第20話 へまをするのは子分だけじゃない
「アンヌ、この間はありがとう。騎士たちの士気が上がったし、なんだか恋人や妻に優しくなったようだよ」
「それは良かったです。恥ずかしい思いをしたかいがあります」
「いや、立派なものだった。君の歌は魂がこもっているんだよねえ」
「そりゃそうですよ。何年、師匠の歌を崇拝してきたと思っているんですか」
それに愛した人への気持ちも。
「はは、そうだね。それで、今度お礼に君を招待したいところがあるんだ」
ナリスはそう言ってアンヌを外に連れ出した。
以前、観劇に行った時のように髪型と化粧を変えたアンジェリーヌを貴族御用達のお店に連れて行ってくれた。
「ナリス様、このお店は私には分不相応です。それに身につける機会もありませんから」
「お礼に贈りたいんだよ」
ナリスはそういうと、店員にアンジェリーヌに似合うドレスを依頼した。
慌てるアンジェリーヌに、
「これだけ評判なんだから、いつか必ず王家からも声がかかるよ。ドレスはあった方がいい」
ナリスはにっこりとほほ笑む。
「……。ナリス様、何か絶対に企んでいますよね」
「企むなんて、ひどいな。でもまあ、私の専属侍女として付き合ってもらうこともあるかもしれないからね」
なんだかんだ言いくるめられて、今のアンジェリーヌには豪華すぎるドレスを頼んでくれた。
これまでこんな経験をしたことがなかったアンジェリーヌは採寸や生地や色、デザイン選びでへとへとに疲れてしまっていた。
そんなアンジェリーヌにナリスは息抜きにとお茶に誘った。
「……ナリス様、息抜きとおっしゃいましたよね?」
アンジェリーナが立っているのは、看板があるのかもわからない重厚感のある扉の前。
知らぬものではここにカフェがあることさえ分からないだろう。
一言さんお断りの完全会員制の高位貴族御用達のカフェ。
「このようなお店、私には敷居が高いです」
「大丈夫、個室だから。それにアンヌもマナーに問題はないじゃないか」
「それにしたってこんな高級なお店では私が浮いてしまいます」
「M.アッサンは今をときめく有名人なのだから自信を持って。騎士団の前で歌ってくれたお礼がしたいと言っただろう」
「お礼は先ほどドレスで過分に頂きました」
「先日も言ったけど、君の歌は心を揺さぶる。本来なら謝礼をしなければならないのに、無償で聞かせてもらっているのだから受け取って欲しい」
「ありがとうございます」
「それと騎士たちがまた聞きたがっていると騎士団長からも希望があった。あの歌は君たちの歌だというとそりゃあ喜んでいたよ」
「いや、まあ……あんなのでよければ頑張りますけど。正体がばれない様にお願いしますね」
ただでさえ、弟子のアベルが行方を知らないかとフェリクスにしつこく手紙を送ってくるらしい。
「アベルはM.アッサンの事は知っているのですぐわかってしまうと思います」
「君の弟君の事はこちらに任せておいてくれたらいいよ」
「何から何までご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」
「代わりに君は唯一無二の才能を提供してくれているのだから。もっと誇りを持っていいのだよ」
優しく笑うナリスにそう言われてアンジェリーヌは嬉しかった。が、
「嬉しいですけど……ナリス様、何か話があるのならどうぞお話しください。これだけしてくださるのだから何か私にさせたいことがおありなのですよね? あのようなドレスが必要な」
「まいったな。」
そう言ってナリスは笑った。
「お世話になっているのですから、お話は伺います。出来るかどうかはわかりませんけど」
「話が早い。さすがアンヌ。今度王宮に一緒に来てくれないか?」
「え⁈ 無理ですけど!」
おもわず反射的に断った。
これまでデピュタントで王宮の広間に訪れたことがあるだけだ。それ以外のパーティなどマノンから理由をつけては参加させられない様にされていた。
そんなアンヌの返事に頓着もせずナリスは話を続ける。
「第二王女は病弱で表に出られないという話は知っているだろう?」
「はい」
それはとても有名な話だ。これまで一度も表舞台に顔を出されたことはない。
病弱で儚い王女だと周知されていた。
「体調が悪いというよりも……なんだか人形みたいでね」
「……ナリス様。ナリス様は親戚でらっしゃるでしょうけど、さすがに不敬になるのでは?」
「比喩じゃなくてね、本当に感情がなく、話すこともなく、自分の意志もない。ただ人に世話をされて生きているだけの……陛下は大切にされているんだけど、当然友人もいないし、使用人たちでさえ反応のない相手に心から尽くすっていうのは難しいんだ」
「……そうですか。」
アンジェリーヌはお会いしたこともないヴァランティーヌ王女を気の毒に思った。
「私は彼女と年が近しいというのもあって、彼女の刺激になるようにと幼いころから陛下に招かれていたんだ。でもこれまで十数年、一度も視線があった事も声を聴いたこともない」
ナリスは寂しそうに言った。
「私はアンヌの歌をティティに聞かせてあげたい。反応はないかもしれないけど、慰めになればいいと思っている。君の歌なら心に届くのではないかと期待もあるし」
「ナリス様、買いかぶり過ぎです。私はただまさし様をこよなく愛するただのカラオケ好きなだけなのです。たまたま異世界から……あ……いえ……その……」
「異世界? どういうこと? カラオケって何?」
「何でもありません。ちょっとした言葉の綾っていうか……」
「前から色々気にはなっていたけど聞くのは遠慮していたんだ。今は二人きりだし、いい機会だから教えて欲しい」
「……黙秘権を行使します」
アンジェリーヌは汗をだらだらかいて、このピンチからどうやって脱出するか考えていた。
人と深くかかわるのはやはりまずい。気を許してしまうとついうっかり口にしてしまう。
平民になって、街に溶け込んで当たらず触らずの人づきあいで生きていくのが一番だ。
とにかくこの場を何とか言い逃れて、それからすぐにまた出て行く用意をしなければ。
よし!とアンジェリーヌが決意を固めたところで
「アンヌはすぐに家出しようとするよね」
「え⁈ な、な、なんのことでしょう?」
「自立心旺盛というか、行動力がとんでもない。とてもご令嬢には思えない、そこがまた好ましくてたまらないのだけども」
「……えっと……」
「この場をなんとか誤魔化して、その後は姿をくらまそうとでも考えていたんじゃない?」
「まさか……ほほほ」
「そう? それならいいけど。時間がたっぷりあるし、個室だしゆっくりと聞かせてもらおうかな。侍女のアンヌは主の私に隠し事するなんてしないよねえ」
「……もちろんです」
アンジェリーヌは観念した。それだけナリスを信頼していたというのもあるけれど。
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