第37話 番外編 2

「話はすべて聞いたわ」

 険しい顔で入ってきたのはヴァランティーヌだった。

「なんだお前は?」

「ふふ、さすが若いころから耄碌しているだけあるわね」

 ヴァランティーヌは居丈高にきれぎれに言い放った。そして視線で子分(アベル)に合図をする。

 アベルはしぶしぶと

「この御方をどなたと心得る。我らが国の王女ヴァランティーヌ王女であらせられるぞ!」

 とさきほど、ヴァランティーヌ王女に覚えさせられたセリフを宣った。

 そんな二人の後ろにはナリスとフェリクスが真っ青な顔で立っている。


「これは王女殿下! まさかこちらにいらっしゃるとは。ご挨拶が遅れましたが・・」

「必要ないわ。覚えるつもりもないし、二度と会うことはないのだから。私は陛下より勅命を受けてまいりましたの」 

 ヴァランティーヌは前ロッシュ公爵の挨拶を途中でぶった切った。

「な!」

「公爵と言えば王家を、ひいてはこの国を支える者。権威とともにその責も重い。能力だけでなくその精神も真っ当でなければならない。あなた達の愚かさを見抜けずに、亡くなった公爵夫人、公爵、そして二人の令息に苦しい思いをさせてしまったことを陛下は心を痛めております」

「王女殿下、お聞き下さ……」

「王女殿下のお言葉を遮るつもりか! 不敬だぞ! 王女殿下、続きを」

 子分になりきっているアベルに王女は満足そうにうなづきかけると

「前公爵夫妻は二度と王都の地を踏むことを許しません。そしてロッシュ家の領地ではなく、王家直属の郊外のさびれた土地で暮らしなさい、使用人も許しません。そこから逃げ出せば拘束します」

「そんな馬鹿なことがありますか! 殿下は何か誤解をされている!」

「陛下の勅命です。逆らうのですか?」

「あなたはナリスの婚約者でしょう! ナリスは私を親のように慕っている! ナリス‼何とか言いなさい!」

ナリスは王女の横を通り、祖父に近寄った。

前公爵は笑顔になると

「おまえからも王女にとりなして……」

と言いかけた時、ナリスが思い切り祖父を殴りつけた。

「ナリス‼ やめなさい!」

 公爵がまだ殴りかかろうとするナリスを止める。


「どうして! おじい様が……こいつらが母上を殺したも同然って! なのに私たちを捨てて出て行ったなんて嘘ついて! 私は父上の言葉を信じずに憎んでしまった……許せない!」

「私が悪いのだ、何も気がつくことが出来なかった私が。お前が憎しみに囚われることはない。それは私の役目だ。お前たちには幸せになってもらいたいのだ。それが彼女の……お前たちの母の願いだった」

「何を言う!あの女はナリス……ぎゃっ!!」

 ヴァランティーヌ王女は鉄棒入りの扇子を前公爵の顔面にぶつけた。

 そして控えていた騎士たちに前公爵夫妻を拘束させ、余計なことを言わない様に猿ぐつわを嵌めさせた。

 母親がナリスに手をかけたことを話させるわけにはいかない。


「さんざん人をいたぶり、バカにしてきたのだからこれからの生活は人に頼らず何でも自分で出来るのでしょうね?あなた達は優秀なのだそうだから。もし、やっていけないのなら、私に手紙を寄こせばいいわ。謝罪や反省の手紙なんかいらないわよ? 『ゴミくずのような我々に、お恵みを』と慈悲を願いなさい。そうすれば最低限の使用人を派遣してあげてもいいわ。週に一回だけね。さ、連れて行って」

 何か文句を言うのに唸っているが二人とも連れていかれた。


「私、先ほどの部屋で待機していますわ。まずはご家族でゆっくりとお話してください」

 公爵とナリス達息子の三人だけを残し、ヴァランティーヌはアベルとともに別室で待つことにした。これからあの三人は話し合うことがたくさんあるはずだ。そしてようやく本当の親子としてやり直すことが出来るはず。


 別室でお茶を入れてもらうとアベルが

「姉上……あれでよかった?」

「よくやったわ。あの場にふさわしい名台詞だったでしょ」

「……恥ずかしかったよ。ふつうに姉上が王女と名乗れば良かったじゃない」

「わかってないわね。ドラマチックにした方が、権威が増すってものよ。それにね、あの話を隣室で聞いていたナリス様とフェリクス様がどんどん傷ついて、泣いて……本当はもっと言ってやりたかったけど、あまり私が出しゃばっていい事でもないと思ったから……」

「十分すぎるほど出しゃばってたけどね。初めは陛下の勅令を伝えるだけだと言ってたのに、結構バカにしてたよね」

「全然よ、言い足りない。本当なら再起不能にまで心を抉ってやりたかったわ。あ、これからでも間に合うわね。あ~、本当に権力最高! ヤギの神様に感謝だわ」

 ヴァランティーヌはニヤリと笑うのだった。


「王女殿下」

 扉が開いて公爵がやって来た。

「公爵様、勝手なことして本当に申し訳ありませんでした。私どうしても許せなかったのです、ナリス様とフェリクス様を苦しめた元凶の方々を」

 一応公爵には前公爵夫妻を招いたことは知らせていた。そして彼らの口からしたことを言わせてくれれば自分が証人になると言い、煽るように話をしてもらったのだ。

 しかしそれらをナリス達に聞かせるとまでは伝えていなかった。

「……王女殿下、私だけでは両親を追い払い、子供たちに真実を受け入れてもらえることが出来ませんでした。感謝いたします」

 公爵はヴァランティーヌの前で跪くと、胸に手を当て

「私ロッシュ公爵家当主は王女殿下に忠誠を誓います」

 その当主に会わせてナリスとフェリクスまで跪く。

「やめてください! 公爵様! ナリス様! もう家族ではないですか!」

 慌てるヴァランティーヌにロッシュ家の面々は立ち上がると、ナリスがぎゅっとヴァランティーヌを抱きしめた。

「ありがとう、アンヌ」

「……差し出がましいことをしてしまってごめんなさい。ナリス様やフェリクス様を傷つけてしまいました」

「アンヌのおかげで真実を知れたんだ、ありがとう。私は真実を見ず、父上にひどいことをしていた。これから私たちは親子としてやり直すよ。父上が……許してくれるなら」

「馬鹿な事を言うな、当たり前ではないか。それにお前の母を守れなかったのは私の責任なのだ」

 ナリスとフェリクスはこれまでの態度を公爵に謝罪し、公爵の方も守り切れずに済まないと謝罪し、親子としての第一歩が始まったのだった。


 ヴァランティーヌは今回の事に大満足した結果、 

「もう一人、権力をふるわせてもらおうかしら」

と、アベルに向かって微笑んだ。

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