第2章 推しのためなら何でもできる
13.ホームシックになりました
なかなか眠りにつくことができず、ようやくまどろむことができたのは朝方のことだった。
眠りが浅い時に包まるお布団は、どうしてこんなに気持ちいいんだろう……。むにゃむにゃと惰眠をむさぼりながら、私は寝返りを打つ。
「~~~~~~~~~!」
声が聞こえる。
誰かが私を呼んでいる。
ひどく懐かしい気がするこの声は、いったい誰のだろう……。
「いつまで寝てるの! 学校、遅刻するわよ!」
布団を勢いよく引っぺがされて、私の意識は浮上した。
朝日が目に突き刺さる。ハッとして、起き上がればそこは私の部屋。ベッドの横で腰に手を当てて怖い顔をしているのは、お母さんだった。
「夜遅くまでゲームばっかりしてるから、起きれないんでしょう! 早く支度しなさい!」
そう言って、お母さんは部屋を出て行く。
ぼんやりとそれを見送ってから、私は室内を見渡した。
大きな本棚にはたくさんの漫画やラノベが並んでいる。テレビ台の上にあるのは最新型のゲーム機。コントローラーが床の上に投げ出されている。その隣に落ちているのは、ゲームソフトのパッケージだった。
金髪の少年が大きな剣を構えている。その周囲には、不機嫌そうな顔をした少女、猫耳を生やした少年、穏やかな顔つきをした騎士、聖女のような恰好をした少女……様々なキャラクターが並んでいた。
パッケージにはこう書かれている。『フェアリーシーカー』と。
そこで私は思い出した。
「んー……? あ、そっか。昨日はずっとゲームしてて……」
記憶が脳裏で弾ける。
昨日はようやく、主人公が妖精をすべて集めるところまで進めたんだった。
そしたら――あんなことが起こった。
昨日見たムービーが蘇り、私は目の端に涙をにじませた。
どうしよう。
死んじゃった。
アイル様が、死んじゃった……! あんなことってないよー! 何でレオンがアイルを殺したの!?
昨日、あれだけ泣いたのに、まだ涙が止まらない。胸にぽっかりと穴が空いてしまったかのような消失感だ。
私はぐすぐすと鼻をすすりながら、スマホを探した。ベッドの中にあった。画面上のランプが灯っていて、メッセージが来ていることを示している。
「うー、ゆんちゃーん……」
私は画面を開いて、メッセージを確認した。
ゆんちゃんとのトーク画面は、昨日の分だけでけっこうな数のメッセージが行き来している。例のシーンを見た後、ずっとゆんちゃんと話していた。
最新のメッセージを見てみれば、
『でも、レオンだって仕方なかったんだってば! アイルは死ぬしかなかったの』
私は少しむっとした。
仕方ないって何? どんな理由があれば、仲間を手にかけても許されるっていうの?
アイルが死ぬしかないって……!
「そんなわけないでしょ! アイル様が死ぬなんて嫌! そんなストーリー、私は絶対に認めない!」
私は力いっぱい叫んだ。
階下からお母さんの怒鳴り声が聞こえてくる。
私は慌ててベッドから飛び降りて、つるしてあった制服に手をかけた。
+ + +
「ルイーゼ! もう、ルイーゼってば!」
何度か体を揺すられて、私はハッとした。
頭がぼうっと重い。
辺りを見渡してみれば、そこは西の塔の中庭だった。私は洗濯ものを手に、懐かしい思い出にひたっていた。
お母さんの顔と声。久しぶりに思い出した。
懐かしい。そして、胸が切ないくらいに痛くなる。
そっか。私はもう二度とあの家に帰れないんだ。もう二度と、お母さんやお父さんに会うことはできないんだ……。
今さらながら実感が湧いてきて、鼻の奥がつーんとなる。
コレットが心配そうな顔で私を覗きこんだ。
「どうかしたの。さっきからぼーっとしちゃって……」
「ううん、何でもない。ごめんね、心配かけて」
レオンに殺されかけた、次の日のこと。
私はすっかりと萎縮してしまっていた。身近に死が迫ったことで、走馬灯のように前世の記憶が思い浮かんでくる。
お母さん、お父さん、お兄ちゃん、ゆんちゃん。
懐かしい顔が脳裏をよぎる。
もう二度とあっちの世界に戻れないんだ、ということを私はようやく実感できるようになっていた。
前世の記憶をとり戻して、今日で2週間ちょっと。私はホームシックにかかっていた。
高校生だった頃はお母さんの小言が大嫌いだったけど、今はその言葉すら懐かしく思える。またあの家に帰って、お母さんに怒られながらゲームしたい。お母さんのごはんが食べたい。ゆんちゃんと思う存分にオタトークしたい。
物干しざおにシーツをかけながら、私は郷愁にひたる。
「ほら、ルイーゼ。急いで! アイル様、そろそろ朝食が終わる時間よ。今日もお菓子を作るんでしょ?」
「うん」
と、コレットに急かされて、私は力なく笑った。
今の言葉はちょっとお母さんみたいだったな、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます