79.常識外の図書室


   79



 閃いた内容というのはなにか。召喚術。僕達を襲った黒い粘液質な犬と猿は間違いなく召喚された存在だった。それは僕がララウェイちゃんをよく召喚している立場だからこそ分かった。召喚された存在には特有の気配のようなものが滲んでいるのだ。そして僕は気配に敏感だからこそ召喚された者とそうでない者を区別して見抜くことが出来ていた。


 ところで召喚にもいくつかの区分というものがある。それは魔術の系統にも似ている。たとえば炎の召喚獣。大地の精霊。水の異界人などなど。


 図書室に向かいながら僕は言う。両隣にくっついているアメとクモに。



「間違いなく闇の召喚獣だった。つまりは黒魔術の召喚獣だ」

「……分かんの? 兄ちゃん。まあ闇っぽいっていえば闇っぽいけどさぁ」

「絶対っていう言葉はあんまり使いたくないけど、でも確実だ。これでもそれなりに経験は豊富なんだよ、僕は」

「へぇー。エロいねぇ」

「あほか」



 クモの頭にげんこつを落としている間に図書室が見えてくる。……廊下は生徒と思しき人達でごった返していた。いままでナイリーが独占していたゆえの反動なのだろう。僕達に警告をしてくれたオレンジ髪の女子生徒の姿もあった。


 図書室のドアを開ければ賑わいがあった。


 ああ。


 図書室というのは本来であれば静かな場所のはずだ。僕は自分の学園生時代を思い返して照らし合わせる。小等学園でも中等学園でも高等学園でも一様に図書室というのは静かな場所だった。静かでなければいけない場所だった。誰も喋らない。椅子を引く物音にも気をつける。聞こえてくるのは窓際からの活発な運動部の声だけ……。


 だが【王立リムリラ魔術学園】において常識は通用しない。


 活気に満ちあふれていた。賑やかだった。誰も彼もが長机に腰掛けて議論をしている。「ああでもないこうでもない」「こういう魔術はどうだろうか」「この魔術の詠唱を略すためには……」「この魔術はここが危険だ」「この部分は短絡の可能性がある」などなど。


 観察すればいくつかのグループに分けられていた。


 明らかに魔術の素養に優れた――つまるところ体内から滲んでいるマナの濃度や質が良質なのだ。かつ魔術にたくさん触れているというのがよく分かる。ああ。ラズリーに近いかもしれない。ラズリーには及ばないまでも近い。


 そんな生徒達が長机の中央を占領するように議論していた。机の上にはたくさんの書物が積まれていた。どれも開かれている。くたびれている。なんの話をしているのかは僕では理解できない。ただ白熱した様子で魔術について話を交わし合っていることは理解できる。


 住む世界が違うな。


 僕はちょっとだけ諦めたように思う。僕には残念ながら魔術の才能がない。体内のマナに関しても平凡だ。ああ。もしも僕がこの人達みたいに才能に優れていたのなら……いや。それは彼らに失礼というものだろう。彼らは才能にあぐらを掻かずに己を洗練して【王立リムリラ魔術学園】に入学した優秀な魔術師なのだから。


 さて。


 騒がしい図書室の中を僕は見渡していく。中央はいわゆる優秀な生徒達が占領しているような形になっている。そして中央から波紋のように広がってそれぞれのグループがエリアを広げる。そこには中央に陣取る連中との間に明確な差があり……この【王立リムリラ魔術学園】においても差というのはあるのだろう。


 ところでナイリーはどこにいるのか。


 僕は二階に上がるけれどそこにもナイリーの姿は見当たらなかった。あまりこういう言葉は使いたくないけれど中央が一軍。その周りに二軍。そのさらに端に三軍の魔術師とするならば……二階にはこの学園で苦労しているであろう生徒達がたくさんいた。けれどその中にもナイリーの姿はなかった。……もう図書室を出てしまったのだろうか?


 と思ったときだ。



「見っけたよ、兄ちゃん」



 いつの間にか天井に張り付いていたクモが言う。そのクモの視線の先は埃が舞う暗所があり……恐らく誰も立ち寄らない場所なのだろう。そこだけ照明がフリッカー現象を起こしてチカチカと瞬いていた。周りには誰もいない。


 ナイリーは目を凝らすようにしながら狭い空間で椅子も机もなく床にお尻をつけて本を読んでいた。……黒本ではない。普遍的な魔術の本だ。


 僕が近づくとナイリーはようやく気がついたようだった。顔を上げて驚いたあとにすこし恥ずかしそうにして本を閉じる。



「あっ。……なんですか。私にはもう関わらないっていう約束でしたよね?」

「ごめん。僕って結構約束とかを破っちゃうダメなタイプの人間でさ。……その魔術の本は?」

「……この本に関しては気にしないでください。いつか魔術が使えるようになったときのために、勉強しているだけなので」

「なるほどね」



 と。それ以上の言葉を僕は持ち合わせていない。ただ僕は自分のアイデンティティーと合わせてどうしても我慢ならないことがある。ゆえに言う。



「こういう場所だと目が悪くなる。あっちに行った方がいい」

「……ふふ。お気遣いはありがたいですけど」



 どこか先ほどまでとは違う柔らかな笑みでナイリーは言う。それはすこし大人びた笑みのようにも思えた。ナイリーは続ける。



「あっちに私の居場所はありません。というか、ここの方が落ち着くんです。変に絡まれることもありませんから」

「……そっか」

「で、何用ですか? くだらない用だったら怒りますよ。ただでさえ約束を破られている立場なんですからね? 私は」

「ごめんごめん。……ちょっと黒本について解説をしてほしくてさ。黒魔術の」

「黒魔術ですか? なにかありましたか。特にあなた達に害は及ばなかったはずですけど」

「気になることがあって」



 首を傾げつつもナイリーは立ち上がってくれた。そしてVの八の本棚へ……俯き加減に歩いていく。どこか遠慮するように歩いて行く。他の生徒とすれ違うときは相手が頭を下げていなくても勝手に過剰なまでに頭を下げていた。それは会釈の域を超えている。


 いじめられている。


 僕はナイリーの言葉を思い出す。彼女はいじめられている。誰にいじめられているのかは分からない。どんな内容のいじめかも分からない。それでもいじめられている。


 僕は小等学園時代のいじめを重ねる。ドラゴンと一緒に解決したいじめを。それでも……いじめが終わっても彼女の心の傷は癒えなかった。一度傷ついたものは二度と元には戻らないのだ。傷を抱えたまま生きていかなければならないのだ。


 ナイリーが黒本を持って戻ってきて、そして僕は言う。



「犬と猿が描かれていたページがあったはずなんだ。一緒に探してもらってもいいかな」



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