第2話 呼び出し
ランド王国の中心に位置する王都ラード。
その南に拠点を構える俺たちは、北にある冒険者ギルド<月の庭>に向かって馬車を走らせていた。
この時間は俺にとって、まるで終焉へと向かう旅路のような気分だった。
思わずまた、はぁとため息をついてしまう。
「レオンよぉ、ため息つきすぎじゃねえか?」
「いや……だって俺が指導とか絶対無理だと思うんだよね。そもそも俺には
そうだよ。
俺には来てないんだから呼ばれてるのはカルロスたちだけじゃないか?
そう思ったらもう帰っていい気がしてきた…………よし帰るか!
そう決意すると共に、たった今新しくできた任務を遂行する。
相手は強敵だ。
捕まらないように、密かに消えなければ。
俺はみんなの視線が自分に向いてないかまず確認する。
よし、今なら行ける。
各々街の風景を見ていると気づいた俺は、ゆっくりと腰を浮かした。
その時、
「レンくんレンくん見て見て! 新しいケーキ屋さんできたらしいよ! 今度一緒に行ってみようよ!」
目を輝かせながら呼ぶレティナの顔は、俺とは違い気分が高揚してるようだ。
あまりにも純粋なその表情に、なんだか悪い気になった俺は浮かせた腰を再び降ろす。
……うん、まぁ……今回は潔くみんなと行くか。
レティナのこの表情を見れた対価と考えれば、安いものだ。
自分で作った任務を放り捨てた俺は、やれやれと外を覗く。
窓から見える景色には店が立ち並んでおり、一際目立っている店に向けてレティナは指を指している。
苺のような形の大屋根に、真っ白の外壁。ケーキを想像させる建物の中に、人の賑わいがあった。
「可愛いお店ね。でも、レオンちゃんが入っていけばもっと人気になるんじゃない?」
「……」
赤茶色の綺麗な髪をかき分けながら、マリーはほくそ笑む。
冗談でも笑えない発言に、俺は無言の圧で返した。
俺たち〈魔の刻〉はSランクパーティーである。その為、多くの人に顔を知られていた。
今でこそ普通に過ごせているのだが、Sランクに上がった当時はもう色々と大変だった。
ランド王国史上最年少でSランクに上がった俺は、街を歩けば人が集まり、同じ冒険者でも嫉妬や妬みの目で見られる。
今思い返しても散々な毎日だった。
それでもこの地でまだ冒険者を続けられている理由は、隣に居るレティナのおかげだろう。
幼い頃から危ない冒険や厳しい修練などを乗り越えてきたからこそ、そんな事は些細な事だと受け流すことができた。
まぁ、つまりレティナさまさまという話だ。
馬車に乗り少し経ったところで、俺は街の大通りを眺めていた。
武器屋、防具屋、宿屋など、たくさんの店が並んでおり、活気を帯びた雑踏の中、みな生き生きとした様子である。
このような賑わいのある街になっているのも、国王が民のことを第一に考えてくれる、<賢王>というのが大きい。
そして、<移放人>の存在も捨て置けない一つの要因だろう。
<移放人>とは稀に異世界からやってくる人のことを指す。
様々な知識や文化をこの世にもたらしてくれたことで、国が大きく発展したのだという。
実のところ俺の母親もその<移放人>ではあるが、こちらの世界の人が知らない知恵を多少持っているだけで、ただただ優しい母親という認識でしかない。
「そういえば、今更指導ってなんで俺たちに声が掛かったわけ?」
ふと思ったその疑問を俺は口に出す。
「あぁそれはね? レンくんはギルドに全然顔を出さないから知らないと思うけど、今ギルドは人手不足なんだって〜」
「人手不足なのにBランクパーティー"だけ"の指導……?」
正直疑問しか浮かばない。
Sランクパーティーの俺たちが指導をするのならば、Bランクパーティーだけとは言わず、かなりの人数を集めることができるはずだが……
何故かシーンとしてしまった空気の中、レティナが上目遣いでその沈黙を破った。
「レンくん……あの……」
「ん? な、なに?」
上目遣いはレティナの常套手段である。
照れている時、甘えたい時……現状のような気まずい空気を打ち破る時によく使う技だ。
「レンくんは知らないパーティーがたくさんいる中、教育したいんですか?」
何故か敬語になったレティナの答えに、俺はぽんっと手を打った。
「確かにそれは無理だ」
バタバタと大きな足音が止まり、<月の庭>の正面に着く。
三日月の形をしたシンボルマークが目を引き、堅固な外壁をしている<月の庭>の扉は、開放的に大きく開かれていた。
入り口から広がる広間では、冒険者たちが依頼の受注、納品、報酬など様々なやり取りをしているのが目に映る。
半年ぶりに来たけど、やっぱりこのギルドは大きいな。
<月の庭>は二階建てとなっていて、一階はギルドの受付嬢が一般冒険者たちとのやり取りを行なっている。
二階では商会を通じての依頼や国からの直接依頼、俺たちのようにギルドマスターから直接歓呼された場合の時に利用される。
俺は外套のフードを深く被ってそそくさと階段を駆け上ろうとした。
その時、後ろで流れている膨大な魔力に気づく。
「あ、あれって、<魔の刻>の魔女レティナじゃねえか?……魔力の底が見えねえぞ」
不意に一人の冒険者が大きく口を開いた。
それに呼応するように、他の冒険者たちが俺たちに視線を向ける。
「お、おい。真槍のカルロスと二刀のマリーもいるじゃねえか。あいつらSランクの、<黒炎の洞窟>を探索してるって聞いてたけど……」
「ってことは、あの一番前を歩いているやつが……深淵のレオン?」
冒険者たちがざわざわと色めき立つ。
俺は、はぁとため息をつきながら後ろを振り返った。
絶対にあいつらわざとやってるな……特にレティナは。
レティナは魔力を一切躊躇せずに垂れ流していた。
レティナほどの実力者ならば抑えることは容易だ。
拠点の中でも馬車の中でも、魔力の全てを抑えていたというのに……今では隠そうともしていない。
カルロスとマリーも闘気は抑えてはいるものの、馬車の中とは雲泥の差。
構ってほしいのが目に見えて分かる。
バレないように。内密に。
その二点を心掛けてみんなに渡した俺の外套は、全くの無意味だった。
フードも被らずに胸を張って、微笑しながら俺に付いていこうとするカルロス。
同じく……フードも被らずにレティナとお喋りをしながら付いてくるマリー。
同じく…………マリーと喋っている可愛いレティナ。
はぁ……もうやだ帰りたい。
あまりにも目立ちすぎる現状に、俺は先ほどよりもぐいっとフードを深く被り、ギルドマスター室へと向かう。
視線やひそひそ話など聞こえるが、全部無視しよう。
基本的に俺は面倒事から避けるタイプなのだ。
二階へと階段をのぼり、早足でギルドマスター室に辿り着いた俺は、コンコンッと高い音を立ててノックをした。
「入っていいぞ」
マスターの凛々しい返事を聞き、ガチャリッと扉を開ける。
……ふむ。ここからが本番だな。
部屋の中では、指導を受けるという冒険者四人組が俺から見て右側に。
正面には皺一つないきっちりとした制服を着ているギルドマスターのルーネが座っていた。
冒険者を横目にマスターを見る。
マスターの目つきは普段と変わらずキリッとしており、襟元まで垂れている髪の毛は、<月の庭>の制服と相まって男を惹きつけるものがあった。
ここで立ち止まっても仕方がない。
そう思った俺がギルドマスター室に入室すると、追随してみんなが顔を出す。
「マスター、来たわよ」
「ご無沙汰しています。ルーネさん」
「ふーん、こいつらか……」
みんなが何事もなかったかのような雰囲気で、俺より先に冒険者四人組の対面に座っていく。
それを見て多少は思うことはあるものの、俺は先程までのことは目を瞑り、最後に空いているソファに腰を下ろした。
「それで? 内容は聞いていますが……まず、一つだけ聞かせてください。みんなには
ソファに腰を下ろした俺は不機嫌さを装いながらマスターに質問をする。
俺のこの態度で今回の依頼を無かったことにできないかな……
そんな淡い期待を抱くが、マスターの表情は変わらない。
「それはもちろん理由はあるぞ、レオン。君に
「えぇ、もちろん」
面倒事を率先して行う人なんて、本物の善人か偽善者のみだろ。
俺の満面の笑みに、マスターはやれやれと首を横に振る。
「レオン……君が依頼を受けようとする意思はあまりないということを私は理解している。別にそれを強要しようとも思わない。ただ、今はAランク冒険者があまりに少なくてだな……この者たちを少しだけでいい。鍛えてほしいんだ。それなりに報酬も出そう」
「報酬どうこうの話ではないんですよね……今は少し忙しいんですよ」
誰かの命が危ないから仕方なく俺たちを呼んだ。
そういう理由ならまだ分かる。
でも、指導って……
俺の言葉にカルロスとマリー、そしてレティナまでもが、はぁと深いため息をついている。
え?
もしかして、めんどくさいって思ってるの俺だけ?
仲間の反応に動揺しては付け入る隙が生まれる。
俺はポーカーフェイスを装い、マスターからの言葉を待った。
そして、重い空気の中マスターは口を開く。
「もう三年前にもなるか……」
そう口にしたマスターは、しみじみ思い出すように続けた。
「君は三年前に史上最年少でSランク冒険者に成り上がったリーダーだ。この国始まっての逸材だと思った。冒険者になった当初こそやる気を感じていたのだが……今の君は何か……」
マスターは口ごもりながら何かを考えこんでいるようだ。
やる気など当初もないし今もない。
昔も今も仲間がいるおかげでまだ冒険者を続けられているだけだ。
「マスター。何か勘違いしてるのかもしれませんが、俺の仲間は優秀です。もはや依頼に行っていない俺よりも強いかもしれない。つまり言いたいことはですねーー」
「あの、レンくんそれは……」
「いや、レオンちゃん。それはないと思うけど?」
「俺はまだレオンに勝てる未来見えねぇぞ?」
俺の意図を察してくれないみんなが口をそろえて反論する。
どれだけ俺を過大評価してるんだろう。
別に俺は否定してほしいわけじゃない。
そう……家で自堕落したいだけだ。
そんな事を思うも、俺が作ったポーカーフェイスは崩れない。
難攻不落と自分で思ってるほどだ。
「えっと……つまり言いたいことは、俺がいなくても大丈夫って話です」
ものすごい漠然とした言葉でマスターを納得しようと試みる。
まぁ、多分無理だろうけど。
「……頼み事をしてる身で申し訳ないのだが、これは命令だ。
「一週間って……それはいくらなんでも無茶じゃないですか? 彼女らはどう考えても……」
正直本当に気乗りがしない。
正面に座っている<金の翼>のメンバーを見ても、Aランクでやっていけるとは到底思えない。
そんなの死地に送ることを強要するようなものだ。
「ふむ……なら純粋に鍛えてやってほしい。君たちも暇じゃないのは重々承知している」
「いやでも、マスター……」
俺が言葉を続けようとした時、対面に座っていた少女が不意に口を開いた。
「べ、別に貴方に教えてもらわなくてもAランクなんて余裕だけど??」
「へ?」
予想外すぎるその言葉によって、俺の難攻不落なポーカーフェイスがあっさりと崩れたのだった。
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