第5話 獅子蛇討伐②
レティナが掛けた
そして、尻尾の蛇と相対すると、剣士が迷いなく剣を振るった。
蛇の鮮血こそ舞うが、どうやら傷は浅いようで、蛇は動じることなく牙を剥き剣士に襲い掛かる。
無防備な剣士に襲い掛かるその牙を、側に居た大楯が逸らした。
「
無詠唱で放ったシャルの魔法は、
身体を揺らめく程のダメージを与えるが、中級魔法なためか致命傷には至らない。
すぐさま体勢を取り戻した
上位の魔物は下位の魔物より知能が発達している。
上位の中でも最低辺の
剣士と大盾は蛇との戦闘に手一杯だったせいか、
キンッと高い金属音が鳴ったかと思えば、シャルの短剣が
その後ろにいる白魔法使いは突然な事に恐怖を感じたのか、シャルの後ろでガクガクと震えていた。
あぁ……これは勝負ついたな。
そう思うのと同時に、
「レンくん……これもうダメだね」
いつの間にか隣に座っていたレティナがそう呟いたのだった。
戦闘が始まって五分過ぎ、俺が感じているのは"苛立ち"と"驚き"だった。
剣士と大盾はやはり才能がないのか、蛇の牙を弾くばかり。
斬り込もうとしても蛇の速さについていくのがやっとのレベルだ。
白魔法使いは、弱点は炎とアドバイスしたにも関わらず、雷属性をシャルに付与。
そして、長期戦になるのが予想できなかったのか、杖に掴まり老人の様にその場に立っているだけだった。
こいつらは今までなんの修練を積んできたと言うのか。
あまりにも無様な立ち振る舞いに心底苛立つ。
そんな中でシャルは……一人戦い続けていた。
牙には自身の力を使って、小さな身体で押さえ込む。
生と死の狭間で、必死な攻防を続けているシャルの姿は、他のメンバーが塵屑に見えるほど目を見張るものがあった。
明らかに自分より格上な相手にも関わらず、物怖じもせずに斬り掛かる。
それでも
何がこれだけシャルを奮い立たせているのか。
足手纏いしかいない中で、シャルがいるからギリギリ拮抗を取れている。
だが、どれだけ斬り込んでも決定打がない以上いつか終わりが来る。
そして、不意にその時が訪れた。
シャルは三度目の薙ぎ払いで生き急いだのか、短剣を
目を奪うのはいい戦略だが、現状でその行動は愚策。
あまりにも強い目力によって短剣を抜けきれず、怒り狂った
洞窟がぐらぐらと揺らめくほどの衝撃で壁に身体を打ちつけたシャルは、気を失った様でぐったりしていた。
その事の顛末を間近で見ていた白魔法使いは、目の前で怒り狂う
パラパラと石屑が落ちる様子は、まるで<金の翼>の敗北を祝うかのようだった。
「マリー」
「はいはい」
名前を呼んだ意図が伝わったのか、マリーは立ち上がりお尻をぽんぽんと払うと、左腰に携えていた二刀の内、太刀の方を抜いた。
マリーの下半身程あるその太刀は、しっかり手入れされているのか、
「レオンちゃん……私にもしてね?」
意味深な発言を言い残し…………消える。
それは一瞬で、瞬きも許されない程の迅速さだった。
音も残像さえも置き去りにするその速さは、<魔の刻>でもマリーだけだ。
消えて一秒も掛からないうちに、ズンと重い音が洞窟内に響く。
あれほど<金の翼が>苦戦していたというのに、マリーは呆気なく
カルロスがその鮮やかさを表彰し、ひゅ~と口笛で表現してみせる。
「まーたあいつ速くなっていやがる」
「マリーちゃんを捕まえれる人ってこの世界にいるのかな?」
「んー、まぁ流石にいるんじゃない? 王国が広いって言っても、世界は広いんだし」
俺の言葉を耳にしたのか、
「レオンちゃん」
突然俺の目の前に現れた彼女の顔は、ほんの少し身体を前のめりにすれば、キスが出来そうな距離にあった。
「マ、マリー? 近いよ……?」
「レオンちゃん……ご褒美は?」
「へ??」
あまりの近さにどぎまぎを隠せない俺は、その意味を考える為に思考に耽る。
やりたくない仕事を押し付けたのは俺である。
そんな俺に対して、この距離でご褒美を強請るという意味は……一つだけ。
よ、よし……それなら仕方ない!
俺は意を決して目を瞑り、マリーと……
「だめぇええええええええ!!!」
「ぐはっ」
突如レティナに突き飛ばされて、俺は尻餅をつく。
「レンくん! ここにはみんないるんだから、場所を弁えて!」
お尻をさすりながら口惜しく見上げると、両手を腰に当てぷんぷんと怒ってるレティナが視界に映った。
その姿に、ふと懐かしく思う気持ちになる。
昔もこんな感じだったよな……?
少しだけ………ほんの少しだけ違和感を感じるが、俺はその違和感が何なのかは分からなかった。
ちなみにマリーのご褒美は”撫で撫で”だったらしく、俺の背丈より少し低いマリーにいい子いい子してあげたのだった。
ちなみに、
このアイテムが普及したおかげで冒険者の荷物が軽くなり、魔物の素材を必ず持ち帰ることができるようになった為、討伐したという虚偽の申告などが防げるようになったらしい。
「ねぇ、レンくん?」
レティナがニコニコしながら笑いかけてくる。
ただ、その笑顔はいつものような可愛い笑顔ではなく殺気に溢れていた。
「どうしてシャルちゃんをレンくんが背負っているのかな?」
「どうしてって……」
<金の翼>のメンバーは憔悴しているし、マリーとカルロスは
レティナに至っては筋力皆無だ。
「そりゃ、彼女が"女の子"だからだろ?」
カルロスはすぐ爆弾を投下する。
とても一個上とは思えない程、空気が読めないのだ。
「なっ!? マ、マリーちゃん! なんか言ってあげてよ!」
「んー、まぁ私は満足しているから、別にいいけど……」
「マリーは空気が読める子で俺は嬉しいよ」
「わ、私だって読めるもん! みんながシャルちゃんを運べないなら、私の魔法で浮かせて運ぶよ!」
「いやそれ……王都に入ったらシャルが赤っ恥かくだけでしょ。浮かせて運ばれたなんて知れたら、彼女泣いちゃうよ?」
「う、うぅぅ……」
レティナは俺の言葉に反論できないのか、そのまま黙り込んだ。
「まぁ、俺みたいな奴におんぶされたって聞いたら泣くどころか怒りそうだけどね……」
冗談気味に言ったはずなのに黙りこくるメンバーたち。
こ、こういう時のカルロスだ! 彼ならここで空気を変えてくれるはず。
カルロスの方をちらっと見ると、彼は俺の視線に気づいたのかニカっと笑うだけだった。
いやいや、カルロス………お前はそこで何か言えよ。
あれから無事に王都へと辿り着き、白魔法使いにシャルが泊まっている宿屋へと案内を頼んだ。
どうやら白魔法使いとシャルは同じ宿屋で泊っているらしく、その場所に到着すると、俺は白魔法使いにシャルを預けて、独り<月の庭>へと向かう。
拠点のみんながいない理由は単純に、後はパーティーのリーダーである俺が今回の件を報告するだけだったので、全員拠点へと先に帰らせたのだ。
まぁ、人数が多いほど話し合いが長引くしね。
「はぁ、俺も早く帰りたい……」
そんな独り言を呟きながら、俺はとぼとぼと<月の庭>に向かって歩みを進めるのであった。
<月の庭>に辿り着くと受付のお姉さんに、受注していた
「あれ? もしかしてレオンくん?」
「え……?」
フードを深く被っていた俺は、足元から目の前のお姉さんに視点を向ける。
薄茶色の髪色に団子状に纏められている髪。
赤色の眼鏡は誠実そうな外見の彼女にピッタリと似合っている。
「……アリサさん?」
「えぇ! 久しぶりねぇ。マスターに呼ばれたって聞いたけど、レオンくん本人が来るなんて珍しいじゃない?」
「まぁ、命令なんでね……」
アリサさんは俺が冒険者になった頃から、<月の庭>で働いている受付嬢だ。
<魔の刻>みんなと仲が良く、マリーとはたまにお酒を飲みに行っているらしい。
「多分、三年ぶりくらいじゃない?」
「えぇ、そうだと思いますよ。みんなは迷惑かけていませんか?」
「んー? 貴方たちが私に迷惑とか考えたことあるのかしら?」
「無いですね」
キッパリと言い切った俺に対して、ポカンッと拳骨が飛ぶ。
正直この人とマスターには頭が上がらない。
冒険者を始めて二年間でSランクへと至った俺たちは、数々の無理難題を<月の庭>に提示して、了承を受けてきた。
例えば、一つのパーティーで一日に三つしか依頼を受けられない制度を無くしたのもその一つだ。
FランクからBランクまでは、俺たちにしてみれば退屈な依頼ばかりだった。
それをカルロスが突然、
「誰が一日で依頼を多くこなせるか勝負しようぜ。最下位の奴は罰ゲームな?」
というふざけた発言から、制度を撤回するという大それた話になってしまった。
ちなみにそれに負けたのはレティナで、一週間<魔の刻>の退屈な依頼をこなし、他のメンバーは遊びに出かけるというなんとも可哀想な罰ゲームを受けていた。
そんな思い出に浸っていると、アリサさんは
「あれ? 金貨二枚じゃなくて、四枚ですか?」
「えぇ。あそこには一匹の報告だったけど、二匹だったみたいだからその分の上乗せ報酬よ」
「そうですか。ありがとうございます」
俺は頭を下げて、その金貨を受け取る。
金貨四枚とは、一般的な市民が三、四ヶ月働かなくても食べていける程の大金である。
冒険者とはそれくらい稼げるのだが、魔物や賊を相手にする為、死はいつも隣り合わせなのだ。
「では、マスターに報告しに行ってきますね」
「はーい。でも、シャルちゃんも幸せね。やっと努力が実ったんだから」
努力が実った……?
アリサさんの言葉に俺は首を傾げる。
「はい? <金の翼>がこれでAランクにでも上がるんですか? それなら俺、抗議しますけど。いくら他人とは言え、知り合いを見殺しにするようなことはしたくないですからね」
「んんー? なんか話が噛み合ってないような……」
アリサさんが眉を顰めていると、他の冒険者に呼ばれる。
「まぁいいわ。とりあえずレオンくんと久々に話せてよかった。また依頼の受注をしに来てね!」
「考えておきます」
アリサさんが走り去っていくのを見ると、俺は今日最後の仕事場へと向かうのであった。
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