第45話   日本への帰還、姫川花緒VS異世界の魔王!

〈扉〉を抜けると、そこは日本だった。


 それは間違いない。


 あーしは大きく息を吸い込む、空気があんまり美味しくない。


 つまり、ここは間違いなく日本だ。


 それもダンジョン内である。


 でも、帰還したことを喜んでいる場合ではなかった。


「魔王出てきなさい!」


 あーしは大声で叫ぶ。


 すると、周囲にいた人たちが一斉にあーしのほうを向いた。


「……あれ」


 あーしはこめかみを掻きながら周囲を見渡す。


 街中のど真ん中にあーしは立っていた。


「ここって……ダンジョン街の中心?」


 ダンジョン街。


 それは地上に続く〈門〉があるダンジョン内に造られた、東京の新宿に似たような街だった。


 地上からの観光客も多く、夏休みということもあってダンジョン街は活気に満ち溢れている。


 まあ、それはいいのよ。


 問題なのは、どうしてあーしがダンジョン街の中心地に転移してきたかということ。


 魔王城にあった〈扉〉がランダムな転移装置じゃないとしたら、魔王もここに転移してきたということを意味している。


 でも、ダンジョン街にいる人たちは平然としている。


 街並みも崩壊していないし、大勢の通行人や観光客が殺されているということもない。


 平和そのものの光景だった。


 もしかして、実は魔王はここへ来ていない?


 などと思ったときである。


 あーしの五感にビンビンに強力な〈気〉を感じた。


 人間の〈気〉ではない。


 もっとドロドロと負の感情を煮詰めたドス黒い〈気〉だった。


 やっぱり、ここに魔王がいる!


 あーしは〈気〉を感じる方向を見据えた。


 目線の先には、ダンジョン協会の本部ビルが佇んでいた。


 あそこに魔王がいるのね!


 あーしは90倍〈光気功〉を発動させた。


 燃え盛るような黄金色の光が噴出する。


「ああああああああああああああああ」


 直後、周囲の人たちから叫び声が上がった。


「ひ、姫川花緒だ!」


「うっそマジ! 神インフルエンサーじゃん!」


「え? SNSでバズりまくっているダンジョン配信者? モノホン?」


「間違いねえよ! 俺フォローしてるし配信は全部見てるからよ!」


「あれってヤラセじゃなかったの?」


「すげえええええ、異世界の魔王を追って帰ってきたんだな!」


 あーしはあっという間に数百人に囲まれてしまった。


「ごめんね、今あーしは忙しいの! ちょっと退いてもらえない?」


 あーしはお願いしてみたが、周囲の人たちはお構いなくスマホで写真を撮ってきたりサインをねだってくる。


 もう、そういうのは全部終わったら対応するから!


 あーしは地面を蹴って通行人たちの頭上を一気に跳び越した。


 そしてダンジョン協会の本部ビルへと疾駆する。


 けれど、観光シーズンのためか歩道は通行人たちで埋め尽くされている。


 だったら――。


 あーしは歩道に隣接しているビルの壁を忍者よろしく駆けていく。


「うおっ! 何だあれ!」


「空手着を着たギャルが壁を走ってやがる!」


「オー、ジャパニーズ・ニンジャカラテガール!」


 などの声が聞こえていたが、あーしは無視。


 今は魔王を見つけて倒すことが先決だからね!


 そうして、あーしはダンジョン協会の本部ビルに急いだのだった。




 遠くに見えていたダンジョン協会が目の前にある。


 あーしは玄関ではなく空を見上げた。


 ダンジョン協会の本館の屋上に、凄まじい負のエネルギーの凝縮が感じ取れたのだ。


 間違いない。


 屋上に魔王がいる!


 そう訝しんだ直後だった。


 本館の屋上から直線状の青白い光線が迸った。


〈気〉の力ではない。


 おそらく魔力を圧縮して放った力——〈魔砲〉だ。


 そして、その強大な〈魔砲〉はダンジョン街の中心地に放たれたのである。


 ドオオオオオオオオオオオオオオン――――ッ!


 何十もの大砲を一度に撃ったような衝撃音とともに、巨大な地震が起こったときのように地面が激しく揺れた。


「くっ!」


 何てことなの!


 さっきまであーしがいた場所に、爆弾が落とされたようなものだ。


 その証拠として、空に向かって無数の黒煙がもうもうと立ち昇り始める。


 あーしは奥歯を軋ませながら地面を蹴った。


 ダンジョン協会の中から屋上へ行くには遅すぎる。


 なので、あーしは外観の壁を一足飛びに屋上まで駆け上がった。


 そうしてあーしは、ものの十数秒で屋上に足を踏み入れた。


「――――ッ!」


 あーしは大きく目を剥いた。


 1人の少年が屋上にいた。


 漆黒の外套を羽織り、他の衣服もすべて黒色という全身黒づくめの少年である。


 だが、見た目が人間の少年に見えるだけだ。


 あの少年の本質は魔物――いや、魔王だ。


「何だお前は?」


 魔王があーしに言う。


「あーしの名前は姫川花緒! ダンジョン配信者で空手家よ!」


 そうか、と魔王はこくりとうなずいた。


「俺はアースガルドの魔王だ。この世界に夏休みを利用して旅行にきた」


「ふざけないで! どこの世界に魔王が異世界へ夏休みに来るのよ!」


「ここにいるではないか?」


 埒が明かなかった。


 これ以上は話す必要がない。


 そのとき、ようやくドローンが屋上にやってきた。


 これまでは配信するために移動速度は落としていたが、さっきまでは少々本気で移動したので、今になってドローンが追いついてきたのだ。


「この世界にもハエがいるのか」


 魔王はドローンに人差し指を突きつけた。


 直後、魔王の指の先から圧縮された〈魔砲〉が放たれた。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!


 魔王の〈魔砲〉によって、ドローンは破壊こそされなかったが、あまりの衝撃に遠くへ吹き飛ばされた。


 あれでは戻って来るまでに相当な時間がかかるだろう。


 これにはあーしも言葉を失った。


 やっぱり、魔王は他の魔物よりも二ケタは強い。


「おや? 生き物じゃなかったのか?」


 一方、魔王は吹き飛んでいくドローンを見ながら首をかしげた。


「ふむ、やはりこの世界は面白いな。やはり、さっさと人間を全滅させて旅行を楽しむか」


「今……何て言った?」


 あーしはキッと魔王を睨みつけた。


「何をだと? そのままの意味だ。せっかくの異世界旅行だ。わずらわしい人間がいたら旅行を楽しめないだろ?」


「だから街中を攻撃したの?」


 あーしは90倍〈光気功〉を発動。


 完全に臨戦態勢を整える。

 

 だが、魔王はどこ吹く風だった。


「それが何だというのだ? たかが人間が何百人か死んだだけだろ?」


 ブチッとあーしの堪忍袋がブチ切れた。


 絶対に許さない!


 あんたはあーしが今ここで倒してやる!


 いや、この世から消滅させてやる!


 と、意を決したときだった。


 あーしは驚愕と戦慄を同時に味わった。


 魔王はいつの間にか、あーしの眼前に佇んでいたのだ。


 そして次の瞬間、あーしの体内に何かが爆発したような衝撃が走った――。




〈ギャル空手家・花ちゃんch〉


 最大同接数 999万9000人


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