4.黒騎士はなぜ王子を殺す?


 中庭に金属が打ち合う音が落ちる。


「アイル様はお強いのですね」


 爽やかな笑顔で剣を握っているのはレオンだ。

 その対面ではアイルが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。しなやかな身のこなしで剣を構えていた。


「手を抜くな。本気で来い」


 吐き捨てるようにアイルが告げる。

 すると、レオンは苦笑いを浮かべた。


「まさか。アイル様の前で手を抜いたりはいたしません。先程から全力でお相手をさせていただいておりますよ」

「その胡散臭い笑顔で、か?」

「……手厳しいですね」


 レオンはゆったりとして動きで剣を構え直す。

 その剣先がぶれたかと思った瞬間、高い金属音が響いた。


 速い……!


 私は唖然としてその剣技を見つめていた。

 今の一瞬でレオンは模擬剣をアイルへと打ちこんだのだ。ずっと見ていたはずなのに、その動きを私は捉えることができなかった。


 だけど、アイルの反応もまた速かった。

 レオンの剣技を見抜いて、剣で受け止めている。鍔ぜり合った白刃が、じりじりと火花でも散らしそうなほどに拮抗し合っている。


(さすがはアイル様……!)


 私は心の中で賞賛の言葉を送る。


 王宮の中でも一番奥まったところに位置する中庭。

 そこでレオンとアイルは剣の稽古をしていた。


 いや、アイルに言わせればこれは「決闘」だ。


 先日の剣闘大会の一件のせいで、アイルの軟禁はより強固な体制に変わった。

 レオンがアイルの護衛としてやって来たのもその一貫だ。レオンが付くことにアイルは難色を示した。


『護衛なんていらない。自分の身は自分で守る』


 アイルはこの離れの塔に軟禁されている間、毎日、剣の稽古をしている。実際、彼の剣技はすごい。先日の剣闘大会だって、邪魔が入らなければアイルが優勝していたにちがいない。


 だから、アイルはレオンの存在が気に喰わないようだった。誰かに守られるほど自分は弱くないと。そう言いたいのだろう。


 だが、いらないと言われて、レオンもすごすごと引き下がることはできない。レオンを遣わしたのは王室。もしかしたらエドガー王直々の勅命なのかもしれない。


 そのため、アイルとレオンは言い合いとなり――


 そして、この決闘が行われることとなった。

 アイルが勝てば、護衛はなし。レオンが勝てば、アイルのお付きの騎士となる。


(正直、アイルに勝ってほしい……)


 試合の行方を見守りながら、私は心の底からそう思った。


 レオンみたいな危険な男をアイルのそばに置いてほしくない。だって、こいつは裏切り者だ。こいつがアイルの護衛となって、勇者と一緒に旅に出たら、アイルは死ぬ。レオンに殺されてしまうのだ。


 だから、私は試合を眺めながらずっと心の中でアイルに声援を送っていたのだが……。


 きん、と甲高い音が響いた。

 1本の剣が宙高く舞う。そして、地面へと落ちていった。

 それはアイルが握っていた剣だった。


「これで、私がアイル様のおそばに仕えることを認めていただけますか?」


 涼やかな笑顔でレオンが告げる。

 アイルは悔しそうに唇を噛んでいる。


「……勝手にしろ」

「ありがとうございます」


 レオンは優美な動作で片足を引く。そのままアイルの前に膝まづいた。

 持っていた剣を地面へと差し、その上に両手を乗せる。


「アイル様のことは、今後、私がお守りいたします」


 映画の1シーンのような……美しい絵面だった。

 しかし、それを見ている私は胸がむかむかとしていた。


(何が守るよ! アイルを殺すのはあんたでしょうが!!)


 私は例のシーンを思い出していた。


 許せない。

 絶対に許せない。


 こうして表ではアイルに忠誠を誓いながら、レオンはアイルの命を狙っているのだ。


 この男がアイルを殺したシーンは、今でも鮮明に覚えている。




 + + +



 『フェアリーシーカー』における敵サイドは魔人族だ。魔人族は幾度も人間の国を襲い、両種族の間では争いが絶えなかった。

 勇者パーティも何度も魔人族に襲われる。その度に仲間は力を合わせて、窮地を乗り切るのだった。


 勇者ユークの目的は魔人族を打ち滅ぼすことにある。

 ヒト族の創造神である女神"スフェラ"は魔人族の呪いにより、全身を砕かれ、妖精となって各地に封印されている。その封印を解くために、ユークは妖精探しの旅に出る。


 そして、物語の中盤――ようやくすべての妖精がそろうのだ。ユークは女神の信託に従って、その妖精を聖殿へと連れていくことになる。


 ユークの仲間たちは妖精がそろったことを喜び合う。

 この時のアイルの言動がとてもかわいくて、私的にはお気に入りだ。


 ユークは仲間1人1人にねぎらいの言葉をかける。アイルの番になると、笑顔で手を差し出す。


『ありがとう。俺についてきてくれて。こうして妖精をそろえることができたのは、アイルのおかげだ』


 すると、アイルは照れてそっぽを向いてしまう。

 しかし、その手をしっかりと握り返すのだ。


『……まだ終わりじゃない。最後まで気を抜くなよ。ユーク』


 そのシーンを見ている時、私は泣きそうになってしまった。

 アイルははじめ、ユークたちに馴染めないでいた。ずっとつっけんどんな態度ばかり取っていたので、仲間の内でも孤立気味であったのだ。


 そのアイルが……! 初めてユークのことを名前で呼んだ。初めてユークの握手に応えた。ようやく仲間を信用できるようになったのだ。


 私は涙をこらえながら、コントローラーを握っていた。


 その直後のことだった。

 高揚が一瞬で絶望へと変わった。


 ユークと握手したままの体勢で、アイルの動きが止まる。

 その腹からは剣先が飛び出していた。


 ユークも、アイルも、仲間たちも。

 そして、ゲーム画面を見つめていた私も。

 何が起こったのかわからなかった。


 まさか、まさか――

 こんなこと起こるはずがない。


 だって、これで旅が終わるのだ。あの人嫌いのアイルがようやく仲間たちと打ち解けることができたのだ。

 このままハッピーエンドでゲームは終わる……。


 だって、そうでしょう?


 こんなこと、起こり得るはずがないんだ。


 レオンが……アイルに剣を突き立てているだなんて。


 アイルの顔が苦しげに歪んでいく。そして、信じられないという顔でレオンを振り返った。


『…………っ……』


 その言葉は声にならない。けど、きっと、『どうして……?』と聞いていたのだろう。

 アイルは倒れる。腹から大量の血を吹き出しながら。


 ユークは握手のために手を差し出した体勢のまま、ずっと固まっている。その手に返り血が飛び散った。


『………………え?』


 数秒の沈黙の後。

 ユークがゆっくりと動いた。自分の手を、その手に付いた血を呆然と眺めている。


『貴様ぁ――――!』


 仲間の1人が絶叫した。

 レオンへと武器を振り下ろす。それを軽々とさけて、レオンは仲間たちから距離をとる。


 その顔が一瞬だけ、泣きそうなほどに歪んだ。


『アイル……守ってやれなくて…………すまない』


 その台詞が流れた時、私はゲーム画面を見つめながら、大量の疑問符を頭に浮かべた。


(何言ってんの、この人……?)


 それしか考えられなかった。


 守ってやれなくて、って何? 守ってないよね!? むしろ自分で刺してるよね!?

 っていうか、何で? 何が起こったの? 今、何したの、あんた?


 あんまりな展開に、私の頭は追いついていなかった。


 アイルが死ぬなんてそんなことありえるはずがない。

 脳内でそのシーンを全力で否定していた。


 頭は理解を放棄しているのに、私の体は勝手に動いて、コントローラーのボタンを押す。

 レオンの台詞が空虚に流れていく。


『こうするしかなかった……』


 何かを堪えるような苦しそうな声。

 そして、画面にはレオンの悲しげな顔が映る。


『女神を復活させるわけにはいかない』


 それだけを言い残し、レオンはその場を去る。

 徐々にカメラが引いて、仲間たちの顔を映していく。彼らのすすり泣く声と慟哭が尾を引いて、響いていた――。



 というところで、私は咄嗟にゲームの電源を落としてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る