第36話 番外編 1
ロッシュ公爵はヴァランティーヌがアッサンとして屋敷を訪れた時、少し驚いた様子だったがすぐに受け入れてくれた。おそらくロッシュ公爵はほぼ真実に近い推測を立てているのだろう。
家出をした時に自分を匿ってくれるなど、これまでの公爵の言動を見ていると兄弟が言うほどひどい人間には思えなかった。
だから公爵が登城している時に王女として呼び出した。
「当家騎士団の為にその尊いお声を聴かせていただき感謝しております」
「私が好きでしているのですわ。いずれ私はロッシュ家で公爵家騎士団にもお世話になるのですから」
「皆は、ヴァランティーヌ王女殿下が……巷で噂されているようにM.アッサンが当家に降嫁されると知り大喜びしております。以前のアッサンと同一人物と疑いもせず……まあ、それは結果的に真実なのでしょうが」
ロッシュ公爵は意味ありげに笑った。
「まあ、さすがですわ、公爵様。その節は色々お世話になりました」
ロッシュ公爵がそれを知ったうえで受け入れたと分かり、ヴァランティーヌも微笑み返す。
「それで恩返しがしたく……今日はお聞きしたいことがあり来ていただきましたの」
「ナリスではなく私に?」
「はい。あなたのご両親について」
それを聞いて公爵は顔をこわばらせた。
「……なぜ王女殿下がそんなことを?」
「公爵様は私のお義父上になるのですもの。前公爵様とは親族になりますわ、知っておく必要があります。話してくださらなければ調べる事になりますがよろしくて?」
権力をさりげなくちらつかせる。
「……わかりました。今更の言い訳になりますが聞いていただきましょう」
そうして、公爵は王女にすべての事を話したのだった。
聞き終わった王女は顔を曇らせ、少し涙を浮かべたようだった。
「そうですか、ナリス様達のお母さまはもう……」
二人の事を想うと胸が痛くなる。
彼らの祖父母が許せない。彼らの母親を害したばかりか、幼い兄弟を洗脳して家族の絆を壊したのだ。
「ふふふ、アベル。ちょっと相談があるのよ」
アベルは子分としてちょいちょい王宮に呼びだされている。
初めは恐れ多くてたまらなかったが、王女が懇意にする令息ということで王宮の門番とも顔見知りになり笑顔で挨拶してくれるようになった。
今日は市販の何の変哲もない便箋を持ってくるように言われた。いまのヴァランティーヌには王家の紋章の入った便せんしかなく、また人知れずこっそりと出すことが出来ない。
だから書いた手紙を出すよう託された。
「え~、本当にそんなことして大丈夫? 公爵家に迷惑かけるんじゃない?」
「そうね、もしかしたら大変なことになるかもしれないわね。でもほら、私王族になっちゃったから? 有無を言わせず謝罪させるわ。権力って素晴らしいわ~」
そうふざけてそういうアンヌが胸の内で、自分のやることがナリスとフェリクスの心を傷つけてしまうのではないかとひどく恐れていることにアベルは気がつかなかった。
ある日先ぶれもなしに、公爵邸に前公爵夫妻がやって来た。
「王都に出てくる許可をした覚えはありませんが?」
公爵が久しぶりに屋敷に現れた両親に辛辣な言葉を投げつける。
「何を言う! それが遠路はるばるやって来た親に言う言葉か!」
入り口でもめる公爵と祖父母をフェリクスは笑顔で迎え、
「おじい様、おばあ様! お会いしたかったです!」
嬉しそうに祖母に抱き着く。
「まあまあ! 私も会いたかったわ! 大きくなって……本当にあなた達に会えないなんて我が息子ながらなんて冷たい」
ナリスも柔らかい笑顔を浮かべるとさあどうぞと祖父母を応接室へと案内する。
「ほら、見ろ。貴様と違って孫たちは本当に優しい子に育ったわ」
前公爵夫妻は久々に戻った王都の屋敷で、我が物顔でふんぞり返る。
そしてナリスとフェリクスには優しい声で話しかけ、ナリスの王女との婚約を聞き、祝いたい一心でやってきたのだという。
「おじい様……ありがとうございます! 嬉しいです、このまましばらくいて下さるのでしょう?」
ナリスがそう言ったが、
「二人を泊める部屋などない」
公爵がすかさず止めた。
「父上! おじいさまたちは私の祝いに来てくださったのですよ⁉」
「そもそもお前の婚約を知らせてはいない。どこで聞きつけたのか図々しいことだ」
「父上はひどすぎます! おじいさまたちは私たちの親代わりなのです! 私は父上よりもおじいさまたちに祝って欲しい位ですよ!」
ナリスのひどい言葉に公爵は顔をこわばらせる。
その言葉に気を良くした前公爵夫妻は、
「ナリス、王女殿下に会わせてもらえるか? これからは親族になるのだから」
「もちろんです」
二人のやり取りに公爵は顔を歪める。
「しばらく下がっていなさい。私は二人と話がある」
「お二人を追い返すなどしないでくださいね。ヴァランティーヌ王女に会っていただくのですから」
ナリスは冷ややかな目で父親を見てからフェリクスを連れて部屋を出て行った。
ナリスが自室に向かおうとしたとき、使用人から耳打ちされて二人は驚いた顔で別の部屋に急いだ。
「お前も分かっただろう、私たちの言うことが正しかったと」
「どういうことですか?」
「ナリスが王族と結婚するほどの人間に育ったのは私たちのおかげだ。あの女に任せていればこうはならなかっただろう」
前公爵はふんぞり返る。
「よく言いますね、あの子たちから母親を奪ったくせに。あなた達のせいで母親の愛情を知らない」
「あんな女の愛情など不要だ。ナリスを見ろ、私たちのおかげであんな優しい立派な子に育ったではないか」
「あの子たちが素直に育ったのはうちの使用人たちのおかげだ。断じてあなたたちのおかげではない!」
「あの子たちは私たちを慕っている、見ただろう? 親代わりなのだからな」
「あなた達は幼いあの子たちを洗脳しただけだ。あなた達の嘘のせいで母親に捨てられたと思い、どれだけ傷ついたと思っている。あの子たちに関わることは私が許さない」
「お前は子供たちから全く信用されていないというのに?」
そう言って笑う前公爵を公爵は睨みつける。
「して、あの女はどうした? まだいじましく生きているのか?」
「彼女はお前たちのせいで愛する子供たちに会えないまま死んでいった! お前たちが殺したんだ! 最後に一瞬正気を取り戻した彼女は……自分の死を伝えないでと言い残した。あの子たちの心をこれ以上傷つけないでと!」
「大体お前があんな高位貴族とはいえ、妾腹の女と結婚などするからだ。あんな女は公爵家にふさわしくなかった。いなくてもナリスはこれほど立派に育ったのだ。これから王女が降嫁するのだろう?病弱だとか深窓の姫だとか言われ世間を知らないそうじゃないか。我々がしっかり躾けてやらねばならん」
「そうしてまた追い詰めて、殺す気か! もう二度とお前たちに子供たちから大事なものを奪わせない。あの子たちは私が守る。二度と王都の地は踏ませない」
「はは、あの子たちは私たちを親だと慕っている。お前よりもな。王女を妻に迎えたナリスに家督を継がせればお前などこの屋敷から追い出してやる。自分の親の言うこと聞かぬお前などどうでもよいわ。お前も自分の子に幽閉されるがいい」
そう言って前公爵が高笑いした時、ドアが勢いよく開いた。
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