第3章 推しを狙う暗殺者

26.賑やかなティータイム


 季節は秋。肌寒くなってきた時期だ。中庭は黄金色に輝く銀杏いちょうに彩られている。

 いつものようにテーブルにお菓子を並べて、私とアイル様はお茶をしていた。


「アイル様、今日のお菓子はいかがでしょうか」


 私はカップに紅茶を注ぎながら尋ねる。

 最近の私は、アイルの好みをより正確に把握できるようになっていた。

 紅茶に入れる砂糖とミルクの分量も完璧だ。この世界でもっともアイル好みのお茶を淹れられる女だと自負している。


 ちなみに今日のお茶請けはカヌレ。これは女子高生時代には作ったことのないお菓子で、レシピはいちから勉強した。私はお菓子作りにはまってしまい、レグシール国のオーソドックスなお菓子の作り方を学ぶようになっていた。


 これはコック長に教えてもらったレシピだ。

 カヌレとは、専用の型を使って作る焼き菓子のこと。外はカリカリした食感で、中はしっとりとした生地を楽しめる。練習した甲斐があって、なかなか上手に焼けていると思う。


「ああ……とても美味しいよ」


 アイルは私の顔を見て、ふわりとほほ笑んだ。

 その表情だけで私の胸はきゅんと高鳴る。


 はああ、アイル様の笑顔は百万萌え馬力……!


 アイル様の雰囲気は以前とは明確に変わった。高貴で凛としたところはそのままに、ずいぶんと面差しが柔らかくなったのだ。以前は憂いを帯びていた碧眼は、今や甘さと凛々しさが相まって、更に魅力的になったように思う。


 14歳にしてこの色気はすごい。このまま成長したらこの子は将来、とんでもない色男になるんじゃないだろうか。そうなった時に私の心臓は無事でいられるのか。と、そんなことを不安に思ってしまうくらいには、最近のアイル様はとにかく素敵なのだ。


 アイル様の姿を見て、私も自然と頬がゆるんでしまう。

 テーブル越しに私たちはふんわりとほほ笑み合った。


 と、そんな優雅で尊い空間に、


「ね! 本当に美味しいよね! ルイーゼのお菓子って」

「ほんと、ほんと。ルイーゼちゃん、おかわりもらっていい?」


 無粋(と言っていいのやら何やら)な声が割りこんだ。


 ああ、もう、ほんと……!

 これで2人っきりだったら、何も言うことはなかったんですけどね!?


 私は肩を落として、声の主たちに視線を向けた。


「ちょっと! コレットはともかく、なぜイグニス様までいらっしゃるんですか! 持ち場にお戻りになられては?」

「ルイーゼちゃん……俺だって騎士の前に人の子。ほんのわずかな休息時間をとることくらい、許してほしいなあ」

「どこがほんのわずかなんですか! 毎回、毎回、押しかけてくるくせに」


 ええ、そうなんです。

 最近のティータイム、人数が増えました。


 お菓子目当てで寄って来るコレットに、いつの間にかちゃっかりと現れるイグニス。

 邪魔とまでは言わないけど、せっかくの私とアイル様の憩いの空間が! もう少しだけ空気を読んで登場してもらえないだろうか。


 と不満に思う一方で、こういう賑やかな空間、私は嫌いじゃない。だから、ちゃっかり今日のカヌレも、2人の分も加味して多目に作ってきている。

 コレットはほっぺたと膨らませながら、小動物のようにカヌレを頬張っていた。


「レオン様はまったく休まないのにねえ。レオン様、本当にいいんですか? ルイーゼの作るお菓子は絶品ですよ!」


 と、彼女が視線をやる先には、もはや見慣れすぎていて、銅像かと思うような立ち姿がある。

 レオンはいつも通り、少し離れたところで直立不動の姿勢をとっていた。


 コレットの視線を受けて、にこりとほほ笑む。


「お構いなく。勤務中ですので」


 痺れるほどに綺麗な笑顔だ。コレットがぽやーっとなってハートを飛ばしているけど、私は何にも感じない。この男の笑顔って絶対に外面だけだし。


「そうよ、コレット。レオン様はお仕事でお忙しいのだから、邪魔をしてはいけないわ」


 意訳:こっちに来るんじゃねえぞ! あんたの分の菓子はないからな!


 レオンは私を見て、にこにこと笑っている。


「そうですね……私はお茶に興じるよりは、こうして仕事を全うしている方が性に合っておりますので」


 意訳:貴様の作る菓子に興味はない。


「まあ、レオン様ったら」


 と、私もレオンに笑みを返した。が、どっちも目が笑っていない。薄ら寒い表情だったにちがいない。それを証拠に風も吹いていないのに、コレットがぶるりと震えている。


 目に見えないところでジャブ、ジャブ……。

 こんな風に私とレオンは水面下で殴り合いをするのがお約束となっていた。お互いに本性を明かし合っているのだ。この男に遠慮はいらない。


 まあ、少なくとも今の段階ではレオンはアイルを害するつもりはないらしく、その点だけは信用している。


 だから、後ろにいる男はただの銅像なのだと思うことにして、私はこの時間を満喫することにした。


「すみません、アイル様。何だか最近、すっかりお茶の時間が騒がしくなってしまって……」

「構わない」


 と、アイルは答える。その背後で尻尾が柔らかく垂れ下がった。


「みんなで、というのも悪くない。……僕は今までこういう機会に恵まれなかったから」

「アイル様……!」


 みんなの声が重なった。その時、私たちの心はきっと1つになっていたにちがいない。だって、私だけじゃなくて、コレットとイグニスの目も潤んでいたから。


 ここは私が2人の心境も代弁して叫ぼう。


 萌え!! と……。


 と、私の心のボルテージが最高潮まで達していたその時。

 高ぶった気持ちが一瞬で冷える一言が飛んできた。


「それに……しばらくはこうしてゆっくりお茶を飲む暇もなくなるだろうし」

「え!?」


 愕然とする私とは対照的に、イグニスとコレットはなぜか納得顔である。


「あー。そっか。もうそんな季節か」

「そうですね。しばらくこうしてお茶はできなくなっちゃいますね」

「ど……」


 私は1人だけ話題から取り残されている。

 動揺しきって、みんなの顔を見渡した。


「ど、ど、ど……!?」

「落ち着いて、ルイーゼ! 人の言葉が喋れてないから!」

「ルイーゼちゃん、深呼吸。このままじゃショック死しそう」

「ど……どういうことですかあ!!?」


 目の端に涙をにじませながら、私は叫んだ。

 すると、アイルは申し訳なさそうに猫耳を垂らす。


「もうすぐ復活祭が始まる時期だ。我が国の要人がこの城に集まる。その間、僕は塔から外に出てはいけないという決まりがある」

「復活祭……!?」


 聞いたことがあるよ、その言葉!

 ルイーゼの知識と、前世のゲーム知識の両方で。


 この国は女神"スフェラ"を信仰する、女神信仰を国教としている。

 復活祭は女神信仰における重要な行事で、毎年、秋に開催されるのだ。

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