【後編開始】そのパーティーに白魔法使いはいない

涼 隼人

第1話 嫌な予感


 これは夢だ。

 何度も同じ夢を見ているからすぐに分かる。

 幼き日の想い出。

 三人の子供のうち二人の女の子は、瑠璃色の髪を弄りうきうきとしている。

 残る一人の男の子は手で目を覆い隠していた。


 一人は俺。もう一人は幼馴染のレティナ。もう一人……は……







 「もういいよー! さぁ、どっちがレティナでどっちが□□□□でしょ~?」


 手で目を覆い隠していた僕は、その合図と共に手を離し、目の前に立つ二人の女の子を見る。

 左側の子は腰に手を当てて、ふふん。と得意げに僕を見つめている。

 対する右側の子はおずおずと身を縮め、上目遣いに僕を見上げていた。

 同じ容姿に同じ髪型、そして、同じ髪の色。

 宝石のようにきらきらとした青色の瞳が僕を映し出し、世界を輝かせていた。

 

 「そんなの簡単だよ! 左が□□□□で、右がレティナだよ!」

 

 まるで生写しかのような女の子の違いが、僕にははっきりと分かる。

 例え同じ表情、同じ仕草を真似ても僕は同じように答えていただろう。


 「やったっー!」 と左側の女の子が大喜びで、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 その隣で悔しそうな顔をするレティナは、何故か肘で僕を小突いた。


 「な、なんで合ってるのにそんな顔してるの……?」


 泣き出しそうになっているレティナを慰めるように、僕は頭を撫でる。


 「あっずるーい! 私も!」




 懐かしい少年の頃の記憶。

 魔法の本を一緒に読み明かしたり、ほとんど毎日冒険に出掛けたり、色あせることのない昔の記憶は沢山あるのだが、一つだけ違和感があった。


 ……この子って誰だっけ?


 一人はレティナ。俺の命よりも大切な幼馴染。

 でも、もう一人は……?

















 窓から差し込む陽の光に目を細めながら、まだ起ききれていない身体を無理やり起こし体を伸ばす。


 「んぁーもう朝かぁ……なんか夢見てた気がするけど……なんの夢だっけ?」


 懐かしい夢だった気もするが、どんな夢だったのかこれっぽっちも覚えていない。


 「レンくん、おはよぉ~」


 俺の布団からゴソゴソと身を捩るような音と共に、間延びした声が聞こえた。

 俺の名前は<レオン>なのに、<レンくん> と呼ぶのは、この世界にただ一人だけ。

 幼馴染のレティナ・レニクリーフだ。


 「レティナ、俺のベッドで寝るなっていつも言ってるだろ?」

 「う~ん……」


 まだ寝ぼけているのか、レティナはむにゃむにゃと惚けながら俺の布団から身を起こし、思考を右往左往させている。

 こんな無防備な彼女でも、俺たちが住んでいるランド王国では五本の指に数えられる大魔術師だ。

 幼い頃から一緒に居たので覚えているが、レティナが魔法を覚えたのは七歳の時。

 一般的な人は教会で魔力適正の有無を判定して、"有"と分かれば魔法を覚え始める。

 でも、レティナは違った。

 お母さんから貰った魔法の本を読み、それをすぐに行使して見せたのだ。

 それからというもの魔法に熱を帯びてしまい、魔力不足に陥る日が多くありながらも、俺を家に招き入れては意気揚々と覚えた魔法を披露してくれた。


 ちなみにだが、魔力不足に陥るというのは地獄のように辛い。

 頭痛や眩暈、倦怠感などが一気に襲いかかり倒れることもよくある話だ。

 それでも体調が戻れば、「じゃあ次の魔法ね!!」と、晴天の日も雨天の日も意気揚々と実演して見せたレティナは、今や"魔女"という二つ名が付くほどになった。


 「レンくん……今何時……?」

 「えーと、八時だね」

 「そっかぁ」


 ぼふっと再びベッドに寝転ぶレティナ。

 それでも内に秘めた魔力はしっかり抑制しているのか、少しも溢れ出すことはない。

 魔術師と知ってなければ、普通の女の子だと勘違いするほどである。


 んー、俺はこのままでもいいんだけど……あいつらが来た時に困るな。


 二人っきりならまだしも、この家には俺を入れて五人が住んでいる。

 俺が所属している冒険者ギルドのパーティー仲間で、今はギルドの依頼で全員が不在である。


 レティナと二人っきりということには違いないが、依頼から帰ってきたあいつらにもしもこんな状況を見られたら、俺ではなくレティナの方が羞恥で死んでしまうかもしれない。

 男は紳士であることと、甲斐性があれば良い。それ以外はいらん! と父さんに口酸っぱくして言われてたので、それを今、実行することにしよう。


 「ごほんっ。レティナ、みんなが帰ってくるからもう自分の部屋に戻ろう?」

 「ん~、でもレンく……ん……」


 寝返りを打った拍子にレティナは俺の顔を見る。

 そして、目を擦りながら俺に焦点を合わせると、青い瞳をぱちりぱちりと瞬かせた。


 ……?

 俺の顔に何かついてるのか?


 あまりにも見つめるので、俺は自分の手で顔を触ろうとする。


 その時、


 「レンくんっ!」

 「わっ!」


 突如レティナの小さな手のひらが俺の頬を包んだ。


 このままキスでもされるような勢いに内心ドキドキしてしまう。

 だが、ここで動揺しては男が廃る。

 俺は表情を崩さないように精一杯の虚勢を張った。


 「ま、まだ寝惚けてんの?」

 「……」

 

 じっと俺を見つめるレティナ。

 その表情はあまりにも真剣だ。


 本当にどうしたんだ……?


 そう思うのと同時に、俺の頬を包んでいる手のひらが優しくぬぐわれると、ふっとレティナは微笑む。

 

 「よしっ! これでバッチリッ!」

 「……何がバッチリなの?」

 「へへっ、おまじないだよ。今日も元気に過ごせますようにって」

 「そ、そりゃどーも」


 心臓のドキドキとは関係なしに、レティナは俺の反応を見ると、いつも通り可愛く微笑みベッドから降りる。


 「あっ! そーいえば、マリーちゃんとカルロスさんが依頼から帰ってきてたよ~。なんか冒険の匂いがするね!」

 「……え」


 「じゃあ下で待ってるね」 と扉から出て行くレティナを見届けた俺は、ばさっと音を立て、ふかふかのベッドに身を預けた。

 胸に手を当てるが、心臓の高鳴りはまだ鳴り止むことはない。

 虚勢を張っていてもあくまで虚勢だ。


 「はぁ……今日も元気に過ごせますように……か」


 レティナが扉を開けて出て行く際、ふと目に映った横顔が寂しそうに見えたのは気のせいだっただろうか。

 

 ……ていうか、カルロスとマリーが帰ってきたって、なんか嫌な予感がするけど。

 まぁ、どちらにしろ下に降りるしかないか。


 俺はそう思うと、完全に覚醒した眠気から善は急げとばかりに身支度を整えるのだった。





 「おはよう、みんな」


 ダイニングに向かうと大きなテーブルの周りに、それぞれ見慣れたメンツが座っていた。


 「おう! はよー」

 「おはよう、レオンちゃん」

 「おはよっ、レンくん」


 俺はレティナの隣に腰掛け、香りのいい紅茶を啜りながら半分に切られたサンドウィッチを頬張る。

 レティナ、カルロス、マリー、それと今は不在だがミリカ。この四人は俺と同じSランクパーティー〈魔の刻〉を組んでいる冒険者仲間だ。

 ちなみに俺の左隣は一つ空席。現在メンバー募集中だが、これといって困っていないのでそのままにしている。


 「マリーとカルロスって、Sランクの依頼に行ってたんじゃなかったっけ?」


 対面に座る彼女は、俺と同世代のマリー・ライネット。

 レティナに負けず劣らずの長い赤茶髪を一つに束ねている。

 容姿はいつも凛としていて、すれ違えば一度は振り向くほどの美形だ。

 腰に携えている二本の小太刀と太刀は、彼女が愛用している刀である。


 「あー、あれね? 潜ってた時にギルドから伝魔鳩アラートが来てね。なんかBランク冒険者と合同で依頼をやるから至急戻れって」

 「へー、ギルドから伝魔鳩アラートが来るなんて珍しいね。もしかしてギルドマスターからの依頼とかかな?」


 ギルドマスターからの依頼……?

 頭の中で自ら放った言葉が反響する。

 すると、急激に嫌な予感がして、軽い目眩を起こした。


 「おいおいレオン? まさかお前何も聞いてないのか……?」


 そう言葉にした彼は、<魔の刻>最年長のカルロス・サスティス。最年長と言っても、一つ上なだけなので楽に接していられる存在だ。

 真っ赤な髪に似合った気持ちのいい単髪で、龍の素材を使用した防具は黒い染みで滲んでいる。

 "真槍"の二つ名を持った彼は、一種の戦闘狂で昔はよく手を焼いたものだ。

 他人事のような発言をした俺に向けて、彼のチャームポイント? の鋭い目が訝しげにこちらを見つめている。


 「な、何も聞いてないってなんの話……?」


 もう大体は分かっている。いや本当は分かりたくない。


 動揺している俺にマリーとカルロスは顔を見合し、肩をガクンとさせて呆れた。


 「レオンちゃん……」

 「レオンよぉ……」


 ……今から……二度寝しようかな……。


 本気でそう思う俺に、ずっと会話を聞いていたレティナが少し顔を傾けながら口を開く。


 「レンくん、<魔の刻>は今日から一週間、Bランクパーティーの指導をするらしいよ?」


 レティナの言葉に、手に持っていたサンドウィッチが皿にすっぽりと収まるように着地する。


 いや、指導って……依頼の中でも相当めんどくさいんだけど……


 「はぁ……めんどくさい」


 言葉にするつもりはなかったが、つい口をついて出た俺に、みんなは呆れ気味に笑うのだった。

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