第39話 番外編 4
「フェリクス様、まさし様の歌の普及どういたしましょう」
ミレーヌが罪を犯してしまい、M.アッサンの歌を披露してくれる歌い手がいなくなってしまったのだ。
それは世間にも大きな衝撃を与えた。あの歌をもう聞くことが出来ないのかと後援者のロッシュ家にも何度も問い合わせが来たほどだ。
「でもアンヌが舞台に出るわけにはいかないしね」
フェリクスもため息をついた。
フェリクスは王女に敬語を使っていたが、アンヌから前のように同志として接してほしいと言われ、仲間内では普通に話している。
「フェリクス様はミレーヌの他にも支援していたのでしょう? どなたか歌ってもらえないでしょうか」
「う~ん、声をかけて見たんだけど怖気づいてしまって。ミレーヌの評判が良すぎて、自分では皆に失望されると誰もアッサンの歌を歌いたがらないんだ」
「まあ、良くも悪くもミレーヌは皆に影響を与えましたからね。でも私は別にまさし様の歌で儲けたいとか華々しい舞台を開催したいとか考えていないのです。この世界の人々に素晴らしさを布教出来るたら嬉しいと……あ! いい事思いついたわ!」
ヴァランティーヌは王女の政策の一環として教会や孤児院で音楽隊を作る事にした。
先日、成立した法律の下虐げられていた者の保護院が教会に併設されている。ロッシュ家協力の元、保護院や孤児院に音楽隊を作る。
発表の会場や機会も作り、彼らに自信や楽しみを持ってもらうこともできるし、収入源にもなる。おまけにM.アッサンの歌が勝手に引き継がれていくシステムだ。
別に上手くなくてもいい。楽しく歌をつないでいけばいいのだ。
そういう事であればとフェリクスが支援していた幾人かの歌い手たちの協力してくれ、各音楽隊に指導者がつき無事音楽隊が発足したのだった。
そして各地でコンサートが開かれるようになり、資金も集まり保護院や孤児院の運営の手助けにもなった。
アンヌはまさし様の歌の普及という自分の欲の為に動いていたのだが、ヴァランティーヌ王女の慈愛の精神を称えられ、結果的に為政者としても優秀であると広まってしまったのであった。
そんなヴァランティーヌ王女の評判を憎々しく思っている者が約二名。
ナリスの祖父母である前ロッシュ公爵夫妻だった。
王女のせいで自分たちは僻地にある王領の片隅で平民のような生活を強いられているといつまでも恨んでいた。
すぐにでも孫のナリス達が、自分たちが間違っていたと迎えに来ると思っていたが迎えに来るどころか、何の支援もない。
息子だけでなくそれまで自分たちに従順だったナリスやフェリクスまでもが逆らうようになったのは、あの王女のたわ言のせいに違いないと逆恨みをしている。
必要なものを買うだけの最低限の生活資金はもらっているというのに、それを感謝することもなく憎しみを募らせている二人には周囲の平民たちも遠巻きにしてみている。
王女に手紙を送れば使用人を派遣すると言われているが、屈辱的な事をしてまであんな女から援助を貰おうなど想像するだけではらわたが煮えくり返る。
だから腹いせに出入りの業者に不遜な態度をとり、街の嫌われ者でもある二人に親切にしてくれるものも、親しく話すものもいないのだ。
そんな二人のもとへ、家門を隠した馬車がある日やって来た。
訪問者の訪問理由を聞き、二人は嬉々として迎え入れたのだった。
「まあ、ロンの娘さんが音楽隊に入ったのですって!」
ヴァランティーヌ王女はロンからの手紙を読んで嬉しそうにアベルに報告する。
「姉上を最初に雇ってくれた食堂の?」
「ええ。私が店で歌っていたのを聞いていて、興味があったそうよ。嬉しいわ」
音楽隊は門戸を広く開け、興味のある者はだれでも入れるようにしていた。
「今度、舞台に立つんだって。うわあ、応援に行きたいな」
「難しいんじゃない? 王女様になっちゃったし」
「お忍びで行くわよ」
「……それ絶対僕が巻き込まれて陛下とナリス様に死ぬほど怒られる奴だよね」
「大丈夫大丈夫。こっそりと行ってこっそり帰ってくるだけだから」
そう言ってアンヌは笑うが、陛下とナリス様がヴァランティーヌ王女にどれだけの護衛と影をつけているのか知らないから笑っていられるのだ。
そして僕も姉上に手を貸そうものなら生涯において安眠できる日はこない。このことは即刻報告せねば侯爵家が跡形もなく消え失せる。
ヴァランティーヌは両陛下には友人宅へ行くとつげ、子分アベルの家を訪問した。
そして質素な服に着替え、大きな帽子をかぶり、顔と髪を隠してアベルとともに馬車に乗り込もうとした。
馬車の中から先に乗っていたアベルの手が伸びて来て引っ張り上げてくれる。
「ありがとう、侯爵も気がついていないようだし上手くいったわ」
ヴァランティーヌ王女が笑ってアベルを見ると、そこに座っていたのはナリスだった。
「……。まあ、奇遇ですわ。どうされました?」
「こちらのセリフだよ」
「子分に裏切られたわ」
と悔しそうにしているとふわっとナリスに抱きしめられた。
「な、ナリス様?」
「お願いだ、危ないことはしないで」
思ったよりも真剣な声にヴァランティーヌも罪悪感に駆られた。
「ごめんなさい。私が行きたいというと、会場の警備も強化されるし護衛をたくさん引き連れる事になる。相手に迷惑がかかると思ったの、だからこっそりのぞくだけのつもりで……」
「アンヌのその優しい気持ちはよくわかる。でも今度からそういう気持ちも含めてすべて私には相談してほしい。何かあってからでは悔やんでも悔やみきれないから」
勝手なことをしようとしたアンヌを怒ることもなく、ただ心配をしてくれるナリスには罪悪感しかなかった。
生まれ変わったように溌溂と元気になったヴァランティーヌがまた元に戻りはしないかと心配している国王、以前一人で外出したアンヌが事件に遭わせてしまい後悔に苛まれていたナリス。それ以外にもたくさんの人間が自分の安全の為に動いてくれている。
アンヌは王女としての立場をまだまだ自覚できておらず、多くの人に迷惑をかけていることにようやく気がついた。
「ごめんなさい、ナリス様。私、とても調子に乗っていたわ」
優しく背中をなぜてくれるナリスの優しさに涙が出そうになる。
「いや、アンヌはようやく真の姿を取り戻し、自由に動けるようになったのだからその気持ちはよくわかる。むしろ嬉しいくらいだ。だけど私にくらい相談してほしかった」
「はい。これからは立場を自覚し、勝手な真似は慎みます」
本気で反省し落ち込んでいるアンヌにナリスは口づける。
「ナリス様!」
真っ赤なアンヌにナリスは涼しい顔で
「さ、出発しようか」
御者に声をかけ、馬車を走らせた。
そして、しばらく走った馬車はアンヌが行こうとしていた孤児院に到着した。
「ナリス様?」
「大丈夫だ、陛下の許可も得ている。変装した護衛が警備をしているし、皆にも知らせているよ。音楽隊だって王女に晴れ姿を見てもらいと思っているのだから。姿を見せて激励してあげて」
「ナリス様!」
アンヌは嬉しくてナリスをぎゅっと抱きしめた。
「自分の立場を慮るのもいいけど、自分の価値を生かすこともできるんだよ」
音楽隊のメンバーの中には感激して涙を落とすものまでいた。
ナリスの言う通り、こういう道を与えてくれた王女に感謝しているもののなんと多いものか。
それを目の当たりにして、アンヌはお忍びでなくてよかったとナリスに感謝したのだった。
それ以来、各地の音楽隊を慰問することがヴァランティーヌ王女の大切な務めとなった。
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