第3話 呼び出し②
対面に座っている少女を見る。歳は確か一個下。
俺がSランクに上がった当初よりも前に、顔見知りであった。
それは一度だけ、一緒に依頼をこなしたというもの。
補給要員でついてきたことは覚えているのだが、それ以外はほとんど覚えていない。
少女の名前はシャルロッテ・グラウディ。
長い金髪の髪を二つ結びにし、目は髪の色と似ている山吹色。役職は魔術師である。
黒のローブには白いライン模様が描かれており、俺と違って服のセンスを感じる。
そんな彼女は腕を組みながら、ふんっとそっぽを向いていた。
(昔と違って今は上級魔法まで扱えるらしいよ)
馬車の中でレティナからそう聞いていたが……確かに魔力的には問題なしか。
抑えながらも綺麗に整っている魔力。
修練の成果だろうか淀みが一切ない。
ていうか……前に会ったシャルってこんな性格だったっけ?
ふと、昔の事を思い出そうとする。
シャルと一緒に依頼へ行ったのは覚えている。
ただそれ以外は何かに突っかかるように思い出せない。
もやもやとしている俺に対して、シャルは言葉を続ける。
「このままいけば私たち<金の翼>は絶対にSランクになるわ。みんな毎日依頼をこなしているし、私は魔術だけでなく短剣も扱える。それも今のBランク冒険者とは比較にならないくらいにね?」
「……と言ってますけど。マスター?」
マスターは呆気に取られたようだったが、すぐにキリッと元の表情に戻った。
「シャルロッテ・グラウディ。君が努力をしているのはもちろん知っている。ただ今の君たちでは、まだAランクにも届かない。この前失敗した
頭は獰猛な牙を有しており、尻尾の蛇には猛毒がある。
身体は人間を優に超え、並の冒険者では全滅間違いなしの魔物だ。
ただ弱点が炎魔法ということもあり、Bランク冒険者でもその弱点をついて邪魔な尻尾から潰せば、討伐できると思うのだが……
一人そんな思考に更けていると、大盾を持っている彼が、シャルの代わりに口を開いた。
「あ、あの時はシャルちゃんの調子が良くなかっただけで……そもそも
そんな言い訳をしている彼は、俺からしてみればすごく滑稽だった。
正直<金の翼>はシャル以外"大したことない"だ。
白魔法使い、剣士、大盾、魔術師、パーティーの基本を押さえた構成だが、魔術師のシャル以外の実力はCランク相当だろう。
今の発言も完全にシャルだけの一本槍であった。
「これでSランクとか笑えるな…………あっ……」
心の声が漏れて、しまったと思う。
恐る恐るシャルの方を見ると、プルプルと震えながら山吹色の瞳がじわっと湿っていくのが目に映る。
「ち、違う違うシャル。今のはあれだ! あの……そう! 心の中で思ったことで、別に本気で思ったことじゃない……よ?」
もう顔を取り繕う意味はない。
女の子を泣かす奴は屑人間だ。
と両親に教えられた俺は、酷い誤魔化し方をしたのだった。
「な、なんでそんなこと言うんですかっ!?」
突然シャルの隣に座っていた白魔法使いが立ち上がり、顔をぐいっと近寄らせて言い寄る。
ち、近いなぁ……
シャルと正反対の白いローブを身に纏っている少女は、テーブルに手のひらをつけながら続ける。
「わ、私たちだって頑張ってるんです……そりゃもちろんシャル程じゃないですけど……でも、毎日必死で依頼を受けています! レオンさんは、聞くところによると全くやってないですよね? シャルはその……と、とにかく! そんな何も知らない人が、私たちのこと悪く言わないでください!」
「いや、別に悪く言ったつもりはないんだけど……」
含みのある発言には気になるが、彼女の言ってることは正しいか正しくないかで言えば正しい。
どれだけ頑張っているかなんて俺は知らないし、もしかしたらとんでもない修練を積んでいる最中かもしれない。
ソファの端に座っていた俺は、隣に座っている〈魔の刻〉のメンバーを盗み見る。
マスターに挨拶する時は笑顔だったレティナは無表情。
カルロスはテーブルに肘をつきながら白魔法使いを見ている。
マリーに関しては腕を組みながら、コツコツコツと膝を揺っていた。
うん。ちょっとまずいかな。
そう感じた俺は白魔法使いに向けて口を開く。
「……まぁよくよく考えれば、君の言う通りだ、ごめんね。君たちはたくさん修練を積んでいるんだろう……それはすごいことだと思う。俺たちは二年でSランク冒険者になったけど、君たちはこれからってことなんだね」
謝るだけではなく相手のいいところも褒める。
これは長年培って来た俺の経験からくるものだ。
これなら大丈夫だろう。
そう自信満々な俺にレティナは無表情のまま耳打ちした。
「レンくん……<金の翼>は”四年間”でまだBランクだよ?」
ボソリと言ったレティナの言葉に、思わず顔が引きつる。
ふ、ふむ。
二年って言葉は控えるべきだったか……
俺が褒めたつもりの言葉は、シャルを俯かせるまでに至った。
その言葉に煽りのようなものを感じたのか、白魔法使いの彼女に続いて、剣士の彼も立ち上がりシャルを慰める。
「シャル大丈夫だって! 俺らなら絶対行けるから! こんなオーラも何もない奴なんて無視しようぜ? Sランクなんて言っても運で成り上がれた人だって、な?」
……馬鹿だ。
こいつは間違いなく阿呆だ。
心の底から呆れてしまう。
慰める言葉は現状では選ばないといけなかった。
シャルだけを慰めるならまだしも俺を貶すことをしたこいつは……みんなの怒りを買った。
「っ!?」
不意に空気が震える。
テーブルの上にあったお茶がカタカタと音を鳴らし、今にも中身が飛び出てきそうな程に揺れ動く。
俺はお茶がこぼれないように、最新の注意を払って自分のだけを持ち上げる。
手に持ってきた俺のお茶以外はもう手遅れで、テーブルの上はびしょびしょに濡れていた。
先程まで勢いづいていた白魔法使いと剣士は驚愕の色を浮かべ、ぽすっと腰が砕けるように尻餅をついている。
……あーあ。これどうしよう。
凄まじい殺気を放っている仲間をどう
「レンくん! レンくん! ……もう殺っちゃおっか?」
レティナがにこりと微笑むが、その目にはこれっぽっちも光を映していない。
「……ねぇねぇ? 剣士の君。もう一度言って見て??? ねえ早く言って見てよ。まぁ言ったら二度と口開けないようになるけど……口どころか顔潰しちゃうけどね」
クスッと擬音が聞こえるかのような笑みを見せるマリー。
「レオン、指導だっけか? こいつら全員指導していいんだよな? なら、俺に任せろ。な??」
鋭い目をギロリとさせるカルロスは普段以上に威圧をかける。
ガタガタガタガタとギルドマスター室が揺れている。
未だに殺気はこれっぽっちも収まる気がしない。
Sランク冒険者のそれも<魔の刻>のみんなから一斉に放たれたその殺気に、<金の翼>はプルプルと震えていた。
「あの……みんな? 俺のために怒ってくれて嬉しいけど、ここはギルド内だからさ。もう抑えよ?」
こんな殺気を浴びせられている<金の翼>が不憫で仕方がない。
まぁ、自業自得みたいなものだが……
「……分かったよぉ~」
「レオンちゃんがそう言うなら……まぁいいけどさぁ」
「ちっ」
すっとまるで最初から何も起きてなかったように、空気の揺らぎが収まる。
地獄でも見たかのような表情をしている<金の翼>のメンバーたちは、身を縮め萎縮してしまっていた。
「……マスターこれやっぱり無しですよね? ね?」
もうこれは指導どころの話ではないだろう。
関係は劣悪。
この状況ならマスターも……
「いんや? これで君たちの実力が彼らにも分かっただろう。あっそうだ。彼女たちが失敗した
えぇー嘘でしょ……?
無慈悲なマスターの発言に心底落胆した。
はぁ……めんどくさい。
みんなは各々何か用意しているみたいだが、俺だけはソファで堕落していた。
「レンくん……世界が終わった……みたいな顔してるよ?」
レティナの方は準備が終わったのか……もう終わったのかぁ……
堕落し過ぎている俺の隣にレティナが腰掛ける。
「レティナの"おまじない"効かなかったんだけど?」
「おまじないって? ……あっ!」
今朝のことを思い出したのか、申し訳なさそうに俯くレティナ。
冗談で言った言葉だ。そこまであからさまに沈まれると流石に焦る。
「ご、ごめん! 今のは冗談。昔からしてくれるレティナのおまじないが効かないはずがないだろ?」
「……昔から?」
「うん、明日は冒険に出るから晴れになりますように、とかおまじないしてくれただろ? その次の日は決まって晴れになったよね……懐かしいなぁ」
「……え?」
レティナの瞳が大きく見開く。
そして、綺麗な瞳が何故かじわっと滲んでいった。
「えっ!? ど、どうしたの? 俺何かおかしなこと言った?」
動揺を隠せない俺にレティナはぶるぶると顔を振って、微笑を浮かべる。
「……ううん、気にしないで。天気なんて今の私にかかれば一瞬だよ? 少しだけなら今からでも雨を降らせられるんだから」
「じゃあ……大雨にしてください」
「それはだーめ」
ぴんっと俺の額を弾いてレティナは立ち上がる。
「レンくんと久々の冒険なんだからすっごく楽しみ! 早く行こうっ!」
先程の悲しげな表情は消えてなくなり、今はいつも通りのレティナだ。
俺に向けて差し出してくれるレティナの手を受け取り、重い腰を上げる。
さっきのことは気になるが、まぁレティナが笑顔になってくれたならそれでいいや。
そう思った俺は、マリーとカルロスの支度を待った後、みんなで一緒に南門の入り口へと向かったのだった。
「やぁ、待たせたね。それじゃあ行こうか」
先に待っていた<金の翼>と合流し、森へと出発する。
「貴方だけ武器を持っていないのはどうして……?」
「まぁ、今回はあくまで君たちが主役だから。別に武器持ってなくてもあそこは安全だし」
「
今も思うのだが、シャルは昔からこんな性格だっただろうか。
ツンッとしたシャルの振る舞いは四年前と言えど鮮烈に覚えていそうだが。
<月の庭>の件があったことによるものか、みんなの口数はいつもより少ない。
あぁ……早く拠点に帰りたいな。
心の底からそう思う俺は、なんだか微妙な空気のまま全員で森へと出向くのだった。
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