23.断罪ターンです!


 ところ変わって、フランツの部屋。


 そこで話し合いの場が設けられていた。始めはアイルの言葉を無視して、フランツは私を牢へ入れようとしていたが、アイルがフランツに何かを耳打ちすると態度が一変。場所を変えて話そうということになり、皆でこの部屋に移動したのだった。


 私は兵士の拘束から逃れ、部屋の奥で佇んでいた。


 この場にいるのは私を含めて、6人。


 フランツ、イグニス、メイド長のダネット。

 そして、アイルとレオン、私だ。


 他の使用人や兵士は追い払われた。


 アイルとレオンの姿を私は呆然と見つめる。

 アイル様……来てくれたことは嬉しいけど、今から何をするつもりなのだろう?


「また西の塔を抜け出したのか? 先日の剣闘大会に続き、脱走騒ぎを起こすとは、父上は何とおっしゃられるか」


 口火を切ったのはフランツだった。

 相も変わらずいやみったらしい台詞を口にして、にやにやとしている。


「お前もだ、レオン。お前がこの半獣人の護衛を務めるようになったのは、こういう事態を防ぐためではないのか? それなりの処罰を覚悟しておくんだな」

「罰則は覚悟の上です」


 涼しい表情でレオンは嫌味を受け流す。


 フランツの言葉で私はハッとした。


 アイルが西の塔を抜け出したのはこれで2回目……? でも、それっておかしい。『フェアリーシーカー』においてはそんな設定はなかったはずだ。


 アイルが勇者の仲間に加わるエピソード。それはアイルの脱走騒ぎから始まる。

 王城へとやって来た勇者たちは王への謁見を望む。しかし、城内は騒がしく、「今はそれどころではない」と追い払われる。第三王子のアイルが城を抜け出して、逃亡しているのだという。その時、勇者は城の使用人たちからアイルについての話を聞くことができる。

 そこで侍女の1人がこう言っていたのだ。


『アイル様が西の塔を抜け出すのは、剣闘大会の日以来ですわ』


 つまり、本来の『フェアリーシーカー』の世界では、アイルはこんな行動を起こさないのだ。侍女を助けるために、フランツに会いに来るなんてこと。


 もしかして、と私は思った。

 私がいろいろと余計なことをしているせいで、ゲームの歴史がねじ曲がってしまっているのではないだろうか……?

 自分がとんでもないことをしでかしているのでは……ということに気付いて、私は青くなる。


 そんな私をよそに話は進んでいく。


「兄上。今回のことだけは看過できない。僕に嫌がらせをするために、他の誰かを巻きこむなんてことは許されない」

「おやおや。いったい何を言い出すかと思えば」


 フランツはあざけるように唇を歪める。


「妙な言いがかりはよしてもらおう。この事態はすべてそこの女が招いたものだ。男あさりにかまけて仕事をしないのも、王宮の機密文書に手を付けたことも、な」


 その視線を私はむっとして受けとめた。

 私、何もやってないのに……。


 それにしても、フランツはよほど自信があるようだ。アイルくらい、簡単に言いくるめられると思っているのだろう。

 すると、アイルは顔をしかめて、不快そうな表情に変わる。


「兄上の方こそ往生際が悪い。すでに調べはついている。兄上がそこのメイド長に命じて、彼女をおとしめようとしていたことはな」

「なっ……何を証拠にそんなことを!」


 と、喚いたのはダネットだった。


「そんな言いがかりをよくも……! こんな侮辱、初めてですわ」

「ああ、まったくもってその通りだ。根拠のない言いがかりほど、不愉快なものはない。この僕に罪を擦り付けようとするとは、我が弟はよほどの愚人と見える」

「僕への中傷、そして、彼女への罵詈雑言。その噂話の発祥元を探らせてもらった。それらはすべてこの王宮の侍女から広まっている。更に、彼女たちは口をそろえてこう答えたよ。『その話はメイド長から聞いた』と」

「なっ、嘘を吐くな! 獣人を忌み嫌う侍女たちがお前の前で真実を話すはずがないだろう」

「確かに彼女たちは僕の前では何も語らないだろう。しかし、尋ねる相手次第では、時に人は雄弁になる。例えば、この国でもっとも人気のある騎士に聞かれた、とかな」


 と、アイルは横目でレオンの姿を見やる。


 うーん、確かに……。レオンに聞かれたらメイドたちは何でも答えるだろうな。と、私はコレットの顔を思い出していた。


 けど、ね? レオンの行動が謎だ。やっぱり謎すぎる、この男。今のところ、本当にアイルに対して忠実に動いているだけに見えるのだ。ゲームの展開を知っている私でさえ、これがレオンの本当の姿なのでは? と、誤魔化されそうになってしまう。


 フランツは忌々しそうに目を細める。


「ふん……。噂話くらいで。しかも、たかがメイドの発言が証拠になるものか」

「ええ、その通りですわ。確かにそのようなことを侍女たちと話したことは覚えておりますが……私とて、誰かから聞いた噂話を口にしただけにすぎませんもの」


 と、2人は平然とした様子で言い張る。開き直っているように見えなくもない態度だ。


 私はその態度にイライラとしながら、でも同時に焦ってもいた。悔しいけど、この人たちの言う通りだ。メイドの発言なんて、フランツの権力があればいくらでも握りつぶせてしまう。


 私は心配になって、アイルの方に視線をやった。

 そして、息を呑んだ。


 アイルは力強い眼差しでフランツを射抜いている。堂々とした立ち振る舞いだった。先ほどのフランツの情けない態度とは天と地とも開きがある。これこそが王者の風格。フランツに比べたらアイル様の方がよっぽど王子様らしいと思った。

 そして、ちょっとかっこいい。ずっとアイル様のことをかわいいとか、愛らしいとか思っていたけれど。少しだけ胸がドキッと跳ねる。


「これを聞いても同じことが言えるのか?」

「なっ……それは、『謳う石ミンストレル・ストーン』?」


 アイルがとり出したのは、掌に収まるサイズの宝石だった。

 謳う石ミンストレル・ストーン――魔導具の一種だ。音声を記録できる物。現代日本で言うところの音声レコーダーだ。


 アイルがその石を掲げる。と、こんな声が飛び出してきた。


『フランツ様。本当によろしいのでしょうか』


 その声は間違いなく、ダネットのものだった。

 ダネットの顔色が見る見ると青白く変わっていく。


『こちらの書類は機密書類ですよ。もしこれを勝手に持ち出したのだと知られれば、大事になってしまうのではないでしょうか』

『構うことはない』


 次に響いたのはフランツの声。

 ねちっこくていやみったらしい響きで続ける。


『すべての責任はあの女が負ってくれる。お前が存分に悪評を流してくれたおかげで、あの女の信用は地に堕ちた。誰もがあの女のせいだと納得することだろうさ』


 フランツが顔を伏せて、ぶるぶると拳を震わせる。

 次の瞬間、恐ろしいほどの形相でアイルを見据えた。


「貴様……! 汚らわしい半獣人の分際でッ! この僕をおとしいれようとは……!」

「先に僕らをおとしいれようとしたのは兄上の方だ」


 涼やかにアイルが言葉を返すと、フランツは怒りで顔を真っ赤に染めた。


「イグニス!!」


 と、吠えるように怒鳴る。


「その半端者から、石を奪え! 今すぐにだ!」


 声をかけられたイグニスは戸惑った表情を浮かべる。

 すると、フランツは更にがなり声を上げた。


「何をしている! 僕の命令が聞けないと言うのか!?」

「……お言葉ですが、フランツ様」


 イグニスは困ったように――実際はどこかホッとした様子で――続けた。


「さすがにこの国随一と謳われる剣士2人を、私1人で相手しろというのは、少々、荷が重いかと……」


 と、視線が示す先には、レオンとアイルが剣の柄に手を添えて、いつでも刃を抜き放てるように構えている。


「この無能者めが!」


 口の端から泡を飛ばさんばかりの勢いで、フランツは叫んだ。


「相手は半獣人だ! 人より劣る、愚鈍な血が混ざった半端者だ! もうよい! こんな出来損ないは、この僕が直々に始末してやる!」


 と、フランツは懐から短剣を抜き放ち、アイルへと飛びかかった。


 剣術に疎い私でも、見ていればわかる。フランツとアイルでは、動きも剣の構え方も、何もかもがちがう。フランツがへっぴり腰になっているのに比べて、アイルはどこか余裕のある足さばきだ。


 室内に剣閃がきらめく――!


 一瞬後には、フランツの手から短剣が滑り落ちた。アイルはフランツの手首をつかみ、ひねり上げている。

 数拍遅れて、フランツの悲鳴が轟いた。


「いっ……! あああ……! は、離せ! 貴様……! 僕はこの国の第二王子であるぞ! この僕にこんな狼藉を働いて、ただで済むと……!」

「ガトルクスとの戦争は終結しているはずなのに、いつまで経っても獣人への差別がなくならない……。それもそのはずだ。この国の王子が率先して、獣人への中傷を流していたのだからな」


 アイルの瞳に激しい怒りが浮かぶ。みしり、とフランツの腕がきしむ音を立てた。


「……確か、『野蛮で知性に劣る』だったか。すまない、兄上。僕は半獣人故に、力の加減を知らないようだ」

「ひっ、ぐわあああ! や、やめろ! 離せ! 離してくれ!!」


 フランツの叫び声がだんだんと悲鳴じみたものへと変わる。つかまれた腕がぶるぶると痙攣し出す。

 さすがにこれ以上はまずいのでは、と焦ったところで、アイルは乱暴にフランツの体を放った。フランツはその場に尻餅をつく。


 その姿を冷やかに見やって、アイルは言葉を継いだ。


「彼女に二度と手を出すな。彼女は、僕の……」


 え? と、私が目を瞬くのと、アイルがハッとして口を閉じるのは同時だった。

 気まずそうに目の下を赤く染めて、アイルは続ける。


「…………僕の使用人だ」

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