24.ただいま!
その後、とんとん拍子に話は進んだ。
フランツは嫌がらせをやめる代わりに、私たちは彼の悪事を公にしないということになった。機密書類の紛失騒ぎはダネットの勘違いだったということに収まった。
更にダネットに関する様々な事情が次々と明らかとなった。彼女はフランツとつながっていることをいいことに、好き放題に振る舞っていたことが露見する。
仕事をろくにしない、他の侍女たちとお喋りにばかり興じている、更には兵士を誘惑したり、人事に私情を挟んだり――。私への悪評はまんま自分のことだったらしい。機密書類の紛失騒ぎがダメ押しとなって、彼女はメイド長の地位から失墜した。下働きの侍女からやり直すことになったのだが、プライドの高い彼女にとってそれは堪えがたい屈辱だったようだ。彼女はさっさと辞職願を提出し、王宮を去って行った。
首謀者のフランツだけ何もおとがめなしというのも引っかかるけど……。彼の悔しそうな顔を見れただけで私は満足していた。それに、獣人への中傷行為も今後はやめてくれるみたいだしね。これで少しでもアイルへの風評被害が減ってくれれば、それでいい。
新しく就任したメイド長は真面目で厳格な人物だ。人事も新たに采配されるようになった。
私は晴れて西の塔に戻れることが決まった。
「ルイーゼ!」
塔の入り口からコレットが駆け出してきた。子犬のように一直線に向かって来る。
勢いよく抱き着かれて、私はよろめいた。
「わ、コレット!」
「おかえり! おかえり、ルイーゼ!」
コレットが跳ねる度に、元気に三つ編みがぴょこぴょこと飛び上がる。嬉しさが一気に伝染して、私も笑った。
「うん、ただいま! コレット!」
「あー、よかった、ルイーゼが戻って来てくれて! ルイーゼがいなくなった後、1人部屋になっちゃって、寂しかったんだから!」
「ごめんね。心配かけて」
私も軽くコレットのことを抱きしめ返してから、体を離した。
目を合わせて、お互いにへへっと笑う。
「そうだ、復帰祝いでパーティーしようよ! 中庭のテーブルにお菓子をたくさん並べてさ」
「コレット。それは名案だけど、もしかして、そのお菓子を作るのって……」
「私、お菓子なんて作れないもーん」
「まったくもう……仕方ないなあ」
「やったー! じゃあ、私、アップルケーキがいい!」
コレットのこういうところは本当に憎めないというか……。ひどく懐かしく感じて、私は目を細めた。目頭が熱くなる。私はこっそり服の袖で目の端をぬぐった。
そうしていると、
「アイル様……!」
塔の中から現れたのは、ぴょこんと可愛らしく立った猫耳。
推しの尊い立ち姿に、私は心の中で両手を合わせた。離れていた期間があったからこそ、私はより痛感していた。
こうしてアイル様のお顔を間近で拝見できることが、どれだけ幸せなのか……!
アイルは私の前に立って、気まずそうに視線を逸らす。
「その……。いろいろと苦労をかけたな」
「いいえ。アイル様が助けてくださいました。こうして私がここに戻って来れたのは、アイル様のおかげです」
アイルは私の方をちらっと窺い見て、口元をゆるめた。
あれ? 何だかアイル様、前よりも雰囲気が柔らかくなっていない?
少なくとも今のアイルに、ゲーム画面で見た時の近寄りがたさは感じられない。
「それも君の功績があってこそだ。君の行動力に僕は影響を受けたに過ぎない」
「そんな。私は何も……」
「君は本当に……」
と、一呼吸おいてから、アイルはくすりと笑った。
「……本当に、変わっている」
「ちょっとなんですか、それ! 褒めてないですよね!?」
ついツッコミを入れてしまってから、私はハッとした。
「あ、申し訳ありません……! アイル様に馴れ馴れしいことを……」
「構わない」
と、アイルは気分を害しているどころか、楽しげに言う。
「むしろ……そうしてくれ。イグニス相手には何でも言っていただろう。僕に対してもその態度で構わない」
「え? そんな……! イグニス様はともかく、アイル様にそのようなことはできません!」
私がそう言うと、アイルはむっとした顔に変わった。
「イグニスはよくて、僕はダメというわけか」
「え? え? その、それは……! ちがいます、アイル様!」
アイルがむむっとして、目を背けたので、私は慌てた。コレットがからからと明るい声で笑っている。
帰ってこれたんだ、私。
西の塔に。
アイル様のいるところに。
離れていたのはほんの2週間ほどなのに、まるで実家に戻ったかのような心地よい安堵感を覚えていた。
胸がじんわりと温かくなる。
元の家族のことを……日本の風景のことを思い出すと、未だに心が痛むし、切ない思いに捕らわれることもあるけれど。
今はここが私の居場所なんだ。
この場所でルイーゼとして生きていこう。アイル様の助けになれるように頑張ろう。
と、私は改めて決意を固めるのだった。
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