6.黒騎士の秘密を暴け!


 なぜレオンがアイルを殺すのか。

 その理由を私は知らない。


 アイルが死んだことにショックを受けてゲームをやめてしまったし、その翌日に私は交通事故に遭ったのだ。


(こんなことになるんなら、もっと先のシーンまで見ておけばよかったな……)


 私は深いため息を吐いた。


 ――どうしてレオンはアイルを手にかけたのだろう?


 アイルを殺した時、レオンはひどくつらそうな顔をしていた。ということは殺したくて殺したわけじゃない。何か致し方のない理由があったのだろう。


 そして、なぜあのタイミングだったのだろうか?


 今のアイルは14歳。アイルが死ぬのは17歳だ。それまで3年の猶予がある。


(ずっとそばにいたんだから……殺そうと思えば、いつでも殺せたはず)


 考えられることは2つだ。


 レオンはアイルを殺すつもりで側近となっていたが、何らかの理由があり――例えば王宮の中で騒ぎを起こすわけにはいかなかったなど――殺すタイミングがつかめなかった。


 もう1つは、始めはアイルを殺すつもりなんてなかった、ということ。

 その場合、勇者と一緒に旅をする途中で、「殺す理由」ができてしまったということになる。


 そういえば、前世の私の友達がレオン推しだったな。

 オタク友達のゆんちゃん。

 彼女とはたくさんゲームの話をした。


『レオン、ほんとかっこいい! 強くて優しくて、でも切なくて、最高……!』


 ゆんちゃんは何度もそう言っていた。


 切ない――か。


 そういえば、ゆんちゃんはこうも言っていたな。


『レオンには幸せになってほしかった……!』


 ということは、アイルを殺した後、レオンにも破滅の未来が待っているということ?

 彼はいったいどんな事情を抱えているというのだろうか?


(私……レオンのこと、何も知らないのかもしれない)


 私がゲームをプレイしたのはアイルが死ぬところまでだ。そこまでレオンはあまり目立つキャラクターではなかった。アイルの付き人くらいの認識だった。


 彼の目的は何?

 彼は何のためにアイルを殺すの?


(よし。まずは情報収集からしよう)


 今のままではわからないことが多すぎる。

 私は決めた。まずはレオンについて、徹底的に調べてやろうと。


 次の日の朝。洗濯をしながら、私はメイドの1人に尋ねた。


「レオン様ってどういう人なの?」


 すると、隣の桶でシーツをごしごしとこすっていた少女が、ものすごい勢いでこちらを向く。


「え! ルイーゼも、レオン様狙いなの?!」


 長い赤髪を三つ編みにまとめている少女だ。結った髪が頭の横でぴょこんと跳ねる。

 私と同い年ということもあり、よく話す相手だった。


 名前はコレット。1年ほど前から王城で働いている侍女だ。

 コレットの目を見ると、緋色の瞳がきらきらと輝いている。ものすごい熱量でつめよられて、私は身を引いた。


「狙いというか……ほら、私、王宮のことまだ詳しくないから。レオン様って有名な騎士様だって話だけど……」

「有名も有名よ! レオン様に憧れる子は多いの! 女性はもちろん、男の人だって!」


 と、コレットは生き生きとした顔で話し始める。


「レオン様の異名はね、『黒騎士』っていうの。うちの騎士団の制服は黒いでしょう? 騎士の中でももっとも功績を上げた人物に送られる称号が『黒騎士』なの。つまり、騎士団でもっとも実力のある人って、国に認められたという証なのよ」

「じゃあ、レオン様ってとっても強いのね」

「強いなんてもんじゃないわ! 御年20歳にして、上げた武勲は数知れず。敵はもちろんのこと、味方からも鬼神と恐れられるほどの強さだって話よ」

「レオン様って騎士団に入る前は何をされていたの?」

「何を言ってるの。レオン様はずっと騎士よ」

「……え?」


 私は面食らった。

 レオンがアイルを殺す理由は、レオンの過去に関係があるのではないかと思っていたからだ。


「レオン様はね、6歳の時に今の騎士団長のお家に養子として引き取られたの。それからはずっと騎士団長の元で育って、15歳の時に騎士団に入団されたって話よ」

「何それ。エリートコースまっしぐらね」

「えりーと、って何? ルイーゼ」

「えっと、順風満帆な人生ね、ってことよ」

「ふうん……ルイーゼってたまに難しい言葉を使うよね」


 からからとコレットに笑われて、私は苦笑いを浮かべた。

 気を抜くとすぐに前世の言葉を使ってしまう。もちろん、こっちの世界では通じないことの方が多い。もっと気を付けないと。


(レオンは子供の頃からずっと騎士団にいる……?)


 私は首を傾げながら、考えをまとめる。

 話を聞く限りだと、黒いところはおろか、わずかなシミすら見当たらない人生だ。


(そんなエリート騎士様が、どうしてアイル王子を手にかけるの? 王室に敵がいるってこと?)


 その線はありそうだと我ながら思った。

 何せアイルは不貞の子。しかも、半獣人だ。本来なら王宮から追放されてもおかしくない境遇のところ、エドガー王の計らいで王宮に身を置いている。


(これがファンタジー小説なら、敵は現王妃様ってところよね)


 アイルに兄は2人いる。どちらもエドガー王と王妃様の間に生まれた、正規の子だ。

 子供を確実に時期王とするために兄弟を暗殺するって、ファンタジーだとよく見かける構図だ。


(でも、アイル様って王位継承権は低いはず……)


 そもそも獣人への差別が残るレグシール王国で、半獣人のアイルが王位につくことは限りなく難しいのではないかと思う。国民だって納得しないだろう。

 そこで、私はコレットに尋ねてみた。


「アイル様ってお兄様が2人いらっしゃるわよね。ご兄弟の仲はどんな感じなの?」

「それはもう、最悪の最悪よ」


 と、コレットはかわいらしい顔をくしゃくしゃに歪めてみせる。


「第一王子のアラン様は我関せずって感じね。そもそもアイル様のことを身内だと思っていらっしゃらないんじゃないかしら。もっとひどいのは第二王子のフランツ様! フランツ様は獣人が大の嫌いで、アイル様のことも疎んじていらっしゃるの。あまり大きな声では言えないけど、よくアイル様に嫌がらせをして、見ていていい気分ではないわ」


 私は前世の知識を必死で引っ張り出したが、アイルの兄弟についてはあまり思い出せなかった。第一王子のアランと第二王子のフランツ。名前くらいは聞いたことがあるけれど、『フェアリーシーカー』においては重要人物ではなかったはず。せいぜい街の住人との会話で話題に上がることがあったくらいの立ち位置だ。


「そうそう、フランツ様といえば、レオン様のことも無関係でないわよ」

「え? レオン様が?」

「レオン様はね、もとはフランツ様の護衛騎士になる予定だったのよ。それが先日の剣闘大会の騒ぎがあったでしょう? それで急遽、アイル様付きとなることが決まったって話よ」

「そうだったんだ……」

「フランツ様はレオン様のことを気に入っていらしたそうだから、今回のこともそうとう気に喰わないんじゃないかしら」


 なるほど、と私は頷いた。

 フランツ王子からしたら、お気に入りの騎士をアイルにとられてしまったという感じなのだろう。


(でも、まさかそのことが原因で、レオンがアイルを殺すなんてことにはならないよね……)


 結局、レオンのアイル殺害の動機は謎のままだ。


「ねえ、ルイーゼ。それで本当に、あなたはレオン様狙いじゃないんだよね?」


 コレットに言われて、ハッと顔を上げる。

 ジト目で見据えられて、私は慌てて手を振った。


「ちがうってば! 私の推しはレオン様じゃなくて、アイル様だし!」

「おし……?」


 と、コレットは首を傾げる。

 あ、またやってしまった……!


「えーっと……推しって言うのは、好きな人とか、応援したい人、って意味」

「へええ……じゃあ、私の推しはレオン様ってことになるわけだ。でもよかったー。ルイーゼもレオン様のことが気になってるんだと思った。昨日、レオン様にルイーゼのこと聞かれたんだよね」


 コレットの言葉に私の心臓が一足飛びで跳ねた。


「え? 聞かれたって何を?」

「ルイーゼはどういう子なのかってさ。あと、何か変なことも言ってたよ」

「変なこと……?」

「ルイーゼ、前とどこか変わったところがないかって」


 私の指先がすっと冷えていく。

 何? レオンがどうして私のことを気にしているの?


 前と変わったって……どうして?

 レオンはいったい何に気付いているのだろう。


 得体の知れない恐怖を感じて、私の心臓はぶるりと震えた。

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