29.このイベント初見なんだけど?!


 復活祭当日を迎えた。


 その日、私は朝から忙しく動き回っていた。私だけでなく城内に勤める者がみんな慌ただしそうにしていた。騎士団は朝から王宮の警備についている。廊下で一団とすれちがったが、いつにもまして騎士たちはぴりぴりとした雰囲気をまとっていた。

 そんな中、1人だけ緩い表情を浮かべて、ひらひらと手を振っている白騎士がいた。呆れながらもいつもと変わりない様子に私は安心してしまった。


 この日のために国の要人たちが王宮に集まって来ている。侍女の仕事はその方たちのおもてなしだ。私もお茶をお出ししたり、婦人の着替えや髪結いを手伝ったりと朝からてんてこ舞いだった。


 羨ましいのはコレットで、彼女は今日も西の塔にいる。さすがにアイルを1人にするわけにはいかないので、数人の使用人と騎士がそちらに残ることになったのだ。


 本当にうらやましい……。私だってそっちの配置がよかったよ。

 と、不満に思いつつも、私は働き続ける。


 復活祭は神殿にて行われる。神殿は王宮に併設して建てられている。


 午前中のうちに神殿への大移動が始まった。参列者は皆、正装だ。どの廊下にも騎士が控えていて、物々しい雰囲気だった。

 神殿内はどこを見てもため息が出るほどに美しい。壁際には水色を基調としたステンドグラスが等間隔に並ぶ。床に敷き詰められているのは荘厳な赤色の絨毯だ。


 私は会場係のような形でいろいろな雑用をこなしながら、神殿内を動き回っていた。

 祭殿のそばを警備しているのはレオンだった。私と目が合うと、少しだけ眉をひそめて視線を逸らされてしまった。


 祭壇には神殿長と国王陛下が並んでいる。エドガー王の姿は初めて見る。ゲーム画面のグラフィックしか見たことがなかったのだ。厳めしい顔付きをした、痩身の男だ。あまりアイルとは似ていないなと思ってしまった。


 更にその隣には、第一王子アランと第二王子フランツの姿がある。兄であるアランが堂々としているのに対して、フランツはそわそわと落ち着きがない。しきりに会場内に視線を走らせて、何かを探しているようにも見えた。


(アランとフランツはいるのに、アイル様は参加できないんだよね……)


 そう考えて、私は心苦しくなった。アイルも本来なら第三王子として、彼らの隣に立つべきなのに。半獣人というだけでどうしてこんなに差別されなくてはならないのだろう。

 今頃、西の塔で寂しく過ごしている姿を想像するだけで、胸がきゅうっと切なくなる。


 参列者が神殿内に収まると、最後に現れたのはエレノアだった。いつもの聖女の装いを身にまとい、ゆっくりと中央の道を進んでいく。昨日見てしまった素顔とはまったく雰囲気がちがう。

 今のエレノアはきりっと引き締まった表情をしていて、どこからどう見ても完璧な聖女だった。


 エレノアが祭壇の前までたどり着き、神殿長や国王陛下に挨拶をしている。神殿内はしんと静まり返って、仰々しい雰囲気に包まれていた。


 神殿長が祭壇の前に立ち、声を張り上げる。


「母なる神”スフェラ”様の復活を願って、この祭典をとり行います。

 邪神”ヴィリロス”が魔人族をこの世に生み出してから、数千年の時が経ちました。その間、我々ヒト族は永きにわたって、魔人族の脅威にさらされ続けました。魔人族がこの世に存在する限り、我らに平穏の時は訪れないのです。

 今から100年前のこと、スフェラ様はこの世から争いを断絶なさるために、邪神”ヴィリロス”に戦いを挑みました。神々の争いは7日7晩に及び、そして、神々は互いに深手を負いました。ヴィリロスは長き眠りにつき、スフェラ様は御身を妖精へと変え、未だ世界の各地に散らばっております。

 ヴィリロスが眠りについたことで、魔人族の侵攻は止み、ヒト族は束の間の平穏を得ることができました。しかし、その平和は長続きしませんでした。10年前のこと、とうとうヴィリロスが眠りから覚め、魔人族の侵攻は再開されたのです。

 魔人族の脅威を取り除くためには、我らが母なる神”スフェラ”様が復活する他ありません。

 スフェラ様の復活を願って、祈りを捧げましょう」


 神殿長に続いて、エレノアが祭殿の前へと歩み寄る。

 膝を折って、祈りのポーズをとった。

 凛と響く声でエレノアは告げる。


「母なる神よ。

 あなたは、わたしたちを悪の支配からお守りになり、御身を犠牲とされました。いずれ訪れる御身の復活によって、悪は洗浄され、わたしたちは悪しきものの支配から解き放たれます。

 わたしたちは全信をもってあなたを信じ、この信仰に固く留まり、常にあなたを称え、あなたに感謝いたしますことを誓います。

 あなたが復活され、神として生きて統べ治める国を夢見て、祈りを捧げます」


 美しい声が神殿内に響き渡る。

 辺りは厳粛な雰囲気に包まれていた。皆が頭を垂れて、祈りを捧げている。


 しん、と張りつめた静寂が満ちた。


 と、その時。

 どこからか低い声が響く。


 神経を逆なでするような声だった。黒板をきいきいと爪で引っかく不快音に似ていると私は思った。少し考えて、その音の正体に気付く。


 これは笑い声だ。

 誰かが低い声で笑いを噛み殺している。


『おお、痛ましや……』


 それは小さな声だった。

 しかし、静まり返っていた会場内に浸透するようによく響いた。


『どれだけ深く願おうとも、どれだけ天に祈りを捧げようとも。汝等の望みが叶うことは永久にない』


 神殿の中央の通路――先ほどエレノアが歩いた道だ。

 そこにいつの間にか人影がある。黒いローブをかぶった不審な姿。全員の視線がそちらに集中する。


 ローブの男は未だに鬱陶しい声で笑い続けている。


『"スフェラ"は敗れたのだ。我らが神"ヴィリロス"の前に!』


 きんきんと耳に突き刺さる金切声。

 と、同時にローブの男が動き出した。床を蹴り上げ、跳躍。ふわりと浮かび上がって、一直線に祭壇の元へと。人間ではおよそ真似できない動きだった。


 唖然と見つめる先で、高い金属音が響き渡る。

 誰かの影が祭壇前に踊り出て、エレノアの身を守った。

 剣を構えているのはレオンだ。険しい表情で剣を振るう。と、その一閃が男のフードを剥ぎ取った。


 フードの下から現れた顔は……


「魔人族!?」


 誰かが叫んだ。同時に悲鳴が連鎖していく。

 男の肌は異様なほどに青白い。両のこめかみには黒い角が生えている。目は真紅のような赤色。間違いない、本物の魔人族だ。


 私が愕然としていた。


 え、嘘でしょ!? 復活祭に魔人族が現れるなんて……!

 こんな展開、ゲームの歴史上にはなかったはずなんだけど!

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