34.アイル出生の秘密
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『フェアリーシーカー』のストーリーにて。
勇者ユークが王城にたどり着いた時。
そこに登場するNPCキャラクターから様々な情報を得ることができる。
レグシール国の情勢。
優秀なアラン王子と、卑屈なフランツ王子に対する噂話。
幽閉されている第三王子の存在。
等々……。
その中で1人の騎士が、こんなセリフを漏らすのだった。
▷ 「昔、メイドに扮していた暗殺者がアイル様の命を狙ったことがあって……。
間一髪のところでレオン様が気付いて、事なきを得たんだ。
その後、暗殺者の女が自害したせいで、どうしてアイル様を狙ったのか、わからずじまいだ。
アイル様を殺そうとしたのは、いったいどこの誰なんだろうなあ……」
◇ ◇ ◇ ◇
私はコレットの体をぎゅっと抱きしめる。コレットは未だに自分のしたことを理解しきれていない様子で、立ちすくんでいた。
束の間の静寂の後で、
「ルイーゼ……」
と、コレットは声を絞り出す。
「私のこと、怖くないの……?」
「怖いわけないじゃん。コレットだもん」
「私のこと……」
更に苦しそうな声でコレットは呟く。
「気持ち悪くないの……?」
痛ましげな声に、私の心臓がぎゅっと縮んだ。
「何言ってんの! その耳、すっごくかわいいよ」
そう答えると、コレットは何かに怯えるように震え出した。私にすがり付くように抱き着いてくる。
「ルイーゼ……私……私……!」
「大丈夫だよ。私はいつでもコレットの味方だからね」
コレットが何を抱えているのかわからない。少しでもその恐怖を取り除ければと思って、私はゆっくりとその髪を撫でていた。
「2人とも無事か」
と、アイルがこちらに歩み寄ってくる。
ああ、そこで「2人とも」と自然と言えるアイル様が本当に素敵……。今さっき、コレットに殺されかけたばかりなのに。コレットの様子を見て、「何か事情があるらしい」と悟って気持ちを切り替えられるあたり、この子は本当に王者の風格があると思う。
コレットは覚悟を決めたように私から離れて、アイルと向き直る。
「アイル様、申し訳ありませんでした。どんな処罰でもお受けいたします」
「まったくだ」
と、アイルは頷く。
「いくら魔物が現れて混乱していたとはいえ、窓ガラスを割ったり、僕を突き飛ばしたり……もう少し落ち着きを持ってくれ」
「え?」
コレットは目を瞬いて、
「わ、私……アイル様を殺そうとして……」
「そうだったのか? 君は何か気付いたか」
と、アイルは私に話を振る。私はアイルの意図に気付いて、頬をゆるめた。
「私が見たのは……コレットが私を魔物から助けてくれたということだけです」
「ルイーゼ……アイル様……」
コレットは目を潤ませて、私とアイルとを交互に見る。
それから自分の罪を悔いるかのように俯いた。
「ありがとうございます……」
アイルは穏やかな眼差しでそれに答える。
「何か事情があったのだろう。聞かせてくれ」
「はい……。私はガトルクス王家の命令でここにやってきました」
「ガトルクス王家……?」
と、私とアイルは首を傾げる。
獣人の国の名前だ。10年前までレグシール国とは領地を巡って戦争をしていた。
アイルが顎の下に手を置いて告げる。
「確か今、ガトルクスの王座にはゲイリー王がついていたな」
「はい。しかし、ゲイリー王は正式には王家の血筋を引いてはおられないのです。前女王であるクロリス様が崩御されたのが2年前のこと。前女王様は御子に恵まれず、ご兄弟も戦死されており……そのため、宰相のゲイリー様が次期王として即位なされました。しかし、今から1年前に前女王様の血を引く者の存在が明らかとなったのです」
そこでコレットは言葉を区切って、アイルを正面から見つめる。
「――アイル・レグシール様。あなたはクロリス様の血を引いておられます」
「な……!?」
「え……えええ!?」
アイルと私は驚愕の声を上げた。
何それ! 初耳なんだけど……。
私が『フェアリーシーカー』をプレイしている時はそんな情報、出てこなかった。
ということは、これってアイルが死んだ後に終盤で明かされる超重要な情報なんじゃなかろうか。
(もしかして、レオンがアイルを殺すのも、この情報と何か関わりがあるのかも……?)
エドガー王とクロリス女王の間に生まれた子。
レグシール王家とガトルクス王家の両方の血を引いているなんて、ものすごくハイブリッド王子様だ……。
アイルはショックから立ち直ったらしく、難しい表情で告げる。
「それは本当のことなのか……? 14年前といえば、レグシールとガトルクスは戦争中であったはずなのだが。本当に父上がガトルクスの女王と……?」
「当時、クロリス様は第二王女の御身分にございました。ガトルクスでは王たる者、強き精神と肉体を持つべきとされ、王族は率先して戦場に出向きます。クロリス様は王女でありながら騎士隊長を務められており、第一線でご活躍されておりました。その際、エドガー王子と見(まみ)えることになったのだと、女王の手記には記されておりました」
戦争中に、敵国の王子様と姫様が恋に落ちたってこと……?
何だが壮大なラブロマンスの気配がする。
アイルはまだ信じられない様子で目をまん丸くしている。そりゃそうだ。話が大きすぎて、コレットの話を鵜呑みにすることはできないだろう。
でも、コレットの真剣な眼差しを見ると、「この子は嘘を言っていない」と思えてくる。
重苦しい沈黙が流れてから、アイルは口を開いた。
「その話が本当なのだとすれば、僕はガトルクス王国の王位継承権を持っているということになる。それがゲイリー王に命を狙われた理由だと」
「はい……」
コレットが頷く。
話が大きすぎて、目が回りそうだ。
関係ない私でさえそうなのだから、アイル様は更に混乱されているにちがいない。
「アイル様……」
私は心配になってアイルの方に視線をやる。
アイルは難しい表情で考えこんでいたが、その双眸には理知的な光が宿っていた。私が思っていたよりもアイルはずっとしっかりしているらしい。自分の中で情報を整理し終えたのだろう、冷静な声で告げる。
「詳しい話は後にしよう。今はこの状況を打破する方が先だ。レオンはどこにいる?」
「あ……」
そこで私は思い出した。
そうだった! レオンが今、大変な目に……!
「レオン様は先ほど、『グラスドラゴン』と遭遇して自分が足止めをすると……! すぐに助けに行かないと……!」
「その必要はなさそうだ」
アイルがそう言って、視線を私の後ろに向ける。
視線を追うと、そこにはボロボロになってこちらへと歩み寄ってくる騎士の姿があった。
「レオン様……」
私は目を丸くして、その名を口にする。
いろいろな感情が噴き出して、どんな表情を浮かべたらいいのかわからない。
レオンが生きていてよかったという安心感と、1人であの竜に勝てたの? と、ゲームの情報を知っている身からすれば到底信じられないという不信感。
そして、アイル出生の秘密をこの騎士は知っているのだろうか……? という、疑心。
複雑な感情を持て余す私の前で、レオンはアイルを見やり、安堵したような表情を浮かべる。
「アイル様……ご無事で何よりです」
そう言ってほほ笑んだレオンは、主君の無事を心から喜ぶ忠実な騎士そのものだった。
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