80.ララウェイを呼び出す方法


   80



「犬と猿の描かれているページがあったはずだ」



 という僕の言葉に対してナイリーは首を傾げるでもなく「ああ。あったかもしれません」という反応を返した。それはナイリーが深く黒本を読み込んでいる証左でもあった。そしてナイリーは誰も近づかない図書室の暗所で地べたに座り込みながらページをめくり始める。


 さて。


 僕が図書室に戻ってきたのはもちろん僕達を襲った『犬』と『猿』について調べるためだ。でもそれだけが理由ではなかった。僕は黒本をめくって一枚一枚を吟味しているナイリーをアメとクモの二人に任せてその場を離れる。そして二階から一階に下りて本棚をざっと眺めていく。


 召喚の魔術本。


 ララウェイちゃんを呼び出す方法。


 ……ララウェイちゃんは吸血鬼だ。そして僕と契約をしている。僕が血の一滴を召喚の魔法陣に垂らせばララウェイちゃんは強制的に召喚される。それでもってララウェイちゃんを呼び出す為の魔法陣というのはそこまで特異的なものではない。いや。そもそも魔法陣というもの自体が特異的になりづらいと言うべきか。


 たださすがにそらで魔法陣を描けるほど僕も記憶力に優れているわけではない。曖昧には覚えているけれど曖昧では魔法陣は発動しない。特に召喚であれば尚更だ。吸血鬼を呼び出すための精確な魔法陣を描かなければならないのだ。すこしでも線が違ったりすればまったく違う種族の魔族……それこそゴブリンとかが召喚されてしまう可能性だってある。


 ということで僕は図書室を雑に歩いて魔族の召喚について書かれた本棚を探す。


 その途中だった。



「おい。あんた」



 一階の奥。


 騒がしい長机からすこし離れたところで背中から声が掛かった。振り返ってみれば鮮やかな金髪を肩上で揺らしている長身の男が立っている。僕は彼のクールな眼差しと態度と仕草となにより声音をもって観察する。観察しながら言う。



「はい?」

「あんた新米の職員か?」

「ああ、はい」



 職員。いや。正確には業者の人間だと学園長――カミーリンさんは言っていたか。いまの僕は気配遮断の魔術も相まってS級勇者サブローではなく、【王立リムリラ魔術学園】に出入りしている業者の人間である。……まあ職員であると誤認されるくらいは良いだろう。むしろそちらの方が都合が良いか。


 男……男子生徒は僕よりもすこし年上だろう。彼は明らかに僕を煙たがっているような雰囲気で声を掛けていた。ゆえに僕は柔和な笑みを浮かべて対応する。



「そうか。新米か。ならあまり余計なことをしてほしくはないな」

「……余計なことですか?」

に余計なことをするな。そもそもどうして、あいつに接触している?」



 唾でも吐きかねないような形相ぎょうそうで男子生徒は言う。僕としてはまったくわけが分からなかった。あいつというのが誰を指すのかも理解できなかった。けれど遅れて気がつく。男子生徒の視線や仕草や僕自身の行動を振り返ってみてひとりしかいないと察する。



「ナイリー、さんのことですか」

「……? ナイリーというのか? あの女は。あの落ちこぼれだよ。人に迷惑しかかけない」



 眉をひそめた表情には嫌悪感が満ち満ちていた。なるほど名前すらも知らないのか。と僕は合点がいくと同時に男子生徒がどこの席にいた生徒なのかを思い出す。……中央だ。中央の長机に座って和気藹々と議論に興じていたうちのひとりである。彼は。


 さて。


 そこでの僕の感情というのは平静だった。なぜなら男子生徒の感情というのも僕には分かるからだ。理解出来るからだ。


 なにせナイリーは過去に図書室を一ヶ月間も使用禁止にした前科がある。しかもそれはたぶん一回ではない。繰り返して何度もそのような事態を起こしている。それはオレンジ髪の女子生徒が語っていた内容を思い出せば容易に想像できた。


 ゆえに図書室を使えなくなった生徒がナイリーに嫌悪感を抱くのは当然だろう。


 しかし。



「まあ、そうですね。ただいまのところ、僕はそこまで大変な思いをしていないので」

「違う。あんたが関わることであいつが調子に乗るのが問題なんだ。分かってくれ。いまは都合が良い。あいつは魔術を使えなくなっている。それを助けるような真似をしないでくれないか。それが皆の為になる」

「助けるようなことはしてませんよ。そもそも、助けてくれとも言われていないし」

「……? そうなのか? ならあんたはなにをしている? 協力しているわけじゃないなら、どうして接触するんだ。あいつに関わるメリットなんてなにもないだろう」

「まあ。べつにメリットで判断しているわけじゃないので」



 これは随分と嫌われているな……。と僕はどこか苦笑するように思いながら男子生徒に背を向けた。もう特に言いたいこともないはずだった。僕はべつにナイリーに協力しているわけではないのだ。むしろいまはナイリーに協力してもらっている立場でもある。


 黒本の『犬』と『猿』に関して。



「……そうか。ただ、あまり関わりすぎるなよ。新米だから分からないのかもしれないが、……いや。痛い目を見れば分かるか。精々気をつけろ」



 後方で男子生徒が踵を返していく気配があった。足音も遠ざかっていく。ああ。本当にナイリーを助けるような行為をしていないと分かればそれで良かったのだろう。なんとも倒錯した感情だとも思う。


 それにしてもまるでマナ暴走問題みたいな状況だな、と僕は知識と照らし合わせて考える。……魔術暴走問題というのはいわゆる「ひとりを助けるか。大勢を助けるか」という問題でもある。……でもすこし違うだろうか?


 なんて。


 考えながら僕は自分の目的である召喚の魔法陣について記された本を見つけている。僕はその本をさらに流し読みして特定の魔法陣を探す。……ララウェイちゃんを召喚するための魔法陣。


 吸血鬼を呼び出す魔法陣。というピンポイントな魔法陣が記されているのはさすが【王立リムリラ魔術学園】の図書室といったものだろうか。僕はサバイバルポーチを漁ってメモ帳を取り出す。そして本に重ねるようにして模写した。よし。


 後は大きさを変えて僕の血を垂らせば、ララウェイちゃんを召喚することが可能だろう。


 あの『犬』と『猿』が僕達を襲撃してきた時点で僕は自分自身のストッパーを外すことを決定している。ララウェイちゃんを召喚することに関しても抵抗はない。可能であればメッセージ・バードで【原初の家族ファースト・ファミリア】を呼び出したって良いとさえ思っている。……まあメッセージ・バードを送ることが出来ればの話だ。きっと無理だ。この学園では。


 メモ帳を大切にしまってナイリー達のところに戻る。するとナイリーも僕の期待に応えてくれているようだった。嬉しそうに報告してくれる。



「ありましたよ! 犬と猿の書かれているページ。……でもこれ、私でも使えないくらいの黒魔術ですよ。……契約しないといけないので」

「べつに使いたいわけじゃないよ。ちょっと気になっただけ。……ちなみに? 契約っていうのは?」



「悪魔と契約しないと使えない魔術ですよ? これ」



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