16.黒騎士の裏の顔
「よ。宣言通り、会いに来たぜ」
「昨日の今日ですか!?」
これは予想外。
本当に会いに来たのである。白騎士イグニスが。
「また会おう」みたいなことは言っていたけど、さすがにその日がすぐに訪れるとは思わなかった。
イグニスと話をした次の日のこと。
私は1人で中庭の小道にほうきがけをしていた。背後から声をかけられ、振り返るとイグニスがいた。
驚いた後で私は呆れてしまって、問いただした。
「イグニス様ってフランツ様の護衛をされているはずですよね。そんなに自由に出歩いてよろしいのですか?」
「フランツ様は今は帝王学の授業中だ。だいたい護衛って言っても1日中、張り付いてる必要なんてないだろ。王宮の中ならそうそう危険なことは起こらねーさ」
「え……でも、レオン様はずっとアイル様の護衛をされていますよ?」
私がそう言うと、イグニスはげんなりとした顔をする。
「うげ、本当かよ。相変わらずクソ真面目だな……」
「いつ休んでおられるのか不思議なくらいです」
「あいつは訓練兵の時からそうだったんだ。朝から晩まで休む間もなく訓練、訓練……。それを涼しい顔でこなすから、気味悪ぃのなんのって。同期の間でついたあだ名が『レグシール国の魔人兵』だ」
「魔人兵って……魔人族が操るからくり兵のことですよね」
「そうそう、詳しいじゃん。ルイーゼちゃん」
人類の敵である魔人族。
彼らの技術力は人類に先んじていて、不思議なアイテムをいくつも使いこなしている。
その中の1つが『魔人兵』だ。魔人族が作った人工生命体である。ロボット兵隊のようなものだと思ってもらえればいい。疲れを知らずに永遠に戦うことができる、厄介な敵だ。
なるほど。確かにレオンが魔人兵とは言い得て妙だ。あの男はいつでも涼しげな顔をしている。あれは張り付いた仮面のようなものなのだろうと私は思っていた。本当のレオンはもっと冷酷で残忍だ。
思いがけずにレオンの情報を聞くことができた。
これはラッキー。
イグニスの狙いは未だにわからないけど、うまくいけばもっとレオンのことを聞き出せるかもしれない。
そう思ったのに、
(……本当に、そんなことしていいの?)
もう1人の私がストップをかける。
イグニスはレオンと仲がいい。もしレオンのことを無闇に嗅ぎまわったら、その話がレオンにまで届いてしまうかもしれない。
そしたら、また――
『次に妙なことをしでかしたら、その時こそ命はないと思え』
冷血な瞳が脳裏によみがえる。その視線が胸に深々と突き刺さり、私は動けなくなってしまった。
「ところでさ、ルイーゼちゃんは……」
そうこうしている間に、話が別の話題へと移る。
何をやってるんだろう、私。
アイル様の死亡フラグをへし折るために、何でもするって決めたはずなのに。
(意気地なし……)
心の中で自分をなじる。
そのあともイグニスはいろいろと話しかけて来たけど、私はすっかり上の空だった。
それからもちょくちょくとイグニスは西の塔へと遊びに来ていた。
私以外にもレオン、アイルにあれやこれやと話しかけている。
レオンはイグニスを軽くあしらいつつ、遠回しに「持ち場に帰れ」と告げている。が、イグニスはレオンの嫌味もどこ吹く風だった。
アイルは明確にイグニスのことを苦手としているらしい。イグニスに話しかけられる度に、嫌そうな顔をしていた。
ある日のこと、私の前に現れたイグニスは頬に張り手の痕をつけていた。
「あー……イグニス様。また懲りずに二股でもかけたんですか」
私は呆れて言った。
イグニスと話すようになって数日が経っていた。この人に敬意を払うだけ無駄だということに気付き、だいぶ口調も砕けたものになっていた。イグニスも気にした様子はない。
イグニスはむくれながら、頬をさすっている。
「ちがうちがう。これはさー。ちょっとアイルちゃんに……」
「え!? アイル様に? いったい何したんですか!」
「ほら、アイルちゃんの耳ってすっごくふわふわで、触り心地よさそうじゃん? ちょっと触ってみたくなっちゃってさ。そしたら、『僕に触れるな!』って。ばしーん! よ? ひどくね?」
「自業自得です……。イグニス様、身分制度ってご存知ですか」
「レオンにまでマジ切れされるしさ。あいつ怒るとほんとおっかねーんだよね」
「え……」
気になる話題が飛び出してきて、私はハッとした。
「レオン様が怒るところなんて想像がつきません。どんな感じになるのでしょうか」
「そりゃもう超こえーよ? 大の男が本気でびびるっての。目から光が消えてさ、これぞまさに魔人兵みたいな冷たい声で、『貴様、立場をわきまえろ』だぜ?」
その話を聞いて、私の心臓が騒ぎ出した。
どういうこと?
それって、私が知っているレオンの『裏の顔』じゃない?
もしかして、レオンの本性ってイグニスも知っているの?
「レオン様がそういう風にお怒りになることって、よくあるのでしょうか?」
「んー。滅多にはないけどな。あいつほら、真面目だろ? 自分の主君が危険にさらされたりすると、たがが外れるんだよ」
自分の主君が危険にさらされると……?
そういえば、と私は思い出した。
レオンが私に殺意を向けて来たのは、私に武芸の才があると見抜いたからだ。
(もしかして私、アイルを狙う暗殺者だと思われたのかな……?)
だから、レオンはあんなに怒っていたの……?
いやいやいや、でも、それっておかしくない?
だって、レオンは3年後に自分の手でアイルを殺すんだよ? そんなの、主君を大切に思う騎士がすることじゃない。矛盾している。
(ますます、レオンのことがわからない……)
考えれば考えるほど、混乱する。
もっとイグニスにレオンのことを聞いてみたい。
しかし、私は二の足を踏んだ。レオンの本性を見てから、すっかり臆病風に吹かれるようになってしまっている。
「それよりさ、ルイーゼちゃん。よかったら今度2人で……」
私が迷っている間に、またもやイグニスは別の話題に移ろうとしている。
(……ダメだ!)
このままではレオンがアイルを殺す理由が永遠にわからない。
そしたら、ゲームで見た通りの未来が現実になってしまう。
そんなのは絶対にいや。私は勇気を奮い立たせて、声を上げた。
「あの、イグニス様! お聞きしたいことが……」
すると、その時。
「イグニス」
別の声が割りこんだ。
私の全身は凍り付く。気が付けば私たちの背後にはレオンがいた。
「いつまでここで油を売っているつもりだ。フランツ様の授業がそろそろ終わる時間だ」
「おっと、もうそんなに経ってたか」
レオンの顔を見れなくて、私はかちこちに固まったままだ。
「ルイーゼちゃん。今、何か言いかけてなかった?」
「いえ……あの……。何でもありません……」
奮い立たせたはずの勇気が、風船のようにしゅぼしゅぼとしぼんでいく。
私は面を伏せて、小さな声で呟いた。
「そっか。じゃあ、俺はもう行くけど……そうだ。ルイーゼちゃん。今後はあんまり1人にならない方がいいかもよ」
「え?」
「じゃあ、また!」
どういう意味か聞き返そうとしたけど、イグニスはさっさと去ってしまった。
彼の言葉の意味がわかったのは、それから半日後のことだった。
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