96.配下
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沈黙するサダレに対してエイプリルは口角を上げた。それは上品な微笑みだった。スーツという服装にはよく似合っているようにも思えた。あるいはエイプリルという男の肉体を持つ魔人の人格に適合しているのだろうか?
ともかくエイプリルは微笑んだ。
サダレは微笑まなかった。
埃をかぶった照明が頭上で揺れている。当たり前だけれど風は吹いていない。なにか揺れるような直接的な原因もない。それでも数多の照明がゆらゆらと揺れる。まるで命を求める霊魂のように揺れる。
しばしの沈黙のあとにサダレは言う。手前の椅子を引きながら。
「まあ。それに関してはサダレも同意するよ? 確かにねー。サブローは優しすぎる。うん。サダレと戦いながら虫を逃がすくらいだしね?」
「優しさは甘さにも言い換えられる。ええ。私が
エイプリルは机に両肘をついて顎を乗せた。すると顎が際立って尖っているのが窺える。サダレは背もたれに体重を預けながら思う。ところでサダレはいまどういう表情をしているだろう? どのように
鏡を見てチェックするところは容姿とは違うところにあった。自分の肉体の
サダレは見下ろすようにしながらエイプリルに言う。
「で。なにすんの?」
「家族を狙います」
「ふぅん。やっぱり性格悪いねー」
「とはいえ優秀な家系のようですね。何度か屍人に足を運ばせたのですが……なるほど隙がない。あれは狙えない。狙ったとしても生半可では余計な警戒を生んでとてつもなく面倒くさくなるでしょう」
「へえ。サブローって家系も優秀なの?」
「そのようです。サブローだけではなく、その姉や妹も才を引き継いでいるようで」
「じゃあ屍人程度じゃ無理でしょ。そこそこ強い個体とかを送り込まないとさぁ」
「ええ。そちらに関してはご心配なく。理解しておりますとも。手配は進めております」
「あっそ。他には?」
サダレは特に興味が湧かなかった。サダレにとって興味が湧くのはあくまでもサブロー本人だけだ。あとは直接的に拳を交えたサブローの仲間達。確か【
エイプリルは微笑みを深める。
そもそもサダレは経過報告を聞きにきたのだった。最初にエイプリルに呼び出されたのが何日前だったか。暗黒の惑星と呼んでも良い魔界においては時間の経過は曖昧だ。常に活動する時間でもあり眠る時間でもある。ある意味で束縛的でありある意味で自由なのが魔界という場所なのだ。
エイプリルはアンバランスな長い舌で唇を舐めるようにしてから言う。
「サブローはいま二人の仲間を引き連れています」
「二人かぁ。でも【
「ええ。素性はアサシンのようですね」
「アサシン? なんで。勇者とアサシンって相性悪そー」
「それなりに良いトリオのようですよ。配下からの報告では」
「ちなみにさー」
「ええ」
「その配下って、何者?」
「? 私の配下ですとも。それ以外の何者でもありませんよ」
「違くて違くて。そうじゃなくてなんていうかさー、ほら。いまってサブローはどこかの学園に潜入? しているんでしょ? そうだよね?」
「ええ。素性を隠して【王立リムリラ魔術学園】というところに潜入しているようですよ。気配遮断の魔術を掛けて……誰もS級勇者のサブローであるとは気がついていないようです」
「じゃあその配下の立場ってなに?」
サダレは学園というものに馴染みがない。興味もない。けれど存在は知っている。どのような施設であるのかも。ゆえにサダレは想像する。……サブローは恐らく職員として潜入しているのだろう。生徒としては不可能だ。それはサブローの魔術的な才能や素養を考えてみれば窺い知れる。
ではエイプリルの配下――恐らくは屍人であろう存在は何者なのか? サブローのように職員として潜入しているのだろうか? あるいは生徒として学園に潜入しているのだろうか? そもそもの目的はなんだ?
エイプリルは何を目的として配下を学園に忍び込ませているのだ?
サブローとその配下が接触したのは偶然だろう。エイプリルが狙って行動を起こすとは考えられない。それは長い付き合いだからこそ分かってしまう。分かりたくなくとも分かってしまう。すべては偶然である。偶然による邂逅。
エイプリルはいつの間にかワインのような赤黒い液体に舌を這わせていた。薄汚れたワイングラスはどこから生み出したものか。その透明感のない粘着質な液体はどこから生み出したものか。そもそもどうして飲むのではなく――ワイングラスに舌を伸ばして、まるで喉を渇かした行儀の悪い魔獣のように舐めるのか。
エイプリルは赤い液体の中で舌を泳がせるようにしてから答えた。
「生徒です」
「生徒なんだ?」
「ええ。しかし優秀な配下ですからね。彼女にはある程度の裁量権を任せてもいますよ」
「裁量権? っていうと?」
「好きに手下を作っても良いと許可を出しているのです」
「ああ。なるほどね。確かにねー。エイプリルの配下ってエイプリルに似るし……色々と意地汚いことをしそうだよね」
「ええ。さらに幸運にも恵まれましてねえ。いやはや。これはもう私に手柄を挙げろと魔神様が仰っているに違いない」
「主人はなにも言わないでしょ。そういう露骨なことはさ」
「あなたはもうすこし小粋な情緒というものを学んだ方がいい。まったく。……優秀な配下ですからね。未だに正体はばれていないようです」
「ふぅん」
サブローでも気がつかないなんてことがあるのだろうか? とサダレは考えて「あるだろうな」と納得する。実際に対峙したときには「サブローはなんでも見抜けてしまう」と考えていた。けれど時間が経って振り返ってみるとそれは正確には違うのだ。もちろんサブローは目が良い。見ようとすればなんでも見抜いてしまえるだろう。
そう。
見ようとすればなんでも見抜ける。
裏を返せば――見ようとしなければ見抜けない。
「懐に入ったんだ?」
「ええ」
「それで呪いも掛けた?」
「ええ」
「正体も気がつかれてない?」
「ええ」
「なるほどねぇ」
「同時並行的に――家族。そして懇意にしている人間にも手を出す予定でいますよ」
「時間的にはどれくらい?」
「そうですねぇ――十日。と言ったところでしょうか。……ちょうど」
「うん」
「学園においてイベントが起きる時期でもあります。すべてを滅茶苦茶に壊してさしあげますよ」
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