第38話 番外編 3
ヴァランティーヌはアンジェリーヌとロジェをお茶会に招いた。
「アンジェリーヌ、お久しぶりね」
「お姉様、今日はお招きありがとうございます」
王宮のサロンに案内されたロジェとアンジェリーヌだったが、アンジェリーヌはヴァランティーヌを見たとたんに嬉しそうに駆け寄った。そして目を潤ませながらヴァランティーヌを抱きしめた。
王女に対するアンジェリーヌの行動にロジェは慌てたが、王女の方もアンジェリーヌの背に手をまわし優しく抱きとめているのを見て驚いた。
「今日は私まで招待していただきありがとうございます。アンジェリーヌがこれほど懇意にしていただいているとは知りませんでした」
「あら、教えてもらえないほど信用されていないのではなくて?」
ヴァランティーヌはアンジェリーヌに対する態度は真逆の態度でロジェにはツンとする。
「お姉様! そんなことありませんわ。ただ王族の方の事ですもの、勝手に話すのはどうかと思って……」
アンジェリーヌは慌てて弁解しようとする。
「アンジェリーヌは悪くないわよ。ところで婚約解消の話はすすんでいるのかしら」
「……王女殿下。いろいろご存じなのですね。私は本当に愚かでした」
少し顔をこわばらせたロジェは神妙な顔で反省の弁を述べた。
「あら、それはもちろん知っているわ」
「お姉様!」
「私はアンジェリーヌを愛しております、二度と悲しい思いはさせません」
「アンジェリーヌは? 威張り散らして暴言を吐くこんな愚かな男で本当にいいの? 我慢しているなら私が権力をフルに使って解放してあげるわよ?」
それを聞いたロジェは真っ青になる。
「いいえ、お姉様。私は幼いころからロジェ様をお慕いしておりました。悲しい思いもしましたが私も悪かったので……今はとても優しくて大切にしてくださいます」
アンジェリーヌは頬を染めた。
「……そうね、あなたはあんな目に遭ってもずっと想っていたものね。でももう一度泣かせるようなことがあればどんなことをしてもアンジェリーナと引き離すわ。いいわね?」
「この身に代えてもアンジェリーナを守り、大切にすることを誓います。信用していただけるような人間になるよう励みます」
「最初からそう言って欲しかったけれど。まあ、いいわ。アンジェリーヌ、幸せになってね。お父様たちは私に甘いの、だから困った事があれば言うのよ」
ヴァランティーヌはアンジェリーヌの手を握る。
「はい、お姉様も。二人で幸せにならないといけませんわ」
二人は微笑みあって、お互いが幸せになることを約束したのだった。
その後は笑って何事もなかったようにお茶をいただき、談笑して楽しい時間を過ごしたのだが、それ以降もたびたびのお茶会で、ロジェはヴァランティーヌの視線に翻弄されるのだった
家族とも婚約者ともよい関係を築き、幸せな毎日を過ごしていたアンジェリーヌはある日、父とアベルを食事に誘った。
その店は高位貴族ご用達のお店で個室があり、誰に聞かれることもなく気兼ねなく話ができるようなっている。
その部屋でアンジェリーヌはずっと気になっていたことを謝罪した。
「お父様、私のせいでお母様と離縁になって……ごめんなさい。」
「謝ることはない、情けない私はお前が変わってしまうまで何も気がつかずお前を守ることが出来なかったんだ。私こそすまなかった」
「……その時の私別人みたいだったでしょう?」
「ああ。あの時のアンジェリーヌには驚いた。あまり私たちと話をしなかったアンジェリーヌがあんなにまくし立てて……。酒のおかげで押し殺していた本心をやっと吐き出せたのだろう。本当に別人のようだった。優しいお前が言い出せないから代わりに誰かが乗り移って代弁したのかと思うくらい……それほど追い詰めていたのかと思うと謝っても謝り切れない。本当にすまなかった」
「お父様……その別人のような私の事……どう思われました?」
「感謝しているよ。本心をぶつけてくれたあの時のお前に心から感謝している。もう一度、アンジェリーヌの父親としてやり直す機会を与えてくれたのだから。もしかして……もう一人の子がお前を守ってくれたのではないかと馬鹿なことまで頭によぎっていた」
「どういうこと?」
「妻はアンジェリーヌを身ごもっていた時、しきりに二人分の名前を考えていたのだよ。私にも考えろと言って二人で考えていたのだ。女の子のならアンヌとジュリエッタよって楽しく話していたのに、いつのころからか少し寂しそうに二つの名を合わせたアンジェリーヌにするわといいだしてね。それを思い出したんだ。もしかしたらと。」
「お母様はお姉さまの事を……」
アンジェリーヌは涙を落とし、アベルも涙を浮かべる。
二人の様子を見て侯爵は自分のありえない想像がまんざらありえない事ではなかったのかもしれないと気がついた。
「……そうか。彼女はまさしく別人だったのか。私の……もう一人の娘だったのか」
侯爵は顔を覆うと嗚咽を漏らした。
「さぞかし情けない父を軽蔑していることだろう。アンジェリーヌ、お前の中に……今もいるのだろう?」
「……いいえ。お姉様はもうおりません」
「……そうか……そうなのか。でも……もう一度君に会いたい。一度も抱きしめられなかった君にもう一度会いたいよ。すまない、すまなかった。君の事を知らずに……君を愛することができなかった。でもあの時、わずかな時間だけ君と会えたことに神に感謝するよ。私はあの子の事を一生忘れない」
侯爵は止まらない涙をハンカチで拭いながらハッと何かに気がついた。
アンジェリーヌが王女の事をお姉様と呼び、王女が自分に対して辛辣の事からもしかしてと。
だが、それは自分が気づいてよいことではないのだろう。
陰から、侯爵家として忠誠を誓い、王女を見守り続けようと心に決めたのだった。
侯爵家の家族が涙していた個室の隣で、密かに席を立った人物がいた。
その人物はそっと涙をぬぐい、ナリスに支えられるようにして店を出た。
「ナリス様、アンジェリーヌと企みました?」
声が漏れるようにわざと隙間が開けられていたのだから、計画していたとしか思えない。
「恩返しになればと……アンヌが侯爵を許せないのは当然だよ、許さなくていい。でもアンヌの心から苦しみを追い出したかったんだ、侯爵がアンジェリーヌ嬢と入れ替わった君の事も愛していたときければと。でもまさか、アンヌの母上がアンヌの事をわかってくれていたなんて……名前も用意してくれたなんて」
「……アンヌ……私の名前。私は両親に愛されていた……ありがとう、ナリス様」
馬車の中でヴァランティーヌは涙を落とし、ナリスに寄り添った。
「ナリス様、私は……誰にも存在を知ってもらえていないと思っていました。仕方がないと思っていました。でもお母様も……お父様も知ってくださっていた。私……ようやく過去と決別して本当に新しい人間になれそうですわ。ありがとう」
ヴァランティーヌは、ペルシエ侯爵を見てももう胸の痛みは出ない気がした。
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