第7話 俺が必要とされる世界

 なんと出版社から声をかけられた。私に担当者、デザイナーがつけられ、販促も自ら行う必要はない。ただ書くことと情報収集に集中すればいい。このことをSNSで報告すると、さらに注目されることとなった。フォロワー数は、2万人越え。こんな俺を電子書籍業界は、世界は、放っておかない。さらに幾つかの出版社からセミナーの依頼がくる。クソみたいな本業をやめたばかりだったので、こういう仕事は素直に嬉しい。さらにセミナー参加者は、俺の本を買ってくれる。これはイイ商売だ……。


 過去にねずみ講なるものの仕組みを聞いたことがある。閉鎖的なセミナーを行い、自分の手足となる者たちを「教育」する。「教育」には、自らの商品を買うよう指示され、普及することを含む。その手足がさらに「教育者」となり、新しい参加者に「教育」を行っていく。これを合法的に、そして自己啓発の一環として行う。セミナーを行う俺は、良心の呵責も感じず、セミナー参加者からは、尊敬され、讃えられる。

 こんな世界の在り方があるのだろうか? いや。俺が知らなかっただけなのだ。ビジネスの構造は、最終的にはこの形に収束する。ただ、サービスを受ける側が気付くか気付かないかだけの問題だ。快く、気付かないようにエスコートをしてあげれば、お互い笑うという図式が成立する。

 社会とは、ビジネスとは。そういう風にできている。


 自宅に帰るとリビングに明かりが灯っていた。0時は越えているというのに。リビングでは、妻がTVを見ていた。その目は、何も捉えていなかった。

「弘毅、お帰り……。遅かったね……。仕事を辞めてから、遅くなる日が増えたね……」

 なにが言いたいんだ? こういうのが一番面倒くさい。

「私たち、ちゃんと話をしないと……。最近、弘毅がわからないよ。仕事もやめちゃったし……」

「わかってる。ちゃんと話すよ。これからのことも、仕事のことも。今日は遅い。早く寝よう……。明日も仕事だろ?」

 妻は静かに頷き、寝室に向かう。俺は、稼いでいる。そして世間から必要とされている。間違っては、いない……。

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