32.黒騎士の秘密を知る


「コレットが暗殺者ってどういうこと!?」


 レオンと一緒に神殿の外に出て、走りながら私は声を張り上げた。


「そのままの意味だ」


 と、冷静な声で一蹴される。

 レオンは私に構っている暇はないとばかりに、剣をなぎ払う。凶悪そうな魔物たちがその剣に次々と屠られていった。


 うわ、めちゃくちゃ強い……って、そうじゃなくて。


「そんなの信じられるわけないでしょ! コレットはあんなにいい子なのに」

「あれは全部演技だ」

「はあ? だいたい何であなたがそのことを知っているの?」


 その問いにはレオンは黙りこんでしまう。私は質問の内容を変えることにした。


「じゃあ、仮にコレットが本当に暗殺者なのだとして。それを知りながらどうして放っておいたの?」

「お前が知る必要はない」

「な……ふざけないで!!」


 我慢の限界を超えて、私は声の限りに叫んだ。


「あなたが知らんふりしなければ、こんなことにはならなかったでしょ! あなたのせいでもし、アイル様の身に何かあったら……!」

「うるさい! わかっている! だが、コレットが本性を表すのは、なんだ!」

「は?」

「俺だってわけがわからない! なぜこんなことばかり起こる! 俺が知っている未来と、次々と歴史が変わっていく。お前のせいじゃないのか? お前が前の『ルイーゼ・キャディ』と様子が変わってから、妙なことばかり起こるようになった!」


 我慢の限界を超えたのは、レオンも同様だったらしい。

 いつものレオンからは考えられない音量で叫びながら、剣を振るう。剣閃が横方向に走り、魔物たちが吹き飛ぶ。それを跳躍して斬り刻んだ。目にも見えない剣技が幾重にも展開され、レオンが着地すると同時に魔物が一斉に倒れる。


 あ、これ、ゲームの戦闘画面で見たことあるわ。

 ゲージをためて放つ、レオンの必殺技。『魔斬天空剣』だ。

 本物はこんな感じなんだ。めちゃくちゃかっこいい……ってそうじゃなくて!


「あなた、何を言っているの!?」


 レオンの走るスピードがすごく速いので、それについていくためにスカートをたくし上げてひたすらに足を動かす。

 レオンはハッとして、渋い顔で口をつぐんだ。どうやら焦っているせいで、余計なことを口走ってしまったらしい。


 思いがけず、ものすごく重要な秘密が明かされたみたいだ。


 今の口ぶりだと、レオンは未来を――ゲームで起こるはずだった『正しい歴史』を知っているということになる。だから、コレットが実は暗殺者だと言うことも知っていた。そして、レオンの知る未来では、復活祭での魔人族の強襲なんて起こらないはずだった。


 だが、歴史は変わった。恐らく私のせいで。

 そのせいでレオンは焦っているのだ。本来の未来では大人しくしているはずのコレットが、こんな事件が起きたら何をしでかすかわからないと。


 コレットが暗殺者? それって本当なの……?


 ここまでの情報を明かされても、私はまだ半信半疑だった。

 だって、あのコレットだよ? いつもにこにこと明るい笑顔で、私が落ちこんでいる時は励ましてくれた。優しい子。私の作るお菓子が好きで、ぽやぽやーっとした顔で美味しそうに頬張ってくれた。


 あの子が暗殺者でアイル様の命を狙っているなんて。そんなこと信じたくない。何か悪い夢であってほしい。

 そんなことを考え、私の足が鈍った、その瞬間だった。


「ぼさっとするな!」


 レオンに突き飛ばされて、私は地面へと倒れた。

 砂煙と衝撃波が襲って来て、私は咄嗟に顔を背けた。がん、と重い音が轟く。


 ハッと顔を上げる。眼前ではレオンと魔物が斬り結んでいた。レオンが剣を振り払うと、翼が空を切る音が聞こえる。巨大な影が後ろへ飛びさすって、着地した。空へと向かって咆哮を上げている。その姿は緑色のドラゴンだった。


 この魔物は……!


 ゲームで見たことがある。『グラスドラゴン』だ。王都近くのフィールドに登場する強敵モンスターで、序盤のうちはまず勝つことができない。エンカウントしたらとにかく逃げるしかない相手だ。私は一度、戦いを挑んでみたことがあるけど、まったく歯が立たずにあっという間にゲームオーバーにされてしまった。


 まさかこんな強敵まで召喚されていたなんて!


 その姿に私は戦慄した。

 無理だ……。ゲームで戦った時は勇者、聖女、レオン、アイルもそろった状態だったのに負けてしまったのだ。今はレオン1人しかいないのに勝てるわけがない。


 私は咄嗟にレオンの袖を引っぱる。


「この魔物、ものすごく強いの! 逃げて!」

「……西の塔はこの先だ」


 レオンも相手の強さを肌で感じ取ったのだろう。険しい表情で魔物と対峙する。彼が足を踏ん張ると、ぽたぽたと水が滴る音が聞こえた。

 血の臭いが鼻先をかすめ、それで私は気付く。

 レオンの足元には血だまりができていた。


「え……血……? ケガしてる……。もしかして、今、私をかばったから……?」

「大した傷じゃない」


 と、レオンは低く唸るように答える。


 絶対に嘘だ。


 未だにお腹の辺りからは血が垂れてきている。足元にできた血だまりはどんどん大きくなるばかりだった。それなのにレオンはまったくひるむことなく、竜へと向かって剣を構える。


「こいつは俺が抑える。お前は先に行け」

「何言ってるの!? あなた、そんなひどいケガをしてるのに……!」

「今、ここでアイルを死なせるわけにはいかない。アイルが死んだら、それこそ歴史がめちゃくちゃになる」


 レオンは私を乱暴に押しやる。と、同時に竜へと足を踏み出した。


「行け!」

「レオン……!」


 私は咄嗟に手を伸ばしかけるが、黒騎士は果敢にも竜へと飛びかかった後だった。


 迷ったのは一瞬だけ。

 私は唇を噛みしめ、竜を迂回して走り出す。


(どうして……)


 その疑問だけが胸の中で渦を巻いていた。


 どうして、レオンは私をかばってくれたのだろう。

 どうして、アイルを助けるためにそうまでするのだろう。


 更に新たに知ってしまったレオンの秘密。

 彼はどうやら正史――本来、ゲームで起こるはずだったストーリーを知っているらしい。

 それはなぜ? レオンはいったい何者なの?


(わからないことだらけだよ……)


 走りながら、うるさいほどに胸がドキドキと鳴っている。

 レオンが死んでしまったらどうしようという不安からだった。


 私の目的はアイルの死亡エンドを回避することだ。そのためには、直接の原因になるレオンがいなくなってくれる方が都合がいい。

 そのはずなのに。

 今の私はレオンに「死んで欲しくない」と強く願ってしまっているのだった。


 頭の中がごちゃごちゃになって、整理できないまま、私は走り続ける。

 そして、西の塔へとたどり着いた。

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