37.星空の下で
室内ではコレットが熟睡していたので、場所を変えることにした。私とアイルはバルコニーに出た。
昼間、あれだけの騒ぎがあったのに、今の王城は静謐な雰囲気に包まれている。風のささやきだけが耳をかすめていた。
空には満天の星が輝いている。
私はバルコニーの手すりに手を置いて、その星空を静かに見上げた。
同じように隣に立ったアイルが、そっと口を開く。
「お父様と話をしてきたんだ。コレットの言っていたことは正しかった。僕のお母様はクロリス女王で間違いないそうだ」
「そうだったのですか……」
エドガー王も認めたんだ……。
本当にアイル様はサラブレッド王子様なんだね。そう思うと、いつも私の視界内では光り輝いているアイルが更に輝いて見えるようだった。
「だが、その件に関しては対外的には秘密にするようにと言われた。今のところ、このことを知っているのは君とコレットだけだ」
「私、誰にも言いません。コレットにも釘を刺しておきます」
「ああ。よろしく頼む」
アイルがこちらに視線を寄こして、小さく笑った。その瞳に私への信頼が宿っているように見えて、少しだけドキッとしてしまう。
「それと、僕は兄上たちと同じように王城の中に住めることになった。使用人は今までと同じがいいと頼んだ。皆でそちらに移ることになる。君も今まで通り、僕のそば仕えとして働いてもらうことになるが……」
「本当ですか!?」
その言葉に私は目を輝かせる。
これからもアイル様のそばにいられる!
飛び上がりたくなるほどに嬉しい!
「嬉しいです! 光栄です! 私、アイル様のおそばを離れたくありません」
「……僕もだ」
こちらを見つめるアイルの碧眼が、甘くとろけて、優しく垂れ下がった。
「僕も離れたくない。――これからもずっと、僕のそばにいてほしい」
今まで聞いたどのアイル様の台詞の中でも。
特別に甘くて、特別に優しげな声だった。
夜空のように綺麗な色の双眸。ずっと見ていたいと思うのに、胸がきゅうと切なくなって、私は咄嗟に視線を逸らしてしまった。
……それはどういう意味?
侍女として?
それとも――。
秋の風が一段と冷たく吹きすさぶ。猫耳がパタパタと揺れて、アイルは目を逸らした。
「話はそれだけだ。今日は疲れただろう。ゆっくりと休んでくれ」
アイルの言葉の真意を、その日、私は確かめることができなかった。
+ + +
次の日からも、仕事は山積みだった。
魔人族に壊された王宮の片づけはまだ終わっていないし、それに加わって大引越しまである。アイルはもちろん、西の塔に住みこみで働いていた使用人たちが一斉に王城に移るのだ。
荷物の整理に運搬まで加わって、私は嵐のように忙しい日々を過ごした。
フランツの処遇についても決まった。
魔人族を王宮内に引き入れたこと、国の危機にさらしたことで、地方の教会に追放されることが決まった。遠目からフランツの姿をちらっと見たけれど、別人のように憔悴した雰囲気だった。イグニスはフランツの護衛を解任されたそうで、王城に残るらしい。最近のイグニスは肩の荷が下りた様子で、生き生きとしている。
フランツはいい気味……とまではいかないけれど。少しは反省してほしいと私は思った。
そんなこんなであっという間に日々が過ぎていき、聖女様の帰還日となった。
(エレノアとはもっといろいろとお話したかったのになあ……)
残念だけれど、あんな騒ぎがあったのだから仕方がない。エレノアはエレノアで、光魔法による怪我人の治療で忙しそうに駆け回っていた。
エレノアが帰る最終日。私はまた彼女にお茶を淹れる仕事を頼まれた。
彼女に会えることが嬉しくて、弾む気持ちを抑えながら扉をノックする。
「はい。……あ。ルイーゼさん!」
中に入ると、エレノアは聖女の仮面を捨て去り、ぱっと笑ってくれた。
ううう、かわいい~……。
さっきまで凛とした面差しで聖女役を務めていた少女の素顔。
素朴で愛らしい笑顔だ。私はこっちのエレノアの方が断然好き。
茶器を並べていると、エレノアが親しげに話しかけてくる。
「とんだ復活祭になってしまいましたね」
「エレノア様の方こそ。お疲れ様でした」
「はい。朝から大忙しでしたので……実を言うと、少しだけお腹が空いてしまいました」
エレノアはそう言って、悪戯っぽく舌を出した。
はあ……お茶目なところがかわいい。萌えが過ぎるよ。聖女様。
私はエプロンドレスのポケットから、包みをとり出した。
「そうじゃないかと思いまして……あの。よかったら、これ。召し上がってください」
「まあ、何ですか?」
「フロランタンです。エレノア様のお口に合えばいいのですが……」
「フロランタン! わたくしの大好物です。こちらはルイーゼさんがお作りになられたのですか?」
「はい。僭越ながら」
エレノアはお菓子が好きらしく、目を爛々と輝かせている。
それからはお菓子談義で盛り上がった。
エレノアはクールな見た目に似合わず、お喋りな性格をしているらしく、会話は途切れない。まるで日本で女友達と話している時のような、和やかな雰囲気だった。
こうしてずっと話をしたいと思っていたのに、あっという間に時間は過ぎて、
「聖女様。出発の馬車の準備が整いました」
迎えが来てしまった。
エレノアも残念そうに眉を下げている。
「名残惜しいですけれど……そろそろ行かなくては」
「はい。エレノア様、お元気で」
「ルイーゼさんも」
と、立ち上がってから、エレノアはくすりと笑った。
「……ちょっとだけ不思議です。ルイーゼさんとはまたどこかで会うことになる。そんな予感がするんです」
「エレノア様……」
私は言葉に詰まってから、笑った。
「私もです。エレノア様とまたお会いしたいです。その時には別のお菓子をお渡ししますね」
「楽しみにしています。では、失礼します」
扉をくぐる直前、エレノアは凛と背筋を伸ばして、すっかり聖女様に戻っていた。
その神々しいほどの背中を私は見送った。
――3年後。
ゲーム通りのストーリーをたどるのなら、エレノアは勇者パーティーに加わることになる。そこにはアイルとレオンもいるはずだ。
その時、私はどうしているのだろう。それはわからないけれど……。
私は今、私にできることをやるだけだ。
その日の夜。
私は覚悟を決めて、その人物を待ち構えた。
「……またお前か」
私の姿を見て、彼は呆れたように目を細める。
「レオン・ディーダ。あなたに聞きたいことがあるの」
いつもの逢瀬場所。
私は再度、レオンと相対するのだった。
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