15.軽薄騎士様?!


 イグニスに名前を言い当てられて、私は唖然とする。

 すると、その反応を楽しむようにイグニスは唇の端をつり上げた。


「何で名前知ってるのかって? そりゃ覚えるに決まってるじゃん。ルイーゼちゃんみたいなかわいい子ならさ」


 私は内心で愕然としていた。


 ノリが軽い……。

 こんなキャラだったっけ。と、私は怪訝に思った。


 ゲーム内でのイグニスは序盤の敵役だ。


 アイルは勇者の旅に着いていくために王宮を去る。更にアイルを連れ戻しに行ったはずのレオンまで、勇者の旅に同行してしまう。そのため、レグシール王家は一行に追手を出すのだ。

 それがイグニスだった。


 勇者たちは旅の道中、何度かイグニスと対立することになる。

 イグニスとレオンはよきライバルであり、友人だ。そのため、台詞のやりとりもレオンとのものが多い。


『レオン……アイル様と共に王宮に戻れ』


 イグニスはいつも険しい表情を浮かべ、レオンと対峙していた。

 それに対して、レオンもまた真剣な面差しで答えるのだ。


『今はまだ戻るわけにはいかない。俺たちには使命がある』


 レオンは旅の理由をイグニスに明かすことができない。

 それは女神からの神託があるからだった。勇者たちの敵である魔人族は狡猾で、あらゆる手段で勇者たちを罠にはめようとしてくる。そのため、女神を復活させるために旅をしていることは、口外してはいけないというのが女神からのお告げなのだ。


 だから、レオンは旅を続けるために。イグニスはアイルを城に連れ帰るために。

 2人は剣を交えることになるのだ。


(友人なのに戦わなきゃいけないっていう2人の葛藤がまた萌えるんだよなあ……)


 イグニスは勇者一行をとり逃した後、いつも思いつめた表情を浮かべる。


『なぜなんだ、レオン……』


 苦悩が浮き彫りになった表情は切なげで、色っぽくて、私は好きだった。当然スクショもとったし、そのムービーはいつでも見れるようにセーブデータを別に分けてある。


(だからてっきり、イグニスもレオンみたいな真面目くんなんだと思っていたけど……)


 その本性がこんなチャラ男だったとは。

 私があまりに驚いたような顔を浮かべていたからか、イグニスは楽しそうに笑った。


「それと。俺、強い子が好きなんだよね」

「ま、まあ、イグニス様。私は見ての通り、ただの侍女ですよ」


 一瞬ドキリとした。私は内心で冷や汗を流しながら、ほほほ、と笑ってみせた。

 イグニスは視線を鋭くして、


「いや、実はさ。見ちゃったんだよね。昨日のアレ」


 その言葉に私は固まった。

 表面上はがんばって取り繕っているけど、心臓はばくばくとうるさい。

 

 どうしよう。


 昨日のレオンを思い出した。

 また「お前は何者だ」ってなるルートなの? あんな思いはもうしたくない。

 怖い。この国の騎士、みんな怖い。表と裏の人格がかけ離れすぎている。


 私がすっかりおののいていると、イグニスは表情を和らげた。


「あんた、あんな凶暴な犬っころによく立ち向かっていけるよな」


 これは、どっちだろう。


 私は引きつりながら、曖昧に笑った。必死で頭を回転させる。

 純粋な気持ちで言っているのか。それとも何か裏があるのか。

 わからない。


 そもそも、イグニスがこんなチャラ男だなんて知らなかったし、どう対応するのが正解かわからない……!


 けど、変なことを口にしたら、昨日のレオンのように怪しまれることだけは確かだ。

 だから、私はルイーゼの気持ちに沿うことにした。こういう時、ルイーゼならどう答えるだろうかと考えた。


「……私にも昨日のことは何が起きたのか、よく存じ上げません。ただ、アイル様のことをお守りしなくては、と必死でしたので」

「へー。あんた、アイルちゃんのことが好きなんだ」


 好きです! 大好きです!

 と、心の中では何度も頷きながらも、私は控えめにほほ笑んだ。


「もちろん、主としてお慕い申し上げてますわ」

「ふーん……?」


 イグニスは含みのある笑みで呟く。


「今のは嘘をついてるようには見えなかったな」


 背筋がぞわっとした。


 何この人。やっぱり怖い!


 血の気が引いていく。そんな私の様子には構わず、イグニスは続けた。


「俺もさ、実はアイルちゃんのファンなんだよね」

「ふぁ、ファン?」

「言ったろ? 俺、強くてかわいい子が大好きだからさ」

「か、かわいいって……アイル様は男性ですよ」


 内心で私は「わかるー!」と、何度も頷いていた。

 けど、表面上では戸惑った表情を浮かべてみせる。ルイーゼならきっとこうすると思うから……!


「かわいければそんなの関係ないだろ」

「は、はあ……。そういうものですか」

「そういうもの。俺、あんたのこと、気に入ったわ」


 気軽な動作で手を振り、イグニスは私に背を向ける。


「また、近いうちに会おうぜ」


 その姿が完全に見えなくなったから、私は安堵の息を吐いた。


 うーん……。

 また厄介な相手というか、警戒すべき人間が増えてしまった。


 レオン。フランツ王子。そして、イグニス。


(信頼できそうなのは、アイル様とコレットくらいか……)


 アイルとコレット以外の相手には、しっかり気を張って接した方がよさそうだ。


(昨日のレオンみたいに、殺されかけるなんてもう二度と経験したくないし……)


 レオンの酷薄な目が脳裏に思い浮かぶ。

 首筋にはナイフが触れた時の感触がまだ残っている。


 寒気を感じて、私は体を震わせた。




 『フェアリーシーカー』におけるメインキャラクター。いわゆる仲間となるキャラは全部で8人だ。


 勇者ユーク・レスター。ゲームの主人公。

 メインヒロインのゼナ。竜人族のお姫様。

 サブヒロインのエレノア・グレイス。女神信仰の聖女を務めている。

 半獣人アイル・レグシール。物語中盤でレオンに殺され、パーティーを離脱する。

 黒騎士レオン・ディーダ。物語中盤で勇者たちを裏切り、パーティーを離脱する。

 獣人アルバート。虎獣人のおじさん。

 ケタル民族ファ=スレン。エキゾチックなお姉さん。

 獣人ミゥ。兎族の女の子。パーティのマスコット的存在だ。


 8人のうち2人も物語中盤で離脱してしまう。

 そうなると、残る仲間キャラクターは6人だ。今までの『シーカーシリーズ』の基準から考えると、少ない気がする。


 隠し仲間キャラクター。私はその存在が十分にあると思っていた。

 ストーリー上で仲間になるキャラクターがもう1人いるのではないかということだ。ストーリーのネタバレを避けるため、こういうキャラクターは広報では隠されているということがよくある。


(イグニスは隠しキャラクターだって噂が発売前にリークされていたな……)


 レオンとアイルが離脱した後、その後釜としてイグニスがパーティーに加入することは十分ありえると思っていた。


(レオン&イグニスって女性人気もすごかったんだよね。どっちもグッズ展開されていたくらいだし)


 2人は美形男キャラということで、人気が高かった。

 発売前は「イグニスを仲間にしたい」「イグニスとレオン、両方使いたい!」という声がネットにあふれていたくらいだ。


(仲間になるということは主人公側の人間。つまり、善人の可能性が高いけれど……)


 そもそもイグニスが本当に勇者たちの仲間になるのかわからないのだから、判断のしようがない。


 黒騎士レオン・ディーダ。

 白騎士イグニス・ロード。


 この人たちの本性は……そして、目的はいったい何なのだろう。

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