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そんなある日、青子のクラスに欠席者が一人現われた。
それはとても珍しいことで、しかも休んだのは一番成績の良い生徒のヤムヤムだった。
ヤムヤムがいないだけで、教室の生徒たちの顔は不機嫌そのものだったり、それに困惑しているものだったり、取り合えず良いものではなかった。
青子は理由が分からないまま、形だけ授業を終えた後、ヤムヤムがアルバイトしていると言っていた秋葉原の店に仕事の後行ってみた。
青子は声優志望のオタクなのに、秋葉原に来たのは2,3年ぶりで駅に着いただけで年甲斐もなくときめいてしまった。
「えーこれリアタイで見てたやつ。周年記念イラスト制服可愛すぎる」
ガラス窓に貼られた人より大きな五色の女の子のポスターを見ただけではしゃいでしまう。
しばらく辺りを恍惚とした気持ちで眺めていたが、写真を取ろうとしている隣の人に気が付いて、はたと我に返った。
「いけない、いけない。ヤムヤムの様子を見に行くんだった」
青子は転属してまだ一か月弱。
生徒ともそれほど関係性を育めていない。
そんな中、ヤムヤムは授業中積極的に明るく手を上げてくれて、授業以外にも青子に世間話を振ってくれた。
その程度だけれど、それだけでどれだけ居辛い職場で救われたか分からない。
思い返すと、昨日ヤムヤムは、青子の午後の授業で気の抜けた感じで、ずっと俯いていた。
青子は自分が自分を守ることに精一杯で、生徒の異変を見過ごしてしまったことが少しショックだった。
(コンビニ時代から、相手の小さな言動で気持ちを察して、ひとりひとりにアプローチを返ることで物事を進みやすくしてきたのに、最近はそれが出来ていない)
青子はヤムヤムが心配なのも勿論、転属してから自分の自尊心が傷ついた状態にあって、それをなんとか挽回したい思いで動いていた。
ヤムヤムのアルバイト先はビル内の喫茶店だった。
青子はビル内に入り、看板を目にした途端立ち止まる。
「は、入れない‥‥‥」
喫茶店は、重厚感のあるメイドカフェだった。
入り口の両面の壁にに赤いベルベットのカーテンが吊るされ、ももともとのビルのものではなさそうな、両開きの分厚い扉が観音開きになっていた。
青子はこのようなコンセプトのある飲食店に友達と来たことはあったけれど、一人では入ったことがなかった。
入り口は奥まっていて、手前からでは見れない。
しかも看板に書かれた料金を見ると、青子の行ったことのあるカフェより何倍も高かった。
「あ~、駄目だ調べてから出直そう」
青子は気負いしてしまった。
エレベーターの方に踵を返したその時、エレベーターの向こう側奥に、小さな曇りガラスのドアが開かれてるのが見えた。
それは占いブースだった。紫の布地が限られた
看板には10分1000円と書かれていた。
「ちょっと愚痴を聞いてもらうには調度良いかな?」
紅茶に千円出すより安いと感じ、軽い気持ちで店に入った。
そして、黒いワンピースを着た占い師に、自分にここ最近起こったことを洗いざらい話した。
「それは、あなたが悪いと思ってるから、あなたの判断で悪と決めつけているだけなんですよ」
「はあ!? 判断がなかったらどうやって物事決めてくのよ! テンプレな解答して金取ろうとすんな! あんたみたいなエセ哲学ふりまく奴がいるから、悪い奴が俺は悪くないって開き直るんだふざけんな! 現に仕事の効率が落ちてるって言ってるんだろうが! 辞めてる人だって沢山いるのよ! みんな本当のことは言わないだけ」
「言わないなら、本当のことではなく、あなたが勝手に思ってるだけなんじゃないですか?」
青子はカチンと来て、その場にある水晶を占い師に投げつけたくなった。
しかし、一呼吸置いて顔を伏せる。
そして、心の中で三つを唱えた。
「じゃあ、私が相談内容に対して、不適切な言動をアナタがしたと消費者センターに訴えたとして、それは私の勝手な判断であって、アナタが悪いわけではないわけですね?」
青子は鑑定料金を払わずに占いのブースを出た。
「はああ、つかれた‥‥‥大損だ。なにしに来たんだ私は‥‥‥」
青子は疲れて階段の間にあるトイレに行った。
すると、
「あれ?先生?」
トイレでばったり、メイド服のヤムヤムにあった。
「ヤムヤム! うわああああああああ! めっちゃ可愛い!めっちゃ可愛い!」
「ありがとうございます」
ヤムヤムははにかんで微笑んだ。
きっと可愛いなんて言われ慣れてそうな感じなのに、それでも褒められて照れくさそうにするところが、彼女の素直さが伺えて、そこがまた可愛いと青子は思った。
ヤムヤムはメイド服で、頭の両方にあるお団子を、レースで包んでいた。
(小籠包みたい)
「先生、私を怒りに来たの?」
「‥‥‥う~ん、心配したけどね。事情があるのかな」
ヤムヤムは俯いてしまった。
「明日は来る? 学校来ないと、留学生なんだから、在住できなくなるよ?」
あくまで自分は心配をしているのだという態度で話した。
「‥‥‥私、ここに就職する。もう学校行かない」
「え!?」
青子は仰け反って驚いた。
「それで良いの? 嫌だからって逃げたらまた同じことが起こるよ?」
「どうして、そんなこと分かるの? 青子は神様なの?」
悪気なく言い返されて、青子は押し黙った。
「でも、メイドカフェじゃずっとは働けないでしょ?」
「普通のカフェじゃないの、プーアール茶だって葉っぱから入れるし、説明もするの、ちゃんと見てから言って」
青子はヤムヤムに手を引かれ、結局お店に入ることになった。
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