35.魔人族との戦い~夢のパーティー結成~


 レオンは始めコレットを疑っているようだったが、私とアイルとで説得した。最終的にはコレットが殊勝な態度で頭を下げたことで、彼女は敵ではないということを理解してくれたみたいだった。


 その際、レオンは私を嫌な顔で睨んだ。「またお前か……」という心の声が聞こえてくるようだった。


 きっとコレットが味方になってくれるという展開も、レオンの知っている未来では起こらないことなんだよね……。これも全部、私のせいということになるんだろうか。

 私だっていろいろと新たな情報が明らかとなって混乱状態だ。でも今はこの状況を何とかするべきだと、考えることはすべて後回しにすることにした。


 西の塔に残っていた使用人たちは眠りについていた。放っておくわけにもいかないのでどうしようと思っていたところ、1人だけ無事だった兵士が彼らを見張っておくと申し出てくれた。いつもやる気のない表情で立っている人で、いつぞやはアイルの悪口を垂れ流していたこともあったので、私はいい印象を持っていなかったのに……。まるで別人のように熱烈な視線をアイルに送っていて、「アイル様のお役に立てれば本望です!」と顔に書いてあった。


 私のいない間に何があったのだろう……。それはわからないけど、彼ならば任せておいても平気だろうとのことで、使用人と西の塔の守りは彼に託すことにして、私たちはその場を離れた。


 そして、私たち4人は神殿へと戻った。

 神殿内での戦闘はまだ続いていた。


 その光景を目にして、私は言葉を失った。


 騎士団は多くが倒れている。他の人たちは皆、聖女の結界の中に入っているようだが、エレノアの顔が真っ青になっていた。結界が持つのはあと少しの間といったところだろう。


 魔人族と未だに対峙しているのはイグニスだけだった。が、満身創痍といった状態だ。服も体もボロボロになって、立つのもやっとという有様だった。


 真っ先に飛び出していったのはレオンだった。

 イグニスの隣に並び、剣を構える。


「無事か、イグニス!」

「……遅いぞ、レオン。俺の活躍を見逃すなんて、もったいないことをしたな」


 レオンの顔を見て、イグニスは薄く笑った。

 まだ軽口を言える程度には気力が残っているらしい。


 次に剣を構えたのはアイルだった。


「イグニス、よく持ちこたえてくれた」

「アイル様! ここは我々に任せて、アイル様はお下がりください」

「そんなことを言っている場合か。身内の不始末は僕がつける」


 アイルは凛とした立ち姿で敵と向かい合う。戦闘開始時のこのモーション、すごくかっこよくて好きなんだよなあ。と、心のスクショに残しながら、私はその姿を後ろから見守っていた。


 最後に短剣を構えたのはコレットだ。

 残念ながら、かわいいモフ兎耳はまた髪の中に隠れてしまっている。さすがに半獣人であることを周りに知られたくないとのことで、それは仕方がない。……でも、できればまた後で耳を見せてほしい。あわよくばモフらせてほしい。


 コレットは毅然とした様子で魔人族と相対する。


「私も手伝います!」

「え……コレットちゃん!? どういうこと?」


 3人目の登場にイグニスは唖然としている。

 ……気持ちはわかる。


 と、4人の戦闘メンバーがそろって、魔人族と対峙する。


『ふん……脆弱な人間が何匹増えたところで同じこと。まとめて冥界に送り届けてやろう!』


 魔人族の男がマントを投げ捨て、迎撃の構えをとった。

 これがゲームの場面であれば、ここから戦闘画面に遷移するところだろう。


 レオン、イグニス、アイル、コレット。本編ストーリーでは決して叶わない夢のパーティーだ。


 レオンとイグニスの共闘。これは多くの女性ファンが涙して喜ぶ展開ではないだろうか。本家のストーリーではこの2人はずっと敵対関係にあったからね。


 レオンとアイルはゲームの方でも主要キャラクターだから、パーティーメンバーに加わっていても違和感はないけれど……。

 異質なのはコレットの存在だ。ゲームでは名前すら出てこないモブキャラクターだったのに。まさかその正体が暗殺者で、私たちの味方になってくれるなんて。


 こうして夢のパーティーと魔人族との戦闘が始まった。


(……みんな。がんばって)


 私にできることはみんなの勝利を祈ることだけだ。


 しかし、あまり心配することもなかった。

 夢のパーティーは意外にもバランスのとれた構成だった。


 前衛のレオン、アイルに、中衛のコレット、後衛はイグニスで魔法で皆をサポートしている。レオンはアイルの盾になりつつ敵の攻撃を防ぎ、その間にアイルが次々に斬りかかって、ダメージを重ねていく。コレットは身軽な動きでぴょんぴょんと戦場を飛び回って相手をかく乱。


 息の合った動きであっという間に周辺の魔物を蹴散らし、残りは魔人族1人となる。


 だが、そこでハプニングが起こった。


「くっ……申し訳、ありません……」


 エレノアの体力が尽きたのだ。エレノアがその場に倒れ、結界が解除される。

 その隙を魔人族は見逃さなかった。


『この時を待っていたぞ! 死ね、人間の国の王よ!』


 男は一直線にエドガー王へと飛びかかる。その手から黒い衝撃波が放たれた。エドガー王は目を見開いて立ちすくんでいる。周りにいたアランとフランツはすっかり腰が抜けているようで、動けないでいた。

 衝撃波がエドガー王に到達しようとした、その瞬間のこと。


 剣閃が割りこみ、その闇を切り裂いた。


 おお、と周りからどよめきの声が漏れる。エドガー王の身を守ったのはアイルの剣だった。

 その時のアイルの立ち姿は惚れ惚れとするほどにかっこよかった。凛々しい顔付きで、少しの迷いも持たずに剣を構えている。


 その眼差しの鋭さに魔人族がわずかに気圧された。

 一瞬の隙を縫って、


「決めるぞ、イグニス!」

「ああ、俺に任せな、レオン!」


 魔人族に向かって、レオンとイグニスが走り出した。

 このやりとりはもしかして……!? と、私は期待に胸を膨らませる。


 イグニスが風魔法『エア・トルネード』を展開させる。レオンの足元に竜巻が生まれた。その勢いを利用して、レオンが跳躍。かと思いきや、さながら一筋の光のごとく巨大な剣閃が貫いた。イグニスが炎魔法を立て続けに打つ。火柱が立ち上がる。と、レオンの黒マントがたなびいて、イグニスの対角線上に着地した。同時に爆音が轟く。


 出た! コンビネーション技! それも夢の組み合わせ!

 ゲームではキャラクター2人のゲージがマックスになると、連携技を放つことができるようになる。それをコンビネーション技と呼ぶ。派手な演出と、キャラクター同士の掛け合いが見れるので、私は好きだった。


 ゲームでは見ることができなかった幻のコンビネーション技。この2人が好きなファンにこの光景を見せたら、鼻血を出して卒倒するにちがいない。


 爆風によって魔人族の男が後方に吹き飛ぶ。が、すかさず掌を掲げた。その手中に闇が集約していく。闇魔法だ。しかし、魔法を放とうとした直前で。


「させないわ!」


 短剣が飛翔、男の掌を貫いた。コレットが剣を投擲したのだ。

 魔人族の動きが鈍る。その一瞬の間に。


「これで終わりだ!」


 魔人族の頭上をとったのはアイルだった。


 アイルの構えた剣が、男の胸を一突きにする――!


 耳をつんざくほどの音が響いた。魔人族の喉から迸るそれは断末魔。


『まさかこの我が……! 人間ごときに後れをとるなど――ッ!』


 悲鳴が破裂するように弾けた。

 次の瞬間、魔人族の体を黒い炎が包みこむ。瞬く間に男の体は灰へと変わった。


 この演出はゲームでも見たことがある。魔人族の死だ。アイルの剣が床へと落下して、乾いた音を立てる。

 重苦しい静寂が満ちる。

 アイルたちはもちろん、聖女も、結界に入っていた人たちも。息を潜めて、魔人族が消えた場所を見つめていた。


「終わったのか……?」


 アイルが呆然と呟く。

 それに応えて声を張り上げたのは、聖女エレノアだ。


「邪悪な気配が消えています。間違いありません。魔人族は滅びました」


 またもや静寂が落ちる。しかし、今度の沈黙は一瞬だけのことだった。

 次の瞬間、割れるような歓声が上がる。緊張に糸が切れ、人々は皆、一斉に喜び合った。


「助かった! 助かったんだ!」

「我らの騎士がやってくれたぞ! レオン様、万歳! イグニス様、万歳!」

「あの半獣人の子は? それにあのものすごく強いメイドはいったい誰だ?」

「そんなのどうでもいいじゃないか! 彼らが魔人族を討ち取った英雄であることに変わりはない!」


 思い思いに安堵の息を吐き出している。また、感激に涙を流して、抱き合っている者たちもいた。

 私はすっかり力が抜けてしまって、へなへなとその場に座りこんだ。


 歓喜に沸く人々を押しのけ、1人の人物がアイルたちへと歩み寄る。レオンとイグニスはすぐに気付いて、その場に膝まづいた。


「陛下、お怪我はございませんか」

「うむ」


 と、鷹揚に頷いて見せたのはエドガー王だった。


「レオン、イグニス。よくやってくれた。そして……」


 エドガー王は気難しそうな表情で、視線を移動する。その先にいるのはアイルだった。


「お前は……」

「……お父様」


 アイルは不安げに瞳を揺らして、エドガー王と向かい直った。

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