30.イヤミ王子がやらかした
私の頭は混乱状態だ。
今がゲーム本編より3年前の時間軸だからといっても、こんな歴史が存在しなかったことは確かだ。復活祭に魔人族が現れたなんて重大事件があったら、ゲーム本編でも必ずそのことに言及したセリフがあるはずなのだ。それこそ街の住人やら、神官にでも話しかけたら教えてもらえるはず。
つまり、本来の『フェアリーシーカー』の世界では起こらなかったことが今、起こっている。
ゲームの歴史が変わってる……!?
なぜ。何が原因でこんなことに?
その答えはすぐに判明した。
祭壇でフランツが顔を青くして、叫んだことで。
「なっ……貴様、魔人族だったのか!?」
『礼を言うぞ、小僧』
魔人族はフランツを見て、にやりと笑う。
『貴様のおかげでこの場にもぐりこむことができた』
「ぼ、僕を騙したな!? 暗殺稼業を営む仕事人だと、僕をそそのかして……!」
『愚かなる小僧よ。我は嘘は言っておらぬ。貴様の標的もろとも、この場にいるすべての人間を皆殺しにしてくれようぞ』
その言葉を聞いて、私は愕然とする。
魔人族を引き入れたのはフランツ?
ということは、フランツをここまで追い詰めてしまったせいで、こんな展開になってるってこと?
フランツは顔を真っ青にしながらがくがくと震えている。自分がしでかしてしまったことの大きさに戦(おのの)いているようだった。
魔人族が手を掲げる。と、神殿内の各所に影が渦巻いた。その中から飛び出してきたのは魔物だ。
魔人族のみが使える『闇魔法』。これは邪神ヴィリロスの力を借りて奇跡を起こす魔法だ。その中でも上級魔法とされる『サモンズゲート』は、魔物をその場に召喚する効果を持つ。
魔物とはヴィリロスがヒト族を滅ぼすために創り出した生き物で、世界の各地に生息している。知性を持たず、ヒト族を見れば襲いかかってくる脅威だ。
神殿内の各所に現れた魔物。
辺りは一気に騒然となった。至るところから悲鳴が響く。すぐに控えていた騎士たちが魔物へと飛びかかった。鞘走りの音や、魔法の発動音が幾重にも重なる。
「ひいい!」
情けない声を上げたのはフランツだ。周りにいる人たちを突き飛ばしながら我先に外へと逃げ出そうとする。
その前に躍り出たのは魔人族の男。掌に黒い光が収束していく。闇魔法だ。
危ない! と思った時、その黒い衝撃波はフランツへと放たれた後だった。私は言葉を失くして立ち尽くす。
闇がフランツの体を覆った。
次の瞬間。
眩い光が放たれ、その闇を弾き返す。フランツのそばで剣を構えているのはイグニスだった。フランツは悲鳴のような声を上げて、イグニスにすがりつく。
「イ、イグニス!!」
「フランツ様、私のそばをお離れにならないように」
イグニスはいつもからは想像のつかない険しい表情で、魔人族と向き合った。
エレノアが祭壇で声を上げる。
「皆様! こちらに! 結界を張ります!」
と、祈りを捧げるポーズをとる。エレノアの周囲に光り輝くドームが出現した。
光魔法の『ホーリーシールド』だ。
こちらは女神スフェラの力を借りて、奇跡を起こす魔法。昔は大勢の使い手がいたが、スフェラが妖精の身に封印されている今、扱えるのはエレノアだけとなった。
この世で唯一、スフェラの加護を受けられる少女……エレノアが聖女として崇められる理由だ。
エドガー王もアラン王子も、結界の中にいる。魔物が飛びかかろうとして、結界に弾き飛ばされている。皆が結界の中へ次々に飛びこんだ。結界は魔物だけを弾き飛ばすようで、人間は中へ入ることができる。中に入った人達はほっと安堵の息を吐いている。
私もそこに、と走り出そうとしてから、ふと疑問が頭をよぎる。
(アイル様……! それにコレットは? 無事!?)
レオンもイグニスも、ここにいる。
アイルには別の護衛がついているとはいえ、私の胸は一気に不安に染まった。
考えたらいてもたってもいられなくなり、私は神殿の裏口に向かって走り出した。多くの人は正門、もしくはエレノアの周囲に集まっていたので、裏口は人もまばらで、すぐにたどり着くことができた。
だけど、扉へと私が手を伸ばした、その瞬間。
柱の影から魔物が飛びかかってきた!
巨大なクマのような見た目の魔物だ。大木のような腕が頭上から振ってくる。
あ、ダメだ……!
私は咄嗟に悟った。
避けられない。
自分の体がぐちゃぐちゃに潰される未来が頭をよぎる。私はぎゅっと目をつぶった。
――と。
だん! 鋭く肉を断つ音が響いた。その音に心臓がぎゅっと縮んだけど、衝撃も痛みも襲ってこない。
ゆっくりと目を開けば。視界の中で黒色のマントがたなびいていた。
「な……何で!?」
私は混乱してそんなことを口にしてしまう。
私の前に立ち塞がって、魔物を斬り伏せた人物。
それは黒騎士レオン・ディーダだった。
レオンは振り返って、怒鳴りつけるように言う。
「聖女の結界の中に入ってろ!」
険しい表情だ。いつもの笑顔の仮面を捨て去って、地が出ている。それほど今が緊急事態だということだろう。
レオンの言うことは正しい。いくら多少の護身術が使えるからといって、それは魔物相手にはまったく通じないものだ。今の私は何の役にも立たない。
それはわかっている。
でも……!
私は決意したのだ。
アイルの命を守るためならば、どんな危険をもいとわないと――!
「私、アイル様のところに行きます」
強い決意を持ってそう答えると、レオンはわずかにたじろいだ。
「アイル様の身が心配なんです……! それにコレットだって!」
「……何だと?」
その一言でレオンの様子ががらりと変わる。
焦った様子でレオンは口を開いた。
「あの女が今、アイルのそばにいるのか!?」
「え? あの女……?」
と、今度は私が面食らう番。
レオンの口調には明確な敵意がこめられていたのだ。
私が咄嗟に反応できずにいると、レオンは畳みかけるように告げた。
「コレットだ! アイルの身が危ない!」
「ちょっと! コレットがなんだって言うの!」
慌てたようにレオンは裏口の扉へと手をかける。
そして、私の問いにはとんでもない答えを返した。
「あの女はアイルを狙う暗殺者だ!」
「は? ……はあ!?」
何言ってんの、この男?!
私は魔人族が現れた時よりも動揺して、そんな素っ頓狂な声を張り上げたのだった。
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