93.同一の紋様


   93



「貴様の呪いは、我では解けない」



 冷たい感情を剥き出しにしたままララウェイちゃんは言った。……ナイリーに向けて。


 対してナイリーの表情は唖然といった様相だった。それこそまさにララウェイちゃんが召喚されたときよりも唖然としていた。もちろん僕も唖然としていた。


 でもララウェイちゃんは真剣だ。ふざけてなんかいない。冗談でもない。僕にはそれがよく分かる。つまり真実として――ナイリーは呪われている?



「えっ。……あの。え? す、すいません。あの。私。あんまり状況を掴めないっていうか……え?」

「? なにを言っているのだ? 人間。貴様は呪われているだろうが。そして貴様の呪いは我では解けない。理解できないことはなにもないはずだ。頭が悪いのか?」

「えっ。え? え……」

「……とりあえずナイリー。トイレで確認してみたら? 刻印を」



 慌てふためいて現実感を消失しているナイリーに言う。とはいえ僕もまだ冷静になれてはいない。ナイリーが呪われている? どうして? どういった呪い……? いや。ナイリーが僕の言葉に促されるように教室を出る。その背中を見ながら僕は思い至っている。


 魔術が使えないという異常。


 なるほど呪いか。呪いだったのか。……しかし。



「ララウェイちゃん」

「なんだ」

「人の魔術を奪う。というか、魔術を使えなくする。なんていう呪いは存在するの?」

「……存在はするだろう。呪いとは意思であり、だ。そして念というのはどのようなものでも存在するものだ。相手の魔術を使えなくさせたい、という念も、当然ながら存在する。だろう? サブロー」

「とはいえ難しい。違う?」

「違わぬな。念というのは……呪いというのは単純であればあるほどに効果を強める。欲望と一緒だな。富が欲しい。名声が欲しい。といった単純な欲望であればあるほどに原動力となるように……呪いもまた、単純であればあるほどに力を強めるものだ」

「つまり……相当に高度な呪いだよね。魔術を使えなくする、なんていう呪いは」

「ああ」



 ララウェイちゃんは頷くようにしながらアメとクモに視線を向ける。アメとクモに関してはどうなのか? ……眠っている。相手を眠らせるという呪い? いや。


 そこまで複雑であるようには感じない。どちらかといえばじわじわと体力を削っていくような……そしてアメとクモは体力を削られて眠ってしまった。そういった見方の方が正しい気がする。



「とりあえずララウェイちゃん。お願いしてもいい?」

「そうさな。とりあえずサブローからだ。服を脱げ。刻印を見せろ」

「はいはい」



 言われた通りに僕は服を脱いで解呪を待つ。ひんやりとした手の感触が刻印のある場所に置かれた。僕は思わず身を震わせるけれどララウェイちゃんの手は吸い付くようにして離れない。そのまま……溶けかけの氷みたいな冷感がじわじわと皮膚から内蔵へと伝わってくる感触があった。


 そして手が離れる。



「解いたぞ」



 ――すっと引いていくのは脳味噌の熱だった。頭の怠さだった。そして熱と怠さが消えてはじめて僕は自分の体調が悪かったことを自覚する。……混ざっていた。睡眠不足による怠さによって隠されていたのだ。呪いによる体調の悪さというものが。


 頭が軽くなる。冴えていく。本来の僕へと戻りつつある。



「ありがとう」

「構わぬさ。次はこの二人だ。……先にもいったが、成功するかどうかは半々。成功したとしても」

「大丈夫。意外かもしれないけど、この二人って猛者だからね。なんとかなるし……なんとかならなかったら、僕がなんとかする」

「……そうか。頼もしい言葉だな? サブロー。ここでは素性を隠しているんだろ?」

「まあね。ただ。……

「好きに動けばいいんじゃないか? サブローは。……自由であった方が、我としても楽しいぞ。それにサブローの強さは自由から生まれるものだとも、我は勝手に思っている」



 ララウェイちゃんは二人の服を脱がしながら言う。たぶんララウェイちゃんは解呪の心得があるから刻印の場所に関しても察知しているのだろう。


 そして僕が目を逸らしたタイミングだ。


 たぶんトイレで自分の刻印を探していたであろうナイリーが戻ってきて――僕が「どこにあったの?」と訊く前にナイリーは涙目になりながら言う。



「見つかりません! あのっ。呪いなんてどこにも」

「サブローに確認してもらえ」



 ララウェイちゃんは当然みたいに言う。二人の呪いの刻印――紋様に両手を当てながら。声の感じからして集中しているのが分かった。ということで僕は心を消すことにする。


 ナイリーもナイリーで明らかに躊躇している。顔も段々と紅潮していく。それでも。



「大丈夫。自分で確認できないところを確認するだけだし……僕は観察は得意だから」

「……な、なんの根拠があってですか?」

「ほら。知り合いにキサラギ・ユウキっていう人がいてさ。たぶんナイリーも知ってると思うんだけど」

「え」

「あの人に目だけは褒められたことがあるんだ。だから……観察は得意だし、なによりほら。僕はナイリーの身体なんかに興奮するほど飢えてないよ!」

「それはそれで失礼じゃないですか!!」

「まあまあ」

「なにがまあまあなんですか!」

「魔術を使えなくなった原因は呪いかもしれない。それが分かるなら、さ」



 言いながらになんだか僕が脅しているみたいだなあと思う。すごく変態ちっくじゃないだろうか? でも実際に僕の言葉は正しいはずだ。魔術を使えなくなった原因が呪いのあるのだとしたら――まずそれを確認することが大切なのだ。


 そしてナイリーは緩やかに制服を脱いでいく。


 僕は感情を殺す。


 ナイリーの目と、トイレの鏡。その二つでは見つけることの出来ない場所――皮膚に視線を這わせていく。くまなく観察していく。それはまさしくスケッチするときの感情に似ている。最近だとシラユキに誘われて山に出向いて野鳥をスケッチしたことがあった。ああ。あのときの無感情にも近い。


 ただ、見る。


 ただ、観察。


 そして――足の付け根に僕は見つける。紋様を。呪いの刻印を。途端に感じるのは確かな。僕はそれを知っている。僕はその線の形を知っていた。



 ――【トトツーダンジョン】の一階層。魔人サダレと戦う前の広大な草原。存在していた教会。教会の梁に刻まれていた――謎の紋様。


 同じ紋様が、呪いの刻印として、ナイリーの肌に刻まれていた。


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