第40話 番外編 5

この日もある保護院の女性が中心の音楽隊の舞台の視察に来た。

舞台を見るばかりでなく資金繰りや、彼女たちの生活環境なども含め視察する。彼女たちはM.アッサンの歌だけではなくもともとこの世界にあった歌など様々な歌を披露している。

各地にたくさん発足した音楽隊は隊によりそれぞれの特色を持つようになり、好評を博しているのだがこの音楽隊は明るい歌、楽しい歌で皆に活力を与えている。なんだかこの付近のカフェではパンプキンパイとシナモンティをメニューに加えたところが増えたそうだ。それはうらやましい。今度ナリス様とお忍びで食べにこよう。

この音楽隊には多人数系アイドルの歌なんかもいいかもしれない。いや、あれは孤児院の音楽隊の子供が多い方が似合うかもしれないわ。などなど今後について想像して楽しんでいたその時。

どこかで大きな破裂音がして、アンヌたちが座っていた場所とは離れたところで煙が上がっているのが見えた。

護衛がアンヌとナリスの周りを囲みながら外へと誘導する。しかし再度爆発音が起こると会場内にいた人々はパニックとなり我さきへと出口へ殺到し大混乱となった。

護衛も人数には勝てず、押し流されてしまう。

しかしナリスだけはアンヌを抱き寄せ決して離れず、会場の外へと急いだ。その時、蝶ネクタイをした会場スタッフが走ってやってきて

「殿下! 申し訳ありません。安全な通路をご案内いたします!」

と二人を誘導してくれた。

「まって! そんな道があるなら私たちだけでなく皆を誘導して!」

「いえ、混乱を避けるために高位貴族のみのご案内になります。他の方々も別の出口へと案内しておりますのでご安心ください!」

「それならいいけど」

スタッフに案内された通路を駆けると前方は行き止まりだった。

それに気がついたナリスがヴァランティーヌを抱き寄せ、先導しているスタッフから距離をとった。それに気がついたスタッフはくるりと向きを変え、こちらを見て笑っていた。

「どうしました? 早く脱出しないと爆発に巻き込まれるかもしれませんよ」

「……お前はここのスタッフではないな?」

「はは、バレましたか。女子供にお優しい王女様は、公務の最中に亡くなったとなれば、永遠に語り継いでもらえますよ。良かったですね」

そう言って懐からナイフを出すとじりじりと近寄ってきた。

ナリスは今来た方へ戻ろうと踵を返すと

「お爺様⁈」

そこには辺鄙な田舎に追いやったはずのナリスの祖父母が剣を突き付けられて立っていた。

「ナリスっ! 無事か? お前と王女を脅すために連れて来られたのだ。お前の足を引っ張ることになり済まない」

「どうしてお爺様たちを!」

祖父母にナイフを突き付けている方が

「あんたには恨みはないさ。お前のじいさんと婆さんを助けたくば、王女を渡せ」

ナリスはヴァランティーヌ王女を背中にかばう。

母を死に追いやった祖父母とヴァランティーヌと比べるまでもない。

「……好きにしろ。ヴァランティーヌは渡さない!」

ナリスも短剣を取り出し、身構える。

「ナリス!! お前の親代わりの私たちを見捨てるというの⁈」

祖母が情に訴えてくる。

「……母を殺したことは忘れない」

「あれは息子の妄想だ。あいつは妻を失いおかしくなっているだけだ! 私たちを信じてくれ! 助けてくれ!」

祖父母の訴えに、ナリスの険しい表情は変わることはなかった。

「はん、耄碌じじいたちをわざわざ連れてきたのに何の役にも立たなかったな。まとめてあの世に行くんだな」

そういうと男は祖父母をナリスの方に突き飛ばした。

二人はナリスの足元に勢い良く転がって来た。そして祖父が勢い良くナリスにぶつかり、ナリスは体勢を崩し短剣を落としてしまった。そして祖母の方は王女にぶつかりスタッフに扮したもう一人の犯人の方へと突き飛ばすことになってしまった。

「きゃっ」

ヴァランティーヌは小さな悲鳴を上げてよろめいてしまい、ナイフを構えた犯人はにやにやと笑い合ながらヴァランティーヌを捕まえた。

「ヴァランティーヌ!」

ナリスが叫び、助けに行こうとするが祖母がナリスに泣きながら抱き着くせいで動きが取れなかった。

「ああ、ナリス。ごめんなさい、私がぶつかったせいで」

「お婆様! 放してください! 彼女を助けなくては!」

「すまん、ナリス。わしのせいで……」

うなだれる祖父と抱き着く祖母は邪魔にしかならず、ナリスはいらだったように

「なぜ王女の命をねらう! 彼女は恨まれるようなことはしていない」

「ああ、そうだろうよ。弱いもの皆に感謝されてさぞかしいい気分でいるのだろうよ。だがな、その現実を知らない夢見がちな偽善者が弱者を守る法律を作ったせいで取り締まられ、信用が落ちて落ちぶれた貴族も店を閉めた商人もいるんだ。そこな高潔な王女様はよう、いろんな人間から恨みを買っているんだよ! お前のじじいとばばあもそうなんだろう? 王女に煮え湯を飲まされて恨んでるんだろうが」

「そんなことはない! 我々は王女のお言葉のおかげで目が覚め、反省しているのだ!孫たちに手を出さないでくれ!」

ナリスの祖父がナリスをかばおうとする。

「ははは、もう臭い演技はいい。ご苦労だった」

楽しそうに犯人が笑う。

「は?」

「そのじじいとばばあも協力者だからな。わざとお前たちにぶつかったというわけだ」

「何を言うか! わしらはお前たちに無理やり連れて来られたのではないか!」

「だからその設定はもういいっていってんだよ、じじい。お前たちなど最初からお用が済んだら殺るよう頼まれてんだよ」

「なんだと⁈ 約束が違うではないか! 我々とナリスは助ける約束じゃないか!」

「プライドだけが高い落ちぶれた元公爵様はおつむの方も弱ったか? そんなもの守られるわけないだろ? あっははは」

「おほほほほ」

上機嫌の犯人二人の高笑いにヴァランティーヌの笑い声が重なった。



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