83.リックン・マーシャル


   83



「私はねぇ、ここの生徒達が優秀に魔術という学問を修めてくれるのならば、たとえ相手が魔人だろうと魔神であろうと悪魔教の幹部であろうと、構わないと思っているんだよ」



 というカミーリンさんの言葉を聞いて真っ先に浮かんだ感想というのは「狂ってるなこの人」というもの以外のなにものでもなかった。でも狂っていて当然なのかもしれないなとも僕は同時に思った。狂っていなければこの学園で長を務めることは出来ないかもしれない。


 僕が振り返るのはナイリーに対するカミーリンさんの態度である。明らかに憧れの眼差しを向けるナイリーに対してカミーリンさんは「ん。あ? 君、誰? 生徒? 興味ないから、消えてね」なんて冷たい反応を返していた。……優秀さがなければ興味が湧かない。それがカミーリンさんの基本指針なのだろうか。


 同意は出来ない。


 しかし理解は及ぶ。



「カミーリンさん」

「ん? にしても名前で呼ばれるのは新鮮でいいもんだねぇ。大抵は学園長! としか呼ばれないからさぁ」

「どこまで把握してるんですか? あなたは」

「どこまで把握しているんだろうね? 私は」



 ニヤニヤ。ニヤニヤ。波打つ口元はまさにカミーリンさんの性格を表していると言っても過言ではないだろう。……めちゃくちゃ性格の悪い師匠みたいな人だな。と僕はカミーリンさんに対する認識を改める。


 答えは教えてくれないらしい。


 でも同時に僕は悟っている。なにも教えてはくれないけれどなにかを提示するつもりではいるのだろうと。なにかを僕達に提示するからこそ僕達をこの学園長室に呼んだのだと。ただ僕達に意地悪するためだけに呼んだわけではないはずだ。


 僕はふかふかのソファに腰掛けている状態のアメとクモに視線を向ける。それからまた視線を戻してカミーリンさんに言う。



「僕達、さっき命を狙われましたよ。悪魔と契約している人間に。恐らくは悪魔教の人間でしょうね。任務の内容である幹部かどうかは分かりませんけど」

「うん。知ってるぅ。知ってるさ。大変そうだったよねえ。まあでも、君たちなら命を落とす可能性もない。私は不安もなく愉快になれる。最高の娯楽だねえ!」

「……分かりましたよ。もう。あなたは本当に狂ってる」

「最高の褒め言葉をどうもありがとう!」



 ああ。僕からしてみれば最悪。しかし魔術学園の学園長としてはある意味で最高なのかもしれない。それこそ本当にカミーリンさんの言葉に嘘はないのだろう。優秀な魔術師に大成するというのならば悪魔教でもなんでも構わないのだろう。


 僕はため息を吐きたい気持ちを押し殺しながら言う。



「で。本題は? 本題はなんですか。僕達をここに呼んだ理由。まさか『自分が極秘任務を知っていること』だけを伝えに呼んだわけじゃないでしょう」

「うん。ところで君はこの【王立リムリラ魔術学園】について、どこまでを知っているのかな? ラズリーくんから詳しく聞いたりはしていなかったのかい」

「なにも知りませんよ。ラズリーもあんまり教えてくれなかった……というか僕もこういう状況になるとは思っていなかったので、深くは聞かなかったっていう方が正しいですけどね」



 それにラズリーは一年だけだ。卒業もしていない。しかもラズリー本人はそれを引け目に感じているというかなんというか。あまり追求してほしくなさそうな雰囲気を醸していたのだ。だから僕も深くは訊かなかった。


 カミーリンさんは立っている状態からまたソファへと戻る。そしてまったくもって偉そうに足を組んだ。いや。偉い立場なのだから自然だし似合っていた。ビジュアル的にも。そのままカミーリンさんはアメとクモの肩に手を回して抱き寄せるようにしながら言う。



「ラズリーくんはうちで伝説の生徒だった。惜しいものだよ。あと半年あれば悠々と卒業出来ていただろう。最速で卒業した記録をひっさげてね」

「まあ。ラズリーはあまり記録とかには興味ないと思いますよ」

「だろうね。彼女が興味を持っていたのは……。まあいい」



 なぜかそこで睨まれて僕はすこし気圧される。僕はあまり気の強い方ではないし喧嘩とかを売られても困ってしまう方なのだ。ああ。昔はよく血の気の多い冒険者に喧嘩を売られていたものだ。特にスピカなんかはよく他のパーティーに引き抜きの勧誘などを受けていたらしく……そこのパーティーの人間には目の敵にされていたのだ。


 なんて懐かしいことを思い出しているとカミーリンさんは言う。



「なぜラズリーくんが伝説の生徒だったか、サブローくん。分かるかい?」

「そりゃラズリーは凄い奴ですからね。中学生の頃から知ってるんで。分かりますよ。僕は二十三年生きていますけど、ラズリーほど優れた魔術師を他に知らない。どんな国に行ってもです。ラズリーは」

「大会だよ」



 僕の声を遮るようにカミーリンさんは言う。最初は理解できない。けれどゆっくりと染みこむようにして僕は言葉を理解する。大会。……大会? 僕は言葉を咀嚼しながら首を傾げた。カミーリンさんは答える。



「偉大な先人の魔術師になぞらえて、【】と呼ばれている。ふふ。楽しい魔術のイベントさ。時期は未定。ルールも不明。内容も秘密。でも優勝すれば私に出来る範囲で望みを叶えてあげる……っていう、まあこの学園ならではのイベントがあってね。まあ本題は本題だから君には明かしておこうかなぁ。半月後だよ。ルールも内容も言うつもりはないけど……ふふ。職員が出ちゃいけないなんてことはないからさぁ。出ればいい。君たちも」



 一体この人はなにを言っているんだろう?


 唐突に過ぎる。ラズリーの話はどこに消えたのだ? そもそも大会ってなんだ大会って。いや。大会は分かる。【リックン・マーシャル】という……かつての偉大な魔術師の名前も理解している。それにしてもルールも内容も秘密というのは大会として成り立っているのだろうか?


 ふと過去を思い出して行き当たるのは王都で開催されていた力自慢が結集する大会だった。名前もあったはずだけれど詳しくは忘れてしまった。そこにドラゴンが出場して……準決勝のあたりで敗北したのだったか。よく勘違いされがちなのだがドラゴンの最も優れているところはりよりよくではなく肉弾戦のセンスなのだ。それに不屈の闘志なのだ。べつに力が誰よりも強いわけではなく……とはいえ負けたあとはすさんでいたけれど。



「ラズリーくんはその大会で優勝した。まだ入学して一月ひとつきと経っていない時期のことだ。ゆえに伝説となったわけだが……ふふ。サブローくんはどういう結果になるかなぁ」

「……いや。まだ出るとかなんも決めてないっていうか、うまく飲み込めていないんですけど」

「? 出ないなんていうことがあるの? 出なきゃまずいでしょ、出なきゃ」

「いや」

「君はまだ何も成し遂げていない。手がかりすら掴めていない。。そうだろう? 君は世界地図をコピーすることも出来ていない。さらに悪魔教の幹部を生け捕りにすることも出来ていない。さらにどちらも取っかかりすら掴めていない。おやおや。こんな状況でみすみすチャンスを逃すのかい? ふぅん」

「……じゃあ、『私に出来る範囲で望みを叶える』っていうのは、信頼していいんですか?」

「どうだろうねぇ。私を信頼できるなら、信頼すればいいさ。ふふ。そもそも信頼というのは相手に委ねるものであって強要するものでもないだろう? 違うかい?」



 ……考える。でも考えたところでなにかが変わるわけでもない。すこし気にさわるけれどカミーリンさんの言葉というのはある程度の正しさを持っている。


 とはいえ。



「まだ初日。初日にしては上等と考えていますよ」

「おやぁ。悠長だねS級勇者くん。ふふ。まあ君がそれでいいならそれでいいけど?」

「ちなみに、出場を決める期限とかありますか?」

「当日でもオーケーだ。ふふ。楽しみに待っているよ。……あ! ダメだからねサブローくん。半月後というのは内緒だ!」

「分かってますよ」



 ……答えつつ思う。カミーリンさんの意図というのがやはり分からないと。掴めないと。そうだ。本題を言うだけならば最初の「すべてを知っている」というフェイズは要らないはずだ。とも思うけれどあるいは僕の考えすぎなのかもしれない。すべて。


 面白ければそれでいい。


 生徒が優秀な魔術師となればそれでいい。


 意外に単純なのか。僕はカミーリンさんの基本主義を頭で繰り返しながらアメとクモに視線を配る。それから踵を返した。



「大会に出ることを決めたならまたここに来なさい。いいね」



 僕は頷きだけを返して部屋を去った。




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