74.黒魔術
74
まさか図書室に入ったと同時に「失敗しちゃったああああああ!」なんて叫び声が聞こえて次の瞬間に図書室全体が襲いかかってくるなんて夢にも思わなかった。
「兄ちゃん避けるのうまいねー。さすが。伊達じゃないっ!」
「まあね」
S級とか勇者とか余計なワードは出してくれるなよ。なんて思いながら僕は自動――いや自律で攻撃してくる図書室の本や紙をてきとうに避けていく。ちなみにアメとクモは休憩ということで二階で待機していた。
クモは手すりに身を預けるようにしながら僕を見下ろしてやいのいやいのと野次を飛ばしてくる。大してアメも手すりに身を預けるがその視線は手元の本に向けられている。……本当に性格の違う双子だ。容姿こそ同じだけれど本当に血の繋がった双子なのだろうか? という疑問は蓋をするに限るか。
やっと進展があったのは僕が二人と交代して十分ほど経った後だった。
「見つけましたっ! なんとか出来るかもしれません!」
「姉ちゃんさぁ、なんとかしてもらわないとうちらも困るよー」
「なんとかするのは当たり前」
「っ。……あと三十分ください!」
「三十分っ!?」
攻撃を避けながらでもクモの目を剥いた表情というのは容易に想像できた。そしてまあ僕は文句を言わずに避けることに専念することに決める。でも専念するまでもなく回避というのは容易だった。何度でも繰り返すが生きていない攻撃など僕にとっては止まっているのに等しいのだ。
そして。
クモと会話したりアメと会話したりたまにナイリーに対して「あとどのくらい?」と声を掛けながら時間を潰していく。しばらくすると飽きたらしいクモが混ざって一緒に裂けたりして……三十分は意外とあっという間に経過した。
本と紙が忽然と姿を消す。
それはあまりにも突然すぎてリアクションすら取れない現象だった。そしてぴた、と僕とクモは顔を合わせるようにして硬直する。避けるはずだった紙吹雪も本から放たれる魔術もなにもかもが虚空に吸われるようにして消えたのだ。
「あああああああああああああっ! 最悪っ!」
叫び声もまた突然である。もちろん叫んだのはナイリーだ。二階で絶望の悲鳴が上がって……跳躍して様子を見に行くと赤毛の頭をくしゃくしゃにかき回していた。普通に怖い。
「……どうかした?」
「この魔術ダメなやつでしたっ! 消しちゃった! もう最悪です! はぁぁぁあ」
「……どんな魔術か分からないで使ったの?」
「いや分かってるけど分かっていないっていうか! ……普通に最悪ぅ」
ナイリーはまた頭を掻くようにしながら恨めしい目で手元の本に視線を落とす。その本はぱっと見でどんな本か分からないほどに黒かった。ただただ黒くてまるで子供が悪戯で黒く塗りつぶしたような本だった。しかし背表紙に描かれているのは『『五芒星』。……五芒星? いや五芒星だからなんだ。とはいえしかし気になる。
そして僕の露骨な視線に気がついたのか。ナイリーは恨めしい目線を僕へと向ける。首を傾げながら言った。
「なんですか? 怪しい本じゃないですよ。……いや。それは嘘かもしれないですけどっ。でもほら。ちゃんと図書室にあるって時点で怪しい本じゃないですよ!」
「いや。嘘だな」
僕はナイリーの言葉ではなくナイリーの表情と目線と仕草を観察して思う。そのナイリーの身体の動きというのはやましいものを隠している者の動きだった。すくなくとも僕にはそう思えた。そして僕の目が判断するということはきっと僕の疑いは正しい。
ふと気がつけば僕の両隣にはアメとクモが立っている。
気配のない動き。二人の視線はナイリーへ向いている。そしてさらに僕は気がついている。二人の放つ気配というものが子供じみたものから闇ギルドに所属するギャングのものへと変わっていることに。
「いや……嘘って」
「はい兄ちゃん」
ナイリーが口を開いて言葉を吐き出した瞬間だった。それこそ僕の目にも残像しか見えない速度でアメがぱっと本をナイリーから取り上げてしまう。そのまま僕にパス。ナイリーはすこし驚いたあとに「ちょっと!」と立ち上がるが……いつの間にかその背後に立っているアメに肩を押されてまた座る。
「っ」
怒りを滲ませてナイリーは立ち上がろうとする。だが立ち上がれない。アメはただ肩にぽんと手を乗せているだけだというのに。その様子をクモは意地悪にニヤニヤとしながら見守っていた。
そして僕は遠慮なく本をめくる。背表紙に五芒星が描かれている明らかに怪しい黒本。……魔術の本らしく中身は文章ではなく図が多かった。さらに図の内容は古い。最新の本ではない。かなり昔に作られた本であることが分かる。
髑髏。
墓場。
枯れ木の森林。
口から血を吐き出す人間。
生首の飛ぶ人間。
四肢をもがれた人間。
身体に無数の穴が空いた人間。
さて。
僕はクモと一緒にぱらぱらと流し読んでいく。もちろん僕には魔術の才能も素養もない。ゆえに読んだところで魔術が使えるわけでもない。それでも描かれている内容というものはよく分かる。……どう考えてもまともな本ではない。どう考えてもただの魔術の本ではない。
この魔術本は――黒本はなにか。
僕は本を閉じてもう一度五芒星を確認する。……頭に浮かぶのは魔人サダレが去り際に言ったヒントだ。魔人を倒すためのヒント。五芒星。
僕は言う。
「で、この本はなに?」
「…………書かれてる通りの本ですよっ。べつにいいじゃないですか。事態を収束させたんですから! ちなみに三十二ページの内容を応用したんです。……そしたら本まで消えちゃった。本当にもう!」
「おーい。姉ちゃん逆ギレはよくないってぇ。どう考えても黒魔術の本じゃん」
「っ。黒魔術がいけないんですか? 言っておきますけどこの学園では黒魔術だって許可があれば学んでいいんです! そんなことも知らないんですか?」
「え。そうなの? そんな無茶苦茶なのかよー、この学園」
「僕が聞きたいのはそういうことじゃない」
べつに黒魔術がどうとかはどうでも良かった。なぜなら【
どうでもいいが……とはいえ中に描かれている内容が問題だ。
「人を殺めることに特化してる。黒魔術の中でもたぶん最大限にヤバい内容だよね、これ。……しかもどこの誰が出している本なのかも明記されていない。なにより問題なのは、君が最初からこの本の存在と書かれている内容におおよその当たりを付けていたことだ」
Vの八の本棚。
そこにこの黒本があることをナイリーは最初から知っていた。
しかも黒本の内容も知っていたのだろう。
「もうすこし詳しく君から話を聞きたいんだけど……時間を稼いだお礼くらいはしてくれるかな」
ナイリーの肩に置かれたアメの手が、ほんの僅かに力を強めた。
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