81.悪魔と契約


   81



 悪魔と契約しないと使えない魔術?


 ナイリーの言葉に首を傾げつつ僕は視線を這わせる。手持ち無沙汰にしているアメとクモに。しかし二人もさすがに「悪魔と契約しないと……」の部分で驚いたように目を見開いていた。そんな魔術があってもいいのか? というか、悪魔と契約ってなんだ?


 契約そのものは理解できる。


 たとえば僕は魔族であり吸血鬼でもあるララウェイちゃんと契約している。内容は単純明快だ。吸血鬼を召喚する魔法陣に僕が自分の血を垂らす。そうすればララウェイちゃんがどこにいようとなにをしていようと彼女を召喚することが出来る。……冷静に考えてみると僕にとって一方的な契約だな。まあララウェイちゃんが望んだ契約ではあるのだけれど。


 他にも【原初の家族ファースト・ファミリア】ではスピカが数多の精霊と契約している。契約の内容は僕の知るところではないけれど……たとえば魔人サダレとの戦いにおいてはスピカが自由自在に精霊を呼び出してその力を振るっていた。そのお陰であの状況を打破できたという部分もあるだろう。


 しかし。


 魔族との契約をしている人間は珍しいとはいえ僕以外にも存在する。精霊との契約に関してはもっと一般的であり冒険者でなくとも契約している人間は多くいる(もちろんスピカほどの数を契約している人間はいないが)。


 だが悪魔と契約している人間なんて僕は聞いたことがない。



「悪魔教」



 ぼそりと呟くのはアメだった。そして僕とクモはピンとくる。そうだ。僕達が【王立リムリラ魔術学園】に潜入している目的の一つは『悪魔教の幹部を生け捕りにすること』なのだ。その悪魔教の幹部なのではないか?


 あの『犬』と『猿』を召喚して僕達を襲ったのは。


 なら現時点で最も怪しい人物は?


 ……レインドルという司書か。


 しかし。



「ナイリー」

「? あ。はい」

「何回も訊いて申し訳ないんだけど、司書のレインドルさんって今日はお休みなのかな」

「お休みだと思いますよ。そもそも非常勤ですし。そんなに学園には足を運ばないですし」

「そっか。……ちなみに何度も訊いて申し訳ないんだけど、レインドルさんなんだよね?」

「はい?」

「黒本をVの八の本棚に置いたのは。そしてそれを君に教えたのは」

「レインドルさんですよ?」



 一体この人はなにを再確認しているんだろう? もう会話の内容を忘れてしまったのだろうか? なんて声が聞こえてしまいそうなほど不思議そうにナイリーは答えていた。首も大きく傾げられていた。


 僕は弁明することなく考える。


 ……冷静になろう。僕達を襲ったのは間違いなく悪魔教の人間であろう。しかしそれがそもそも冒険者協会が任務として僕に託した『悪魔教の幹部』であるかどうかは判然としないのではないか。ああ。幹部以外にも悪魔教の人間が潜伏している可能性だってあるだろう。それも考慮に入れないといけない。


 というかそもそも僕達を襲う理由はなんだろう? 僕達には襲われるだけの理由があるだろうか? ……いや。ある。理由はある。悪魔教の人間からしてみれば僕達は敵だろう。なにせ『悪魔教の幹部を生け捕りにする』という任務を受けているのだから。


 しかし


 僕は心の中で頷いた。任務は極秘である。あくまでも僕達が学園に潜入しているのは『秘匿されている世界地図をコピーするため』だと、あの学園長であるカミーリンさんでさえ信じている。思っている。悪魔教の幹部に関しては全くの極秘。それを知るのは僕とアメとクモ、それに冒険者協会のマミヤさんを含めた幾人かだけだ。


 情報は漏れていない。


 にも関わらず悪魔と契約している何者かに襲われた。


 さて。


 この状況をどう見るべきか? なにを警戒すべきか? 僕の頭は高速で回転する。レインドルという司書が怪しいと見ていた。だがそれは誤認か? いや。それはそれで正しいのだろう。怪しむのは正しい。しかし確信が掴めない。まるで暗所で襲いかかってくる触手のようである。どこをどう見ても視界の端から未知なる攻撃がぬるりと忍び寄ってくる。どこをどう警戒してもそれをあざ笑うかのように暗闇を舞う。


 なんて。


 考えることに意識を割きすぎていたゆえに僕は気がつかない。いや。遅れる。まず最初にアメとクモが反応した。僕の視界で二人はびくりと身体を震わせて一気に臨戦態勢に移行するように重心を落とす。つま先が動く。遅れてナイリーが大きく口を開けて――目も大きくさせて、しかし言葉が出てこないという百点満点の驚きを表現する。そして。


 視界に映る三人の異変に気がついてようやく僕も気がつく。――背後の気配。


 振り返りながら瞬間的に僕は簡易魔術を発動させていた。光の魔術。周囲に害を及ばさないが至近距離であれば目が眩んでしまうフラッシュ。――指を弾いて発動させながら振り返れば、しかし簡易魔術は発動しなかった。


 背後に立つ人物。


 にまぁああああああああっ。


 彼女――カミーリンさんが浮かべる笑顔というのはまさにその擬音が正しいだろう。性悪な笑みだ。こちらを小馬鹿にするような笑みだ。……耳の先がすこし尖っている。すこし透けているような淡い金髪。


 カミーリンさんは両の口角をつり上げながら言う。



「よっすぅ。荒い歓迎ありがとさんって感じだねぇ。ふふぅん。でもやっぱ君は魔術が下手だねぇ。サントーくん。……いや。サブローくん。ふふぅん」

「……何用ですか?」

「そろそろ私の出る幕かと思ってさぁ。これでも待機してたんだよぉ? まったくさー。でも待機ってほんと嫌になるよねー! すくなくとも私の性根には合わんなぁ」

「あ、あのっ」



 僕とカミーリンさんの会話からして問題はないと判断したのだろう。アメとクモは黙って僕の傍で待機していた。そんな中で会話に割り込むのはナイリーさんだった。


 ナイリーさんの瞳はきらきらと輝いていた。その瞳はまるで――ああまるで絵本の中の勇者に憧れていたときの僕のような瞳だった。


 純粋無垢な憧憬。


 対するカミーリンさんの反応というのは。



「ん。あ? 君、誰? 生徒? 興味ないから、消えてね」

「え」

「んじゃサブローくん。あとそこのおチビさん。レッツゴーしよっか!」



 ぱちん。


 僕がそうしたようにカミーリンさんも指を鳴らす。


 次の瞬間に僕達は光に呑まれた。



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