第7話 準備
「ふんふん、なるほどなるほど」
アベルと街に出ると、アンジェリーヌはアベルそっちのけで護衛や侍女に買い物の仕方、お金の支払い方や宿や仕事について色々聞きながら歩いた。
「それで旅をするときはどこでどういう手続きがいるの? 仕事はどこで斡旋しているのかしら?」
そんな事ばかり聞かれる護衛もアベルも顔を青くする。
その質問全てが家を出て行くことを示し、平民になると言っているも同然なのだから。
「あ、姉上? あの何のためにそんなことを?」
「参考よ。今後の参考。いつなんどき何があるかわからないでしょ」
「何がって何⁈」
「だから参考までにって言っているでしょう。じゃあ、今度は治安がいい所と悪い所それぞれ案内してもらえるかしら」
これ以上色んな情報を与えると、良くないとひしひしと感じた護衛はぶんぶんと首を横に振る。
「姉上、今日の所はこれで帰りましょう! また次回必ず案内しますから」
「……。わかったわ。あ、ちょっと待って。先ほど見かけたお店で買い物だけしたいの」
そういって、服飾を扱っている店に入った。
「ここはやめましょう。平民が着る服が主体のお店です。お嬢様には別のふさわしいお店をご案内いたします」
侍女がそう言ったが、
「いいえ、ここでいいの。高い服など必要ないわ。動きにくいし、汚れやしわが気になるし、重いし」
アンジェリーヌは店に入ると、嬉々として服を選び始めた。
これまでろくにドレスも普段着の服も、アクセサリーも買ってもらっていなかったことを知った侯爵はアンジェリーヌに揃えるようにと言った。
しかし、アンジェリーヌはその分を金貨でもらった。
これから社交するつもりもない。
すっからかんのクローゼットにはドレスではなく、実用的なパンツやワンピースを揃えるつもりだった。
靴もヒール付ではなくブーツや歩きやすいもの、つばの大きな帽子や口元を隠せるようなショールなどを購入した。いつでも平民として街に出られるよう準備を進めていく。
そして一週間後にパーティが迫ったある日、ロジェから当日は迎えに行くと手紙が来た。
「ちっ。婚約解消の手紙じゃなかったのね。でも口頭では成立したのだから行く必要はないわ。だって爵位が上のあちらから告げられたのだから、か弱い私には逆らえないものねぇ」
そう言ってアンジェリーヌはその手紙を燃やした。
「……。それはまずいのでは?」
「じゃあ、アベル、女装しなさい」
「いやだよ!」
「全く、あれは何を考えているのよ。うっとうしいにもほどがあるわ」
アンジェリーヌは婚約者に向けて手紙を書いた。
「怪我のため、パーティには参加できません。因みに、お忘れのようですが婚約解消は承っておりますので、今後お誘いなどお気遣いは不要です。お手を煩わさなくて済むよう早めにお手続きお願いいたします、と。よし! これでいいわ!」
「え?姉上……これ、喧嘩売っているように見えるけど。しかも怪我なんてすぐばれる嘘を……」
「売っているわよ。早く婚約解消してほしいもの。この手紙を出すなというなら女装してもらうけど」
「ううっ。手紙にして」
そして案の定、その手紙を受け取ったロジェは怒りを露わにしたのだった。
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