33.それって萌え属性?


 私が西の塔の入り口にたどり着いたのと同時。


 窓ガラスが割れる音が降り落ちて来た。ハッとして顔を上げる。と、上階から2つの影が跳び下りて来た。しなやかな身のこなしで着地を決めたのはアイル。


 そして、もう1つの影は……。

 私は驚いた。メイド服を身にまとい、空中で鮮やかに体を回転させたのはコレットだったのだ。


「コレット!」


 私が声を張り上げると、2人ともすばやくこちらを向く。

 コレットの頭の上でぴょこんと何かが揺れている。それを目にして、私は更に驚愕した。


 う……兎の耳!? 赤くてふわふわで、すごく触り心地のよさそうな長耳だった。


 え? 飾り? と、私はとっさに思ってしまった。が、ただの飾りがこんなにふわふわなわけないし、ぴくぴくとなめらかに動くわけがない。

 これは本物の獣耳だ。


(こ、コレットって……半獣人だったの!?)


 私は呆然と立ち尽くす。


 一方、コレットの動きはすばやかった。軽やかに地面を蹴り上げ、跳躍。人間では決して真似できないジャンプ力で私の頭上を飛び越えると、私のすぐ後ろへと立った。


 ひやりとした感触の物が私の喉元に触れる。コレットが私の体を拘束し、短剣を喉に突きつけているのだ。


「え? こ、コレット……?」


 何が何だかわからない。

 私は混乱状態で声を絞り出す。


「ごめんね。ルイーゼ。私、あなたのことを騙していたの」


 後ろから聞こえてきた声は、いつも通りのコレットの声音だった。

 いつも「ルイーゼ」「ルイーゼ」とじゃれてくるかわいい同僚。その時とまったく同じ声色で、コレットは告げる。


「アイル様。この子を助けたいのなら、武器を捨てなさい」


 アイルは険しい表情でコレットと向き合う。

 迷うこともしなかった。持っていた剣を投げ捨てる。


「……わかった。だから、彼女に手を出さないでくれ」


 からん、と剣が石畳の地面の上で乾いた音を立てる。


「嘘……。コレットどうして?」


 私は困惑して、そう呟いた。


「どうして言ってくれなかったの……?」

「ふふ。騙していたことは謝るわ」


 私の耳元でコレットは楽しそうに囁く。


「私の目的はアイル・レグシールの暗殺。そのために1年もの間、王宮のメイドに扮していたの。どう? 本当のことを知って、がっかりしたかしら?」


 まるで私を弄ぶかのように弾んだ声色だ。

 いつものコレットと同じく、かわいらしく明るい声だけど……その根本にあるものは別物だ。いつもが同じ目線に立っている話し方だとしたら、今のコレットは私を見下しているかのような話し方だった。


 私の手がぶるりと震える。


(嘘……。嘘でしょう……だって、こんな……)


 その震えがどんどんと大きくなっていく。コレットは私の反応に満足したようにくすりと笑った。それはいつものコレットと異なる、どこかセクシーな響きの声だった。


 その声を聞いて、背中がぞくぞくとする。


 あー……もう無理。

 もう限界……!


 感情が閾値を超えて、私はその気持ちを口から零してしまった。


「…………かわいい」

「え?」

「もう無理、しんどい、かわいい! 私、だめなの! ギャップのある子に、ほんと、とことん弱いの! 無邪気元気っ子かと思いきや、その正体は影のある暗殺者? その上、ウサ耳赤髪メイド服!? 設定、特盛か! かわいい~~~~っ!」

「え? え?」


 コレットは意味がわからないといった様子で立ち尽くす。拘束の手がゆるんだ。

 その隙に私はくるりと体を回転させて、コレットと向き合う形になる。


 あー! 真正面から見ると、破壊力がやばすぎる!


 ふわっふわで、髪色と同じ赤色の毛に覆われた長耳。本当にすごく触り心地がよさそう……。

 コレットの顔立ちはちょっと幼い感じだ。目がおっきくて、ほっぺは丸くて、口は小さい。いわゆるロリ顔。こんなにかわいい顔で、さっきみたいなちょっとセクシーな笑い方をするのだ。


 何なのそれ! ずるい! かわいい! ギャップ萌え!


「あー、正面から見たら更にかわいい! かわいすぎる! もうダメ、しんどい……」

「あ、あなた何を言ってるの!? この状況がわかってる?」


 と、今度はコレットが目を白黒とさせる番だった。


「あなたが信じていたコレットはすべて演技なのよ!? まさか未だに偽りの姿を信じているというの? そうだとしたらおめでたい女ね。私は相手が誰であろうと容赦はしない。本当に殺すわよ」

「コレットはそんなことしないよ」

「だから、それは全部、演技だと……!」

「うん。私が知っているコレットは明るくて、私の作ったお菓子を美味しそうに食べてくれて。そして、私が落ちこんでいる時には優しく励ましてくれる。――私の一番の友達」


 コレットが目を見張って、私のことを見ている。

 私は彼女が持っている短剣ごと、その両手を握った。


「あなたがいなかったら私はもうすべてを投げ出して、諦めていたかもしれない。今、私がこうしてここにいられるのはコレットのおかげなんだ」

「何を言っているの……それだって……演技だったのに」

「だって、それが私の知っているあなたの姿だから。それだけが私にとっての真実なの」


 コレットは曖昧な表情を浮かべる。その瞳の奥で様々な感情が渦を巻いていた。

 目を伏せて、何かを考えている。少しだけ切なそうな表情を見せたのは束の間。その後に彼女が浮かべた表情は先ほどと同じ――嘲笑の顔だった。


「何て愚かな娘。これを見ても同じことが言えるのかしら?」

「きゃ……!」


 乱暴に突き飛ばされて、私はしりもちをつく。

 ハッと顔を上げると、視界の中でメイド服のフレアスカートがふわりと揺れていた。コレットはまたもや高く跳躍、アイルの頭上をとった。

 次の瞬間には、コレットはアイルを押し倒している。手に握った短剣をアイルの喉元に突きつけていた。


 コレットがこちらを振り返り、勝ち誇ったように笑う。


「その信じた友達が、あなたの大切な人を手にかけたとしても――」

「アイル様……!」


 心臓がひやりと恐怖につかまれる。

 だけど。その瞬間でも、私はコレットのことを信じていた。

 信じたかったのかもしれない。彼女のことを。


 こちらの世界に転生してから、私の友達はコレットただ1人だった。

 コレットがいてくれたからがんばれたのだ。前を向いて歩くことができたのだ。


 いつも私に明るく笑いかけてくれた。私がフランツの罠にはまって孤立していた時も、彼女だけは私を信じてくれた。私が西の塔に戻ることができた時、自分のことのように喜んでくれた。

 その姿がすべて偽りだったなんて――私は思いたくなかった。


 だから、


「コレット、やめて!」


 私は最後まで信じる。信じたい。コレットのことを。私の一番大切な友人のことを。

 コレットが高く腕を振り上げる。白刃が陽光を照り返して、鈍く輝いた。


 と、その時だ。


 アイルがこちらに目を向けて、ハッとする。


「後ろだ! 逃げろ!」

「え……?」


 獰猛な唸り声が私の背後から。振り向くと、そこには1匹の魔物がいた。私に飛びかかろうとして、姿勢を低くしている。


 だめ……!

 私はまだ尻餅をついた姿勢のままで、咄嗟に動くことができない。 


「いや……!」


 私が声を張り上げたのと、魔物が飛びかかって来たのは同時だった。


 ――と。


 眼前で血しぶきが上がる。私の前に降り立ったのは、1つの人影だ。

 魔物が喉元から血を吹き出しながら、その場に崩れ落ちる。


「こ……コレット……?」


 私は震える声で名前を呼んだ。

 コレットの持つ短剣は鮮血に濡れている。彼女がゆっくりと振り返ると、その出で立ちは凄惨な色に変わっていた。魔物の返り血を浴びて、メイド服が赤く染まっている。


 彼女が浮かべている表情は困惑だった。いろいろな感情がせめぎ合って、曖昧に溶け合って、それが自分自身でも理解できないでいる。そんな感じで呆然と立ちすくんでいる。

 何も言葉にならないようで、コレットはぼんやりと私の顔を見ている。


「ほらね。私が知っているコレットだった……。助けてくれて、ありがとう」


 私は立ち上がって、コレットと向き合う。

 彼女が浴びた鮮血ごと、その体を抱きしめた。

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