75.真実とすこしの隠蔽
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オレンジ髪の女子生徒は「前回は一ヶ月もかかった」と苛立たしげに嘆いていた。その期間は図書室を使えなかったとも言っていた。そしてたぶん誰もこんなに早く事態が収束したとは思っていないだろう。
つまり図書室は誰も人の立ち寄らない密室とも化している。
ということでナイリーが観念するだけの材料は揃っていた。しかもS級ギャング兼アサシンであるアメに背後に張り付かれている状況ではどうしようもない。
やがてナイリーは全身の力を抜くようにして観念した。ずるずると椅子の背もたれからずり落ちていく。……その脇の下にアメが手を入れてひょいと持ち上げる。どうやらずり落ちていくことすら許されないみたいだ。
さて。
僕は黒本を閉じて手に持ちながら、ナイリーに言う。
「まず魔術を使えないと言っていた君がどうして黒魔術に関しては使えるのか。次にこの黒本が最初からVの八の本にあると知っていた理由。さらに内容も知っていたよね。その理由も聞きたい。あと知っていたらで構わないけど、この本が誰の手によって作られたものなのか。……背表紙の五芒星についても知っていたら教えてほしいな」
ちなみに嘘は通用しない。
ということは口にはせずに目で伝える。
「……あの。先に教えてくれません?」
「……? なにを?」
「あなたたち、何者ですか? 本当に職員さんですか? 業者の方なんですか?」
「新入りの職員だよ。業者の方でもあるわけだ」
「ならどうしてそこまで一生徒にしか過ぎない私に突っかかってくるんですか」
「突っかかってるわけじゃないんだけどね……」
ただ気になるものがあるから気にして首を突っ込んでいるだけだ。とはいえ……ナイリーという一個人に対して興味がないというのは嘘になるだろう。図書室に入る前の他の生徒達のざわめきと迷惑そうな顔。オレンジ髪の女生徒が言っていた落ちこぼれという言葉。
もちろん黒魔術系統の話も気になる。黒本に描かれている五芒星にも引っかかりがある。でもナイリーという個人に対しても興味があるのだ。僕という人間は。
「交換条件です。全部教えてあげますから、私にはもう関わらないでください」
「えー。おいおい姉ちゃん。そういう言い方ってないじゃーん。そもそも交換条件って言うならさ、情報を渡すのと姉ちゃんを助けたのが等価交換みたいな感じじゃん?」
「っ。……べつに私は助けてほしいなんて言ってません! あなた方が勝手に図書室に入って」
「図書室に入るのは自由っしょ。なんで姉ちゃんに制限されなきゃなんないの? 言い換えれば図書室に入って巻き込まれた感じなんだよねー、うちら。それでもって姉ちゃんも助けた。うわ! めっちゃ善人じゃんうちら!」
「まあいいよ、クモ。とりあえずそうだね。追加で……どうして図書室が暴れていたのか。そこも教えてくれるなら、僕達からは君に関わらない。それでどうだろ」
「えー! 甘すぎ兄ちゃん! 拷問しよう」
「賛成。拷問するわ」
「しないしないしないしない」
本気なのか冗談なのか僕の観察でもまるで分からない双子のアサシンはやっぱりA級なだけあった。それで僕は慌てて二人の後ろ襟を掴んで動かないようにする。けれどそんな僕達のやりとりというのはナイリーからしてみれば軽快なジョークに思えたらしい。
ナイリーはどこか重いため息を吐き出す。それからようやく話し出した。
僕の質問に対しての答えを。
「まず魔術を使えないっていうのは個人的な事情です。私はその……自分で言うのは癪ですけどなんでこの学園に入学を許可されたのかも分からないくらいの……その。いえもちろん私も地区とかだとずば抜けてたんですけど……でもやっぱり王国中の優秀な魔術師の人達と比べると……その」
「落ちこぼれってことだろー」
「っ。……でもまあ、そうです。そういうことです。……ある魔術の習得に失敗したんです。三ヶ月ほど前のことなんですけど。そのときも図書室を滅茶苦茶にしてしまって。……それからです。魔術がうまく発動できなくなっちゃったのは」
「でもこの黒本を読んで黒魔術は行使できた。それはどうして?」
「――才能だと思います」
いままでどこかぎこちなかった回答がスムーズだった。そして僕の目というのはナイリーの内側から滲み出る自信というものもキャッチしていた。……才能。
あるいは適正と呼んでも正しいだろうか。魔術というものには系統があり適正がある。僕なんかは才能がないからすべての系統において平均を下回っている程度だ。でもラズリーとかはほとんどすべての系統が平均を大きく上回っている。なんて考えていたら系統の適正という部分に関して僕の感覚が麻痺してしまうのも無理はないのかもしれない。
たとえば最も分かりやすい系統でいえば火や水や風だろうか。他にも細やかな分類でいえば灰や圧力や金属なんていうものもある。
黒魔術。
ナイリーには適正があったのか。他の魔術が使えなくなってしまったにも関わらず黒魔術だけは行使できるという適正。
「ちなみに調べたりはしたの? 適正に関して」
「いま調べてもらっている最中です。でも間違いはないと思います」
王国の魔術を取り扱っている機関に申請すれば自分の現時点での適正をおおよそ知ることが出来る。とはいえ調べるのには時間が掛かるし結果のムラが大きいのも事実だった。その日の体調とかここ一ヶ月でなにに触れてきたのかとか。そういったものにも適正というものは引っ張られてしまうのだ。
とはいえナイリーに黒魔術の才能や適正があるのは疑いようもないのだろう。それはなによりナイリーの全身から漲っている自信が教えてくれる。
「で、それを知ったのはどうして?」
「……」
「自分に黒魔術の才能がある。自分には黒魔術の適正がある。っていうことを知るのは自分では難しいと思うんだ。なにせ試そうとも思わない魔術だから。普通の感覚なら」
「……それに関してはあなたが間違っています。まず第一に、私は黒魔術以外の魔術がすべて使えなくなってしまった。それでも藻掻いて足掻いて――黒魔術の可能性すら探そうとするのは普通じゃないですか? これでも私は魔術師。しかもここは王立リムリラ魔術学園。黒魔術を学ぶことも許可されているんですよ」
真実。
すこしの隠蔽。
僕はナイリーの言葉に真実を嗅ぎ取る。ナイリーの言葉は正しい。これに関しては僕が間違っている。ただすこしの隠し事も混じっているようだ。なにかしらの事情があるのだろう。僕には言えないなにかがあるのだろう。
「なるほど。ごめん。これに関しては僕が間違ってたな。申し訳ない」
「いえ。分かってもらえれば」
「次なんだけれど、じゃあどうして黒本がVの八の本棚にあるって知っていたのかな」
「自分で探したので」
「うん。それは嘘だね」
ちゃんとした真実の後だからこそ純度百の嘘というのは容易に見抜けるというものだった。そして僕の指摘に対してナイリーは一瞬だけ否定しようとした。顔を強ばらせた。でも僕もまた自信に満ちあふれた表情をしていたのだろう。ゆえにナイリーはなにも言わずに息を吐く。
それから言う。
「……教えてもらっていたので」
「誰に?」
「図書室の司書さんに。Vの八の本棚に黒魔術の本があるっていうことを」
「時期は?」
「え?」
「教えてもらったのはいつかな」
「それは……ええと」
「魔術を行使できなくなる前。違う?」
直感だった。
違うならば違うでいい。
それでもナイリーの表情というのは明確に僕の直感が正しいことを告げていた。司書がナイリーに「黒本がVの八の本棚にある」と告げたのは、ナイリーが魔術を使えなくなる前。もっと以前。
「兄ちゃん!」
僕が司書という存在に疑惑を抱くと同時にクモが言う。クモはいつの間にか僕の隣を離れて遠くにいた。無数に整列していると思える本棚と本棚の間にいた。
「Vの八の本棚。黒魔術の本はそれしかないっぽいぜー!」
――さて。
「ナイリー。その司書さんを僕と引き合わせることは可能かな?」
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