた人に会える。
私はマスターの目も
癖のない黒髪に、どこまでも吸い込まれそうな深く優しい黒目。
なんの魔物か分からない皮質のレザーアーマーを着ていた。
優しい風貌とは裏腹に、一太刀で凶暴な魔物を葬る姿に私は目を引かれていく。
この人が……レオン・レインクローズ。
<魔の巣窟>は今まで見た魔物の中でも、次元が違っていた。
獅子の顔と蛇の尻尾をしている魔物。
人の骸を首に掛けている、自分より二回り程大きい鳥の魔物。
王冠を被った大剣を扱う大鬼。
全ての魔物に足が震えた。
セリアちゃんは杖で身体を支えながら、ずっとプルプルしている。
そんな次元の違う魔物を、目の前の彼たちは難なく葬る。
畏怖と同時に、私の強い想いがこれ以上あるのかという程高まっていった。
そんな彼はFランク程度の私とある"約束"をしてくれた。
「な、なら……強くなったらまた……冒険に一緒に行ってくれますか? それまで冒険者を続けてくれますか?」
「もちろんだよ。シャルたちが強くなったら次は別の場所に行こうか。その時は俺たちを守ってね?」
何もできない私に嫌な顔一つしないで、優しい声色で私と約束してくれた。
満面の笑みを浮かべた彼の顔は、今でも脳裏に焼き付いている。
Fランク冒険者とのただの口約束。
彼は忘れているかもしれない……いや、きっと忘れているだろう。
それでも、”必ず強くなる”とあの日に誓った。
彼との冒険から一年で、Sランク冒険者になったと噂で聞いた。
国王様も参加しての祝儀は、国を上げての盛大なお祝いになった。
もちろん私も自分の事の様に喜んだのを覚えている。
ただ……
その日から……彼は消えた。
<月の庭>にも顔を出さなくなった彼は、「Sランクのレベルに着いていけなくなった」 と風の噂で耳にした。
それを嘲笑う人もたくさんいる。
そんなはずない。そんな人じゃない。
彼は間違いなく最強だ。私はこの目で見たんだもの。
噂なんて気にも止めずに、あの時の"約束"を信じて私は冒険者を続けた。
「シャルロッテ・グラウディ。君たちに指導を受けてもらう」
突如マスターに呼ばれた<金の翼>は、今や四人パーティーとなった。
二年前にCランクとなった私とセリアちゃんは、二人での依頼は正直少しキツくなっていた。
そんな時、同じ事を思っていた前衛パーティーと合致した。
男の人は"彼"以外全員怖い顔をしている。彼らも最初はそうだった。
ただ一緒に依頼を受ける中で、配慮が足りない所も多々あるが、誠実な人たちだと思えることができた。
「だ、誰にですか?」
指導。
マスターがそう口にした。
今やBランクの上位まで行っている私たちを、指導する人なんてそうそういないだろう。
ましてや私ソロならAランク上位にも入れると自負している。
「君が一番尊敬している者だよ」
マスターがそう言って微笑む。
笑顔なんて今まで見たことなかったので、まずそこに戸惑う。
そして……
「レ、レ……レオンさんですか……?」
声が震える。彼の英雄譚はもう過去の話だ。
彼以外の<魔の刻>のメンバーたちは、Sランクの依頼をこなしていると聞いていたが……
彼だけは冒険に出ていないようだった。
「あぁ、そうだよ。明日またこの時間に<金の翼>全員で来るように。シャルロッテ・グラウディ……君の四年間は今ここで叶う」
涙が出そうになった。ローブの裾を握って必死で堪える。
私の四年間は無駄じゃなかったんだ。
驚きと幸せがぐちゃぐちゃになる。
やっと彼に四年間の集大成を見せることができるんだ。
その日の夜は全く眠れることができなかった。
翌日の同じ時間に私たちは皆、柔らかいソファの上に腰を下ろしていた。
コンコンッと高い音が聞こえて身体が震える。
泣いちゃダメだ。彼の顔を見る前に、自分の頬に鞭を打つ。
レオン・レインクローズ。本物だった。
あの時から一切変わらない雰囲気。唯一違う点があるのならば、ラフな服装をしていること。
彼は私たちをチラリと見てから、マスターに視線を移す。
その後ろからレティナさん、マリーさん、カルロスさんが、マスターに挨拶してソファに座る。
もちろん彼も。
魔力も闘気も一切感じない。
ただの一般人の様なオーラに、また格が違うと思ってしまう。
私でも全部抑えることはできない。
それをいとも簡単に、目の前の<魔の刻>はやっている。
私は私にできることをしよう。
魔力を抑える。完全ではないにしろ自分で掴んだイメージ通りに。
マスターと彼が話し合っているのを黙って聞く。
ただ、彼は……
指導を拒絶しているようだった。
マスターと彼の会話からは、聞きたくもない拒絶の意思が伝わり……また涙が出そうになる。
きっと……いや、もう"約束"の事も覚えていないだろう。
胸がただただ締め付けられる。
たかがFランク冒険者との口約束なんて、彼にしてみたら日常会話みたいなものだったのだろう。
でも……それでも私はまだ諦めたくなかった。
「べ、別に貴方に教えてもらわなくてもAランクなんて余裕だけど??」
震えた声をなんとか抑える。
四年間で私は力をつけた。それを彼に見せたい。
彼は私の言葉に呆気を取られていた。
「このままいけば私たち<金の翼>は絶対にSランクになるわ。みんな毎日依頼をこなしているし、私は魔術だけでなく短剣も扱える。それも今のBランク冒険者とは比較にならないくらいにね?」
あまりの大袈裟な発言に自分でも笑ってしまう。
でも彼は、 「あとは自信だけ」 と言ってくれた。
緊張で棘のあるような発言になってしまうのも仕方ない。今は許して貰おう。
「これでSランクとか笑えるな…………あっ……」
彼の言葉で途端に恥ずかしくなる。
そりゃそうだ。彼からしてみたら私たちなんてまだまだひよっこ。
それでも……彼からは聞きたくなかった。
恥ずかしさと同時に悲しみも溢れ出す。
それを唇を噤んで何とか耐える。
……それがいけなかった。
空気が震える。
彼を蔑める言葉を仲間が放った為か、彼を守る様に殺意が帯びる。
怖い。ただその一言に尽きた。
闘気が……魔力が………脳が逃げろと危険信号を送っているが、私はソファの上で震えることしかできなかった。
次元が違う。
それから何とかマスターの押しによって、
一緒に行ける喜びと緊張でドキドキしたが、これから討伐する
一度戦って敗戦した。問題は前衛の火力不足。
だから、頭を重点的に狙ったが、厚い皮と骨を断ち切ることはできないようだった。
なら次は…… と意気込む。
蛇を前衛が先に潰し、私が獅子を弱らせる。これなら確実に勝てると思って…………いた。
前衛組で蛇を潰せると思ったのが致命的だった。
魔術の術式を行使出来ないまま、短剣一本で獅子にぶつかる。
負けられなかった。彼が見ているから。
ここで負けたらきっと彼は……
気づいた時にはベッドの上だった。
セリアちゃんから事の顛末を聞き、一目散に<月の庭>へと走る。
身体がそこら中痛いが、気になんてしてられなかった。
鼓動が身体が、限界だと告げている。
でも、私の足は止まらない。
大きく開いた<月の庭>の入り口から入り、アリサさんの心配そうにしている顔が目に映った。
アリサさんにはとてもお世話になっている。
聞き上手で、私は自分の想いを告げているからだろうか。
手で二階にいるという合図を貰い、ギルドマスター室の前に辿り着く。
そして……
もうどれくらい経っただろうか……
永遠とも呼べる時間。
……マスターと彼が話し合っている。
聞きたくもない彼の冷たい言葉が胸に突き刺さる。
涙が止まらなかった。足も動けない。
不正確な指示を送って無様に負けた。
何が、 「絶対にSランクになるわ」 だ。
彼の言う通り笑いにもならない。これがただの道化ならどれだけよかっただろう。
彼が扉から出る前にここを去らなければ……これ以上こんな所に居たくない。
……居たくないよ。
ガチャリッと扉の音がして彼が立ち止まる。
「い、いつから居たの……」
顔を上げる事はできない。涙でぐしゃぐしゃだから。
いっそ見なかったことにして何処かへ行ってくれたらいいのに。
そんな小さな想いでさえ届かない。
だって……彼は優しいから。
「シャ、シャル……?」
もう限界だった。気を張るのも。自信を持つのも。
私には荷が重すぎたのだ。
自信なんて……本当はこれっぽっちも……
彼は誰よりも優しい。慰めてあげようと頭を撫でてくれる手も。温かい気持ちになれる優しい目も。
彼の顔を見たら不思議と吐露していた。
覚えてもいないだろう四年前の"約束"を。
「みぜて……やろ……とおもったの。わたした……ちは……つよくなった……んだよっ……て」
当然彼は呆気に取られていた。
意味がわからないのだろう。私が泣いていることも。言っていることも。
「強くなったよ」
……え?
「……ぇ……?」
耳が遂におかしくなったのか、幻聴が聞こえた。
嘘だよ。だって彼は……
「シャル、ごめん」
ほら。どうせ今のもたまたま……
「なにに……あや…まっでるの? わ、わたじがよわい…っから……?」
「いいや、違う。君はとても強くなった。"四年前"よりもずっと……ちゃんと仲間を守れるくらいに」
もう溢れないと思っていた涙が、呼吸をする様に溢れ出す。
覚えていてくれた……覚えていてくれた。
こんな弱い私との"約束"を彼は……
嬉しかった。
四年間の想いは無駄じゃなかったって思えたことが、ただただ嬉しかった。
彼は泣き止むまで待っていてくれた。
本当に優しい人だ。私に手を差し伸べてくれるが、身体は限界で歩けそうにない。
「じゃあ、おんぶでもしようか?」
冗談と分かっているその言葉に、私は甘える。
彼の背中は想像よりも大きくてとても心地がいい。
明日の昼から指導してくれるという話に、身体はもってくれるだろうかと心配になるけれど、今はそんな事どうでもよかった。
明日は絶対に切り替えよう。
でも今は……このひとときだけは……彼に身を委ねて……
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