101.僕は勇者だ


   101



 僕は勇者リーダーだ。


 リーダーにとって必要なものはなんだろう? それはたくさんある。強さも必要だしカリスマ性も必要だしみんなを纏める力も必要だし……必要なものは多すぎる。そして僕はどれも兼ね備えてはいない。……ただ必要なものの中にも欠けてはならないものがある。たくさんを持っていなくともそれを持っていれば良いというものがある。


 仲間を信じること。


 そして――冷静であり続けること。


 目の前でクモが泣いていた。


 気がつけば睡眠に耽っていたはずのアメも眠りながらに涙を垂らしていた。そのアメを抱きしめるようにしながらクモは泣いていた。……「本当の双子ではない。元奴隷である」というララウェイちゃんの情報が脳裏を掠める。けれど、それが、なんだ。


 この姿を見て双子とか双子ではないとかは関係ないのだ。真の家族であるとかないとかは関係ないのだ。アメとクモは繋がっている。双子でなくとも繋がっている。家族でなくとも繋がっている。それは事実だ。それはたとえ女神であったとしても否定することのできない事実だ。


 僕はクモの背中をさすり続ける。クモはただ泣いている。言葉を漏らさずに嗚咽だけを部屋に染みこませて泣いている。……攻撃はもうされない。敵意もなければ嫌悪感もない。それはクモの心の強さゆえだった。クモが自分のトラウマに打ちったがゆえだった。


 そして僕は冷静な部分で思考を進めている。……レインドルが言葉がナイリーから発せられたときの違和感。アメとクモが見せた確かな違和感。あれは隠しているわけではなかったのか。なにかを隠しているように見えたけれど……違った。思い出せていなかっただけだった。


 レインドル。


 名を思い浮かべる。そしてララウェイちゃんから聞いた容姿を想像する。……感情がざわつく。心の水面が揺れていく。揺れは次第に激しくなる。青い水面に白波が立った。そこで僕は想像をやめる。感情を抑制する。


 そうだ。冷静であることがなにより大切なのだ。僕は勇者だからよく知っている。リーダーだからこそよく知っている。怒りに身を任せてはいけない。自分の思考を衝動に埋め尽くしてはいけない。


 部屋の外で気配が近づく。


 清潔なドアがすこしだけ軋んだ音を立てながらゆっくりと開く。姿を見せたのはララウェイちゃんだった。……ここ数日間はララウェイちゃんと僕でアメとクモに付きっきりだった。僕は学園に足を運ぶこともなかった。昼は僕。夜はララウェイちゃん。お互いに行動時間が違うからこそ出来たことかもしれない。とはいえララウェイちゃんに大きな負担を掛けていることは事実だった。


 ララウェイちゃんは明らかにくたびれていた。心なしか顔色も悪い。いつも輝いている銀髪もどこかしおれているように感じられた。……定期的に血を献上しつづける事で召喚の時間を延ばしていた。けれどそれはたとえるならば小手先の延命手術に過ぎないのだ。あるいは食物保存か。どれだけ魔術を施したとしても食物の鮮度は時間の経過とともに落ちていく。それはララウェイちゃんの召喚にしても同じである。


 またいまの時間帯――お昼というのはララウェイちゃんからしてみれば眠っている時間でもあるのだ。


 ララウェイちゃんの紅い瞳と視線が交錯する。


 そして僕はララウェイちゃんの意思というのを読み取る。


 僕はなで続けていたクモの背中から手を離す。「ぁ」とクモの声が細く聞こえる。……思考に集中していたがクモは泣き止んでいた。アメも泣き止んでまた深い眠りに落ちていた。僕は言う。



「ちょっと話してくるよ」

「……うん」

「ごめんね」

「うん」

「また来るから」

「うん」



 クモは名残惜しそうに頷く。それはいままでのクモのイメージからは乖離している。良い意味での甘えという感情が表に出てきているのか。数日前では考えられない変化だ。これは嬉しいことなのか、あるいは決して嬉しくはないのか。僕個人の感情としては前者として捉えたいところだけれど。


 上目遣いにこちらを見つめてくる視線は、まるで親から離れる子供みたいだとも思う。


 ……けれどそれは実際的に正しいのかもしれない。アメもクモも……どちらにも空白の期間があったのだ。封印されていた空白の期間があったのだ。であるならば精神状態が子供であったとしてもなんら不思議ではない。というかそれが自然だろう。


 僕は立ち上がってまたララウェイちゃんと視線を交錯させる。そして二人で部屋を出る。


 なるべく二人から離れたところ。絶対に二人には声の届かないところ。僕はララウェイちゃんの表情とアイコンタクトから彼女が望むことを理解していた。


 そして僕達は狭い玄関で向き合う。ほぼ密着しながら。


 もちろん廊下に出ることは出来ない。あくまでもララウェイちゃんが魔族であるということを忘れてはならないのだ。


 ララウェイちゃんは囁くように言った。



「いま、という単語が出たのは間違いないか?」

「……間違いないね。屍人。かなり珍しい存在だし、僕もそれなりに冒険をしてきた自負があるんだけど、ダンジョンですら見かけたことがない」

「……問題はそこにはない。屍人を使った、という風にあの小娘は言わなかったか。いや。小娘の視点からしてみれば、使か」

「言ってた。……なにか知ってるの? ララウェイちゃん」

「……あの魔人は」

「え?」

「サダレと名乗った魔人は何者だった?」



 ふいの話題の転換はしかし必要なものだと分かった。だから僕は突っ込まずに言う。



「遙か彼方の過去から甦った魔人。……でもそれだけだと整合性が取れないような気もしている。なにかしら秘密を持っていそうだと思うよ。僕は」

「……魔人なんだ。サブロー」

「……なにが?」

「過去にいた。それこそ百二十年前の話になるが――が、いた」



 さて。


 そのとき自分がどういう感情を抱いたかは分からない。あるいはなんの感情も僕は抱かなかったかもしれない。ただ奥歯をゆっくりと噛みしめていた。無意識で。



「レインドルが魔人っていう可能性、あると思う? ララウェイちゃん」

「それは分からぬ。ただレインドルと魔人に……なんらかの繋がりがある可能性は高い」

「……ララウェイちゃん」

「ああ」

「何度も何度も申し訳ないけど」

「それ以上はいいさ。首からの吸血をさせてくれるんだろう?」

「うん。たっぷりと。事が終わったら僕を枯れ木にしてくれて構わないよ」

「枯れ木など生ぬるいな。一度、土にかえらせてやる」

「それはそれで楽しそうでいいね」

「で? 我にどう動いてほしい?」


「――ところで【原初の家族ファースト・ファミリア】と顔合わせは済んでるよね?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る