112.閃き


   112



 さて。


 クモの吐露を聞いて僕がララウェイちゃんにお願いしたことというのは単純明快だった。【原初の家族ファースト・ファミリア】に事情を説明し、【王立リムリラ魔術学園】に呼び寄せる。ああ。まったく本当に、単純明快という言葉がここまで適切な行動というのは他に存在しないんじゃないだろうか? 顔合わせが済んでいたというのも大きいだろう。


 トトツーダンジョンにおける魔人サダレとの激闘。


 あの日のことは未だに夢に出ることがある。いや。というよりも割りと熟睡して夢を見ない方である僕が、唯一見る夢というのはほとんどすべてサダレとのことである。それほどまでにサダレとの戦闘は衝撃の強いものだった。……魔人。考える。サダレはいまどこでなにをしているのだろうか。そして、サダレもまた僕のことを思ったりしているのだろうか? まるで遠距離恋愛の恋人のように。


 そんなことはどうでもよく、重要なのはとにかく、あの日あの瞬間、ララウェイちゃんが【原初の家族ファースト・ファミリア】に認知されたということだ。しかも味方として。……ゆえに事はスムーズに進んだといっても過言ではないだろう。


 滅茶苦茶にしてやるつもりだった。


 というか魔人が関わっている以上、【王立リムリラ魔術学園】の秘匿性やカミーリンさんから言われたルールや規則など、僕からしてみれば守る価値のないものなのだ。


 それに――まあ後で謝ればいいだろうと僕は思う。


 きっと今頃学園内はそれなりに混乱しているのではないだろうか。スピカもそうだけれどシラユキやラズリーなど、彼女らは一切気配遮断の魔術など掛けていなかった。自分を晒していた。そして彼女達は一般からして有名人である。容姿は知れ渡っている。それはいくら監獄のような【王立リムリラ魔術学園】においても例外ではないだろう。つまるところ……まあ騒ぎにはなっているはずだ。やはり。


 さて。


 僕は現実逃避。いや。むしろ逆に頭の中にある混濁から逃げるようにして現実を見据える。視線を――スピカとレインドルに。……とはいえレインドルは蟹のように口から泡を吹き出して草原に横たわっているのみだ。


 強い太陽光線が彼の顔を照らしていた。


 スピカはそんなレインドルの顔を覗き込むようにしながらなにかを囁いていた。長い髪の毛がレインドルの皮膚のすこし上でカーテンのように揺れている。


 囁き声は聞き取れない。ただレインドルに向けての言葉でないことは確かだろう。たぶん僕の目には映らない精霊に向けての言葉だ。お願いをしているのか。あるいは命令をしているのか。どちらにせよ情報を抜き取っていることは間違いがない。


 やがてまた一分ほど。音のない穏やかな時間が流れたあとにスピカは立ち上がって僕の方に微笑みを投げた。それは聖女というよりも聖母という方が正しいような優しい微笑みだった。思わず向けられた方も微笑みを返してしまうような笑みだ。


 スピカは言う。



「うん。だいぶ抜き取ったよ。って言っても映像的な断片だけど。なにから知りたい?」

「重要そうなものから知りたいけど……とりあえず、呪いかな」

「呪い?」

「呪い。すべての呪いを解除してほしいんだけど。出来るよね?」



 ララウェイちゃんによって僕の呪いは解呪された。しかしまだアメとクモ、ナイリーには呪いが残っている。ララウェイちゃんであっても解呪できないほどの強力な呪いが。


 間違いなくレインドルが呪い手のはずだった。


 なぜなら――呪える可能性があるのはレインドルただ一人だからだ。アメとクモと過去に接触していたのもレインドル。ナイリーに接触していたのもレインドル。


 けれど。


 僕はスピカの表情を見る。表情の変化を見る。きょとんとした表情から、すこし考えるようにスピカは唇を舐める。視線を左に向ける。……それは僕のよく知っている、スピカがたくさん考えている表情だった。僕の発言を考えている。思考している。思量している。思索している。……思い当たる節がない?


 ――脳味噌の空白に稲妻が走る!


 違う。違う。違うっ。僕は勘違いしている。僕は決定的なミスを犯している。違う! レインドルじゃない! もちろんレインドルはアメとクモとナイリーと接触している。最も呪い手の犯人として考えられる相手だ。でも違う。


 僕に呪いを掛けるタイミングは、存在していない!



「スピカ」

「う、うん」

「レインドルが、この学園内で一番多く接触していたのは、誰?」

「……えっと。ナイリーさん」

「次は?」

「次は、えっと。……この学園内だよね?」

「あるいは学園の生徒でもいい」

「……オレンジ髪の人? かな」

「……それは、女子かな」

「うん。女の人だよ。オレンジ髪の」

「会話の内容は?」

「そこまでは、ちょっと。……ただ」

「うん」

「違和感はあるかも。なんていうか、その。……立場のような?」



 スピカは困ったように首を傾げながら言う。……曖昧なのは仕方がない。あくまでも映像だ。スピカが覗いたのは映像である。たとえばララウェイちゃんのように、記憶とはまた違う。とはいえララウェイちゃんほど時間が掛からないのがメリットでもあるのだ。


 オレンジ髪の女子生徒。


 メリーモ。


 電撃に痺れたあとの僕の頭の中は意外にも静かだった。しかし落ち着いているわけではなかった。思考の流れは静かだ。澄んでいる。それでも速い。頭は静かに素早く回転を続けている。摩擦で焦げることなく回り続けている。


 そして僕は確信を秘めながら言っている。



「レインドルが下?」

「……のように、見えるかな。私には」

「場所は?」

「場所?」

「ふたりがよく合っている場所。分かる?」

「……たぶん」

「うん」

「…………美術室?」



 僕は走り出す。



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