94.寄生虫(?)


   94



 僕は言葉が出なかった。ナイリーは局部を隠して恥ずかしがっていたけれど僕は思考に意識をいていた。……同じだ。


 【トトツーダンジョン】の一階層である大草原にぽつんと存在していた教会。その教会の梁に刻まれていた紋様。それとまったく同様。同一。……僕は当然ながらに勘違いという線を疑う。僕の誤認識なのではないか? 僕の記憶違いなのではないか? いや。


 僕は僕の目を信用している。目から得られた情報の精度を信用している。記憶の正しさというものも信用している。……間違いではない。



「あ……あの? なんかめっちゃじろじろ見られて困っちゃうんですけど?」

「こらサブロー。すけべもいい加減にしろ」

「……してないよ。ごめん。でも紋様はあった。ももの付け根だ」



 僕はまじまじと見ていた視線を切る。……ダンジョンで見たものと同様の紋様であることは胸にしまっておいた。もちろん喋っても良かった。けれどナイリーはそもそも話に付いてこられないだろう。ララウェイちゃんにしてもいまはアメとクモの解呪に集中している。後で詳しい話をした方がいいだろう。


 やがて。



「――二重掛けされている」



 アメとクモの呪いから手を離したララウェイちゃんが言う。



「……二重掛け?」

「新しい呪いが掛けられている。古い方は恐らく解いた。だがまだ……新しい方の呪いは育ちきっていないな」

「……花が出ている方の根っこは取れたって考えでいい? ララウェイちゃん。……けれどまだ育ちきっていない、蕾の状態の呪いがある?」

「そうさな。とはいえ呪いは呪いだ。負荷は掛かっている」

「呪いの種類とかは?」

「分からぬ。複合的に絡み合って現在の状態になっているゆえ、な」



 ゆっくりとララウェイちゃんは腰を上げていく。そのまま反転するようにして


 ナイリーは服を着ていた。


 アメとクモはまだ寝息を立てている。


 僕は考える。


 古い呪いと新しい呪い。ナイリーの身体へのもともとの呪い。……さらに僕の身体への呪い。考える。まずアメとクモと僕。この三者に関しての呪いというのはほぼ同時期に掛けられたと考えて間違いがないだろう。なにせ僕達はこの学園に潜入してからほとんど離れてはいないのだ。ずっと一緒にいたと考えていい。


 であるならばそれは――古い呪いに適応される。古い呪いはほぼ同時期に掛けられたものだ。そして育ちきっているがゆえに解呪に成功した。僕の身体から呪いは消え去った。


 しかしアメとクモには新しい呪いが掛けられており――いつだ?


 さらに同時並行的に僕はナイリーの身体への呪いについても考える。……もちろん時期は分からない。僕達が潜入したときにはナイリーは呪われていたはずだ。そして魔術が使えないという状態に陥っていた。


 疑問なのは――呪いという点に思考が回らなかったこと。



「ナイリー」

「あ、はい」

「魔術を使えないっていう状況になったとき、呪いについては考えなかったの?」

「……考えは及ばなかったです。なんというか、その」

「うん」

「……これ、内緒にしててほしいんですけど」

「もちろん」

「闇魔術に先に触れていたので……。その。いや。もちろんそれは悪いことじゃないですけど。でもほら。やっぱりあるじゃないですか? そういうの。なんていうか。……闇魔術の代償かなって」



 どこか消沈したようにナイリーは俯く。なるほど。僕は頷きだけを返した。なるほど確かに先に闇魔術に触れていたのならば……その何らかの代償。あるいは薬術における副作用のようなもので魔術が使えなくなる。という風に解釈してしまうのも無理はないだろう。


 ゆえに僕は「なるほど。そういう感じか。納得したよ」と声を掛けようとする。


 でも。


 その瞬間。


 その刹那。


 ――僕の身体は自然と飛び退いていた。自然と距離を取っていた。窓際に背中を貼り付けるほどに逃げていた。それは殺気を感じ取ったからだ。尋常ならざる殺気を。


 視界の端で、ゆっくりと起き上がる、二つの影がある。


 変質。


 そして僕が思い出すのはだった。それは人の耳の穴よりも小さい寄生虫だ。同時に魔物でもある。その寄生虫は森や林などでわりと頻繁に見かけることができる。そこまで珍しい存在ではない。しかも人間に対してはおとなしい。危険度は低い。


 六本のバネにも似た足がある。その足を駆使して飛び跳ねるようにして移動する。……寄生虫は基本的に他の魔物の穴――口や鼻や耳。他にも排泄器官などから体内に侵入する性質を持っている。そのまま体内に巣食って血管に乗り脳味噌を目指すのだ。とはいえ免疫の強い魔物などには簡単に排除されるし……やはり危険度は低い。


 が。


 いくら寄生虫といえども個体というのは存在する。たとえば魔物ではなく人間を獲物として捉えてしまうとか。さらに寄生虫といえども個体というのも存在する。たとえば人間の免疫システムを簡単に突破してしまうとか。


 その二つが兼ね備わった寄生虫は――人間の脳味噌に巣を張って人間を意のままに操る。


 まさに――ゆらりと身体をゴムの棒のように揺らしながら起き上がったアメとクモは操られているようにも見えた。目からは光が消えていた。表情が失われていた。感情が存在していなかった。


 ただ――A級アサシンとして培われたであろう殺気だけが空間を凍り付かせていた。



「ひっ」



 小さく悲鳴を上げたのはナイリーだ。それでも僕はナイリーに視線を向けない。なぜなら殺気の方向性は僕に向けられているから。僕だけに。



「……アメ。クモ?」

「……」

「……」

「意識があるなら返事をしてほしいな。その殺気が自分の意思なら」



 言葉はない。そして音が聞こえる。僕の背後。窓際からの音。ボールが跳ねるような音。それは初対面のときの幻聴に似ている。しかしアメとクモは目の前にいる。


 ――不可思議な暗殺術。


 しかし。


 狙われているにも関わらず僕が冷静なのには理由がある。それは……絶対的強者の存在。絶対的強者が味方でいるという安心感。


 僕は呟くように言う。



「殺しちゃダメだよ。傷つけてもダメだよ。ララウェイちゃん」

「知っておるさ」



 と。


 返事が聞こえた瞬間にはアメとクモの身体がゆっくりと前に倒れていき――遅れて僕は手刀の残像を捉えている。それはあまりにも呆気ない決着だが……強者とはこういうものだとも僕は知っている。


 さて。



「参った。ララウェイちゃんには頼まなきゃいけないことがたくさんあるな」

「吸血鬼使いが荒いな、まったく」

「対価は首からの吸血でどうかな?」

「ああ。十分すぎるさ」

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