第35話 エピローグ

 僕は相変わらずヴァランティーヌ王女、もといアンヌ姉上の子分をやっている。

 姉上は王女になったというのに、広くて素敵な部屋でやっぱりごろごろしているんだ。

 病弱設定をちゃっかり生かして、侍女やメイドたちも姉上のごろごろを認め、当たり前に思っている。逆にお可哀想にと涙を誘っているのだ。

 結構好き勝手なことをしているのに、これまでの事があるから皆信じ込んでいるんだよね。


 そして僕やアンジェリーヌ姉様、ナリス様達と集まるたびに姉上が歌ってくれるんだけど、ドアから漏れるんだよね。その歌声を聞きつけた人々が集まり噂になり……

 病弱で社交界に出れなかったという王女は、実はアッサンとして活動していたらしい、という噂がまことしやかに囁かれ、もうそれが事実のように話が広まっている。

 王宮でこれまでの王女の事を知っている者達はもちろん事実ではないと知っている。

 しかし、どういうわけか、王女は確かにアッサンの歌を歌えるのだ。そればかりか新しい歌を次々と披露している。理解できない事であったが、その事実が王女をアッサンだと認めざるを得ない雰囲気になっていた。

 王家が積極的に否定をしなかった事もあり、王女がアッサンだったのだということが事実となった。

 国王は頭を抱えたが、そういうことにしてしまえば、王女が歌を歌っても怪しまれることはなく、アッサンの歌を世に出すこともできる。だから王家が事実上アッサンの正体にお墨付きをつける事となった。

 

 そういうわけで。僕は姉上の子分として走り回っている。

 美味しいものが手に入ったからアンジェリーヌに渡せ、あれを頼む、これを買ってきてなどと呼びつけられる。

 そんなもの、王女なんだからお付きの者にやらせればいいのに、こんな雑用は子分の仕事だという。

 そう言いながらも僕に会いたいのではないかと思っているので、僕も喜んで登城しているのだけど。


 そしてまさか、王宮に出入りしているうちに王妃様とも親しくさせてもらい、それが縁で王妃様の生家のご令嬢と婚約することになるとは思ってもみなかった。

 姉上はアンジェリーヌ姉様だけでなく、皆を幸せにしてくれた。


 でもそんな姉上を見て、陛下は少々引いている。

 活動的過ぎて、これまでの悪しき慣習や認識を変えてしまったのだ。


 先日はロッシュ家前公爵夫妻に謹慎を申し渡していた。

 僕もその計画の一端を担わされたんだけど……怒る姉上は怖かった。

 それ以外にも、不幸な女性たちを救いたいと言って王女直轄の駆け込み教会を作ったんだ。夫の不貞に泣く者、理不尽な家族や婚約者に耐えている者、雇い主に暴力を受けているもの……とにかく世の我慢している女性や子供たちに逃げ場を!と言ったような教会が出来たとこで、社交界や世間はいい意味でも悪い意味でも大騒ぎになった。

 優しくて利発な王女可愛さに、女性を守る法案を国王が通したから。

 これで女性を虐げる者は立派な犯罪者として取り締まれるようになったのだ。


「侯爵とロジェをこれで取り締まれなかったのは残念ね」

 王宮の王女の部屋で相変わらずごろごろしながらお菓子を食べている姉がつぶやいた言葉にぞっとした。僕も取り締まられる立場だったから。

 そう言いながら、時々アンジェリーヌとともにロジェをお茶会に招待しては冷ややかな視線を投げかけ、時折口角を片方挙げて笑って見せている。気の毒なロジェ様は大汗をかきながらカップをガチャリと落としかけている。その時の姉上の満足した顔……。

 そして時には父上が登城した時にはわざわざ顔を出し、「再婚をお考えなら相手の身元調査は私がいたしますわ。侯爵はとても素直な方ですもの、また騙されてはいけませんから」とにこやかに告げる。

 父上は真っ青になりながら、もう再婚はしないと誓う。そんな父に姉上はまた嫌味な笑いを見せつけて汗をかかせている。

 きっと二人とも、取り締まられた方が楽だったと思う。


 姉上に権力を与えたのは失敗だったんじゃない? ねえヤギの神様



 (番外編に続きます)



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