第41話 番外編 6
「なんだ貴様!」
ヴァランティーヌの腕を捕まえていた男が急に笑い出した人質にぎょっとする。
ヴァランティーヌは鉄入りの扇子で男の眉間を思い切りはたいた。
「わたくしに触れていいのはナリス様だけです! 汚らわしい!」
「このアマあ!」
怒った男ともう一人の犯人がヴァランティーヌに襲い掛かる間もなく、ナリスがヴァランティーヌの近くにいた男に体当たりをしたかと思うと通路に置いてある物置や奥の扉から騎士たちが現れ男たちを拘束した。もちろん前公爵夫妻もだ。
「くそっ!」
「いやいや、勝ち誇ってぺらぺら話すあなた達が面白くって! 面白いものを見せていただいた観劇料を渡さなければいけませんわぁ。あとで牢屋の方に届けますわね」
美しい笑みを浮かべたヴァランティーヌは嬉しそうに礼を言う。
「むかつく女だな! 依頼でなくてもめちゃくちゃに……」
そう言った犯人にヴァランティーヌがもう一度扇子を振り上げる前に
「黙れ」
ナリスの低い声が響き、その喉元に短剣が突き付けられている。
「二度と声が出せない様にされたくなければその無駄口しか吐けない口を閉じておけ」
「ひいっ」
犯人二人は騎士に連れていかれた。
そして騎士に取り押さえられたままの元公爵夫妻は
「ナリスあのような不敬な輩の言うことを信じないだろう? 王女殿下、私たちは本当に反省しておりました。人質として連れて来られただけなのです! 孫のナリスを助けたいばかりに心にもない事を……申し訳ありません」
ヴァランティーヌに頭を下げた。
「信用できませんわ。これから捜査が進むでしょう、真実が分かれば王族を害した罪で即処刑ですわ」
「しょ、処刑⁈ 私たちは人質にされただけだと言っているだろう!」
元公爵が叫ぶと、夫人の方もがくがくと震えながら
「そうです、王女殿下! 私どもは被害者なのでございます。私どもが冤罪で咎められたなら、由緒正しきロッシュ公爵家の名に傷がつきます! ナリスにもフェリクスにも、ナリスと婚姻を結ぶ殿下にも不名誉なことになります!」
「おお、その通りだ! 殿下、ですからここは私どもをすぐ解放し保護していただけるようお願いします! 人質になっていたと証言いたしますゆえ!」
ヴァランティーヌは黙って聞いていたが、
「そうですね」
と二人に笑いかけた。
ほっとしたように元公爵夫妻は笑顔を浮かべたとたん
「心配しなくても、二人は貴族籍から除籍され平民となっておりますわ。ロッシュ家とは何も関係はない。もちろんナリス様にも私にも何も痛手はございません」
と宣言した。
「なんだと⁈」
いきり立つ元公爵を騎士が押さえつける。
「ナリス! 嘘だろう?」
「お爺様……いえ、もう赤の他人ですがあなたたちを心底軽蔑しています。そんな人間が王国や陛下を支えるべき公爵であったことこそ恥だと思います。私たちの母をいたぶり死に追いやったあなた達の方こそ最低ですよ」
ナリスは怒りと悲しみと悔しさで両手を握りしめている。
ヴァランティーヌはその手を包み込んだ。
「アンヌ……」
「お辛いようでしたら先に出ていてください。私はもう少しお話がありますので」
「ありがとう。でもきちんと見届けるよ」
「……。私がこれからする事、嫌わないで下さいね」
「もちろんだ」
ヴァランティーヌは元公爵夫妻を見据えた。
「あなたがたがいくら否定しても調査をすればすぐにわかるわ。あなた達は平民、即処刑です」
二人はびくりと身を震わす。
「ですが。今ここで真実を話してくれれば――先に自白された方の命は助けて差し上げるわ」
「え?」
夫妻は顔を見合わせたまま黙り込んだ。
二人ともヴァランティーヌからの提案を信じていいのか考えているのだろう。
自白しても処刑は変わらないかもしれない。でも万が一本当だったら……
既に捕まった男たちの証言や証拠が出ればおそらく二人共の処刑は確実だ。
それならばわずかの可能性にかけて自白すれば自分だけは助かるかもしれない。
相手より先に。
二人はばっと顔を見合わせた。思考回路の同じ二人は同時に同じ結論に達したのだろう。
「殿下! 申し訳ありませんでした、私は真実を……」
と夫人が話し出すと遮るように元公爵が
「黙れ! 私が先に証言する! あの男たちに人質の振りをしないかとそそのかされたのだ。人質の振りをして王女殿下を殺す手伝いをしろと!」
「あなた! ひどい! 私を見捨てて自分だけ助かるおつもりですか! 殿下、先にその話に乗ったのはこの人なのです! 私は反対したのです! 私をお助け下さい!」
「うるさい、お前だって憎い殿下を思い知らせることができるならと喜んでいたではないか!」
二人はお互いに罪を擦り付け、自分だけが助かろうと醜い争いを始める。
ナリスが怒りのあまり懐にしまっていた短剣に手をのばした。
そんなナリスを横からヴァランティーヌが抱きしめた。
「私はこうして無事ですわ。あなたのおかげで」
「だが、私の身内がアンヌを! 許せない、こいつらは私の大事なものを全て奪おうとする」
「ナリス様、あれは赤の他人ですよ。ナリス様とは何も関係ありません、だから身を引こうと考えるなんてゆるしませんよ」
ナリスは泣きそうな顔でヴァランティーヌを見た。
その顔を見て、アンヌはやはりと思った。
ナリスの事だから、自分の祖父母が王族の命を狙うという重罪に加担していた事を知ると、きっと自分との婚約を白紙に戻し、公爵家自体の存続も望まないだろうと危惧していた。
だからこその除籍だったのだ。
「でも……」
「私はナリス様にしか嫁ぎません。私を舞姫にするつもりですか?」
ナリスは落とした涙を見られないようにヴァランティーヌを抱きしめた。
「二人を連れて行きなさい」
ヴァランティーヌはナリスの身体に手をまわしながら騎士たちに指示を飛ばした。
「王女殿下! 私を! 私の方を助けて!」
夫人が叫ぶと
「あ、ごめんなさいね。私には何の権限もないのを忘れていたわ。決めるのはお父様——国王陛下ですもの。私を心から愛してくださるお父様がどんな判断を下すのかしら?」
「そんな! 騙したのか!」
「騙すだなんて。私ったらほんとにうっかり屋でいやになるわ。以後気を付けますわね」
喚く二人を騎士に連れて行かせるとヴァランティーヌはナリスの心を慰めるようにナリスの胸に頬を寄せる。
護衛たちは慌てて後ろを向いた。
「アンヌは……本当に私でいいの? 陛下はお許しくださらないかもしれない」
「ナリス様、愛しています。あなたはあなたです。あのようなものとあなたは違います、あなた達の事を死ぬまで愛したお母様と守り方を間違えた不器用なお父様の大切な宝なのです。それでも辛い気持ちになれば私にお話しください。何もできませんが、側にいる事は出来ます。お父様だって私の気持ちを分かってくださいます。もし反対することがあれば、私はただのアッサンとしてお側にいますわ」
「アンヌ——ヴァランティーヌ殿下、永遠の愛をあなたに誓います。一生お側から離れないことをお許し下さい」
ナリスはヴァランティーヌの手の甲に口づけを落とすとそのままエスコートをして会場の外に出た。会場の爆発はヴァランティーヌたちを誘うための小さな爆発でけが人はいなかったが、まだ辺りは人々の興奮で騒めいていた。
護衛とナリスがヴァランティーヌを守りながら馬車のそばまでやって来た時、一人の老婆が恐怖からか地面にうずくまっていた。
護衛が声をかけるが怯えたように身を縮める様子を見て
「大丈夫ですか? どこか怪我をされたのなら救護室へ参りましょう? この者達は王宮騎士ですので心配はありませんわ」
ヴァランティーヌが声をかけた。
その言葉にほっとした様子で老婆は騎士の手を借りて立ち上がった。
「なんと親切に……ありがとうございました。もしかしてヴァランティーヌ殿下でございますか?」
「ええ、今日はこのような危険な目に会わせてしまって申し訳ありませんでした」
「とんでもありません。私のような者が殿下のお姿を目にすることができるなど光栄の至りです」
ぺこぺこと頭を下げる老婆に騎士たちの緊迫した雰囲気が緩む。
「本当にずっとお会いしたかった。今日も会えたらと……その思いで来ていたのです。ああ、神様は私に力を貸してくれたのですね」
どこか老婆の言い回しがおかしいなと気がついた瞬間、老婆とは思えない俊敏な動きでポケットの中に手を入れるとヴァランティーヌに向かってその手を振りかざした。
「きゃあっ!」
あたりに鮮血が飛び散り、地面に崩れ落ちたのはナリスだった。
ヴァランティーヌの手を引き自分の身体の中に閉じ込めてかばったナリスの背中にはナイフが深々と刺さっていた。
「ナリス様! ナリス様!」
涙を落としながら泣き叫ぶヴァランティーヌに
「今度は助ける事が出来て……良かった」
とそれだけ言い残し、ナリスは意識を失った。
老婆は騎士に任せ、ヴァランティーヌはナリスとともに病院へと急いだ。
老婆はその場で切り捨てられても不思議ではなかったが、あの男達との関係など調べるために捕らえられた。その結果、わかったのはあの女単独の犯行だったという事。
孤児院にいる子供たちや居場所のないスラムの子供たちを攫っては、売春宿で働かせていた女だった。王女のせいで、捕縛され店は没収の上取り潰され、財産はすべて子供たちへの慰謝料としてとりあげられた。自身もむち打ちの刑をうけた後、暗闇で臭い下水道の掃除を刑罰としてさせられた。そこから何とかして逃げ出し、いつか巡り合うことがあれば絶対に復讐をしてやるとうらみを募らしていたのだった。
しかしヴァランティーヌにとってはもうそんなことはどうでもよかった。
今もベッドに横たわるナリスの目が覚める事だけを願って手を握っていた。
そもそも前公爵夫妻にはずっと監視をつけており、愚か者どもの計画は把握していた。おかげで前もって騎士を手配することが出来ていたのだ。
しかしその計画が実際に実行されると怒り狂った国王は、問答無用の拷問で、王女たちを襲った犯人の黒幕を吐かせた。やはり王女が提言した法のせいで落ちぶれた貴族だったが彼らと実行犯は即刻処刑された。
そしてナリスの祖父母に当たる元公爵夫妻については、ヴァランティーヌとナリスの心を思いやって、自分たちの処遇を選ばせた。
国の為にその身を投げ出すか、処刑か好きな方を選べと言われた夫妻はこれからは国の為に命を懸ける所存ですと涙を流して頭を下げた。
そして、まだまだ発展段階の途中である医療の献体としてその身を捧げる事になった。新薬の投与、わざと作られた傷の縫合の練習台など何年にもわたりその身を提供し、最後には手術の被験者にまでなった。途中で処刑を願う彼らだったが、聞き入れられず、彼らは文字通り国の為、医療の発展のために命を懸けて罪を償ったのであった。
ナリスは目を覚ました。
背中が焼けるよう痛むが、先ほど見た夢——いや、前世を思い出していた。
世界で一番大切な人をなくして絶望していた自分。舞姫の歌を二人で歌って、何があっても心は供にいようと約束した彼女。
その彼女が今目の前で自分の手を握りながら、ベッドにもたれるようにして眠っていた。
ナリスは再び彼女に会わせてくれた神に感謝した。
しかし、ナリスはそれをヴァランティーヌに告げるつもりはなかった。いつかアンヌも気がついてくれたらうれしいが前世で恋人だったから愛したわけではない。アンヌがアンヌだから愛したのだ。
ヴァランティーヌとナリスとしての幸せをこれからも守り続けようと決意したナリスは、愛する彼女の目が開くのを楽しみに待ったのだった。
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