第10話 見える世界

「まだ、起きていたのか? なにか問題とかあるか?」

 妻の顔を見ず、声をかける。このクライ顔を見るだけでイライラする。

「うぅん。問題とかは全然ないの……。お金も心配ないし、子どもたちも元気よ……。私たちは大丈夫なんだけど……」

 口の中でモゴモゴと話されるとキコエナイ。

「なにがシンパイなんだよ! はっきり言え! お前、ソンナンジャなかっただろ!」

 怒鳴ってしまった。妻は、半歩後ずさる。

 ……あれ? コイツ、こんなにチイサカッたか?


「ごめんなさい……。心配なのは弘毅のこと……。本当に忙しそうで、いつも眉を寄せていて……。いつも怒っているみたいで……。子どもたちも弘毅のこと、怖いって……」

 は? ナンダと? 何をイッテいるんだ?


「なんか不満があるって言うのかよ! カネだって、カンキョウだって充分すぎるくらいだろ! スベテ、オレのお陰だってわかってんだろ? グチグチ、文句イイヤガッテ! 俺がイライラするのは、オマエ達がそうやってオドオドしているからだろ!」


「ごめんなさい。ごめんなさい……。そんなつもりじゃないの……。弘毅を怒らせたかったわけじゃないの……。今の生活があるのも弘毅のお陰だってわかっているわ。だけど、どんどん弘毅が遠くなっていっている気がして……。ねえ……、弘毅、少しでいいから私とちゃんと話をしてよ……」

 妻はそういうと、その場に泣き崩れた。


 マッタク……。コウイウのが一番イライラする。オレが話していないだと? オレがどれだけガンバって、ここまで来たと思っているんだ! オマエタチ家族のためにも、ヤッテいるんだぞ? 泣けばイイと思っているのか!? オレがオマエタチを大切に思っていないとでもいうのか!?


 オレは、オレが、オレを、オレ……。

―――――――――――――――――――――――――――――

 気が付くと俺は、寝ていた。見たことが無い天井。淡くカーテン越しに差し込む光。

 静かだ。

 少しぼやけるアタマを振り、辺りを見回す。どうやらここは病室のようだ。ベッドの脇には妻が座り、ベッドに突っ伏すように眠っている。時計を見る。午前5時20分。俺は、妻を揺り起こす。


「ん……。弘毅! よかった! 突然、倒れて、泡を吹いて痙攣していたの! 何もなくてよかったわ! あ、お医者様を呼んでくるわ!」

 そう言うと妻は立ち上がり、病室から駆け出していった。


 俺は、倒れたのか……。疲れていたのかもしれない……。心も、身体も……。

 それから1日をかけて精密検査を受けることとなった。倒れた際にアタマを打った可能性があること、泡を吹いて痙攣したことから、癲癇《てんかん》が発症したかもしれないとのことだ。

 検査を一通り終え、病室で帰り支度をする。妻の背を見る。こんなにも痩せていたっけか……。

「さあ、弘毅、家に帰ろう。そして、少しゆっくりしよう」

 妻は、俺の手を取り、つけていたTVを消そうとする。

その手が、止まる。

「贈収賄の疑いで世界的な作家H氏が書類送検されました!」

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