第11話 再シュッパツ

 まだ外は肌寒い。快晴だというのに上着がまだ必要だ。


 妻の提案で家族4人、公園に来ていた。花見がしたいという。一度だってしたことが無かったが、言い出したらとまらない。ここ数年の彼女は、自分の欲望にとても素直だ。

 イヤイヤなのは、子どもたちも同じようだ。イロハは、さっきからムクレ顔を隠そうせず、スマホから目を上げない。コウタロウは、イヤホンの中に心が囚われている。

 この10年間、環境がコロコロと変わったが、文句も言わず一緒にいてくれたことに感謝の気持ちが絶えない。それどころか、強力なビジネスパートナーにすらなっている。俺独りでどうにかしようと思っていたのは、今思えば滑稽な話だったのかもしれない。


 あの事件からすでに5年が経過していた。俺は今までの事業をすべて廃業にした後、妻を社長とし、出版社を立ち上げた。出版サポート、出版、販促を中心に事業を展開しているのだが、ここで妻の能力が開花する。有名出版社、書店への営業、経理を独りでこなす。元々の人当たりの良さも相まって、彼女の周りには人が絶えない。結局、俺は彼女にとっては、そこそこ稼ぐ一作家。

「俺よりも経営能力が高いって、なんだよ……」

と独り言ちる。

 更にデザイナー業もする始末。最近では、イロハも手伝っているようで、ご指名の作家も多い。なんとまぁ、仕事とは一体なんだ? と思ってしまう。

「ほら~!! せっかくお弁当を作ってきたんだから、早くシート広げて!

 そこ二人! いつまでもスマホを見てんじゃないわよ!」


 こうなると誰も逆らえない。ノロノロと3人でシートを広げ、持ってきた重箱を広げる。気合の入った重箱だが、中身はウインナー、卵焼き、ウズラの煮卵と、見飽きたおかずが並ぶ。

「さ~! 今日はお祝い! 我が家、いえ、我が社の新しい門出よ! パーっと行くわよ~!!」

 いつの間にかビールを握っている。まだ、午前10時だ……。

「では~! うちの看板作家、コウタロウのデビューを祝して! かんぱ~い!!」


 は? コウタロウ、お前、いつの間に……。おまえ、まだ14歳だよな……。

「うっす」

 コウタロウがぼそりと返す。

「あたしがデザインやるんだから、売れないなんてゆるさないんだから!」

 イロハが毒づく。

「は~、はっは~!! 事業、拡大していくわよ~! 見てろ! 〇社出版! 〇〇文庫!」

 妻が止まらない。


 この公園は、この辺りで最も標高が高い位置にある。この時期には、公園中の桜が乱れ咲く。桜は毎年、その淡い色で街を包み込む。たとえ短い期間であっても全身全霊をかけて咲き誇る。それは、誰に遠慮するでもなく、ただ咲き乱れる。翌年も、その花を咲かせる。毎年、再生を繰り返すかのように。


 現世の自分に絶望し、来世や異世界に転生する話が巷で流行っている。多くの人が今の自分に納得できないのはわかる。だけどさ。現世、オモシロいぜ?人生ダメんなったと思っても、いくらでもやり直しがきくんだぜ? もう一度、ちょっとだけ一歩を踏み出してみねぇか?


「全然、飲んでいないじゃない! お祝いだよ! お・い・わ・い!」

 ああ、まったく面倒くせぇ。


 ……だけど、来世も一緒にいてくれ。

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転生なんてしなくても強くてニューゲーム 白明(ハクメイ) @lynx_hakumei

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