72.秘密と謎の学園
72
王立リムリラ魔術学園は秘密と謎に隠された学園である。
まずもって学園がどこにあるのか。ということすらも一部の者にしか明かされてはいない。それに学園内にどんな施設があるのか。設備はどうなっているのか。またどのような授業が行われているのか? 課題はなんなのか? 生徒達はどういった生活リズムになるのか? ということすらも秘密に隠されている。
ゆえに卒業の基準すらも明確にはなっていない。はっきり言ってしまえば怪しい。こんな意味の分からない学園に入学を希望する者などいるのか? ……溢れんばかりにいる。入学を希望する者は絶えない。なぜなら卒業した場合に得られる恩恵――それは【ライネルラ王国】という国によって保証されているのだ。
それこそ卒業者のほとんどは【王国魔術団】に配属される。そして国によって孫の代まで面倒を見てもらえる……というのが一連の流れになっている。まあもちろん【王国魔術団】に入らず冒険者になるププムルちゃんのような希有な存在もいるけれど。
とはいえププムルちゃんにしてもある程度は国に面倒を見てもらえるはずだ。それになにより彼女が望むのならばいつでも【王国魔術団】に所属することが可能だろう。
というのがが王立リムリラ魔術学園という場所だった。
さて。
そんな無茶苦茶な学園に足を運ぶのだから僕の緊張というのは大きなものだった。そしてワクワクというのも。色々な意味で僕は胸を躍らせながら王立リムリラ魔術学園――そこは王国西部にある【フモト山脈】の北側。
酸素とマナの薄い高山に存在していた。
警備は当たり前だけれど厳重だった。門扉は二重に敷かれている。その二重の門扉には詰め所が存在しており学園に雇われた騎士達が容赦なく得物を構えていた。私有地ゆえの暴力のにおいと言っても過言ではないだろう。
そして僕と双子のアサシンはとことこ歩いて普通に門扉を抜けた。騎士達はなにも言わなかった。ただ「新しい入学者か職員か」といった視線を僕達に向けるだけだ。
……学園長であるカミーリンさんが僕に施したなにか。それが影響しているのは間違いなかった。ほっと安堵の吐息が漏れる。しかし同時にカミーリンさんの続く言葉も脳裏には気泡のように浮かび上がる。
『これでオッケー。その双子? ってのは君と常に一緒ね! じゃないと警備に殺されちゃうから注意って感じでー』
めちゃくちゃに軽い感じで言っていたけれどたぶんその言葉は真実であるはずだ。アメとクモに関しては僕と常に一緒でなければいけないのだろう。ただし一緒という定義は難しいものがあった。それは範囲で決まっているのだろうか? どこまで距離が近ければ一緒でありどこの距離から一緒ではないと判断されるのだろう?
「やべー兄ちゃん。うちら学校なんてはじめてだよっ。なんか興奮するなぁ」
「うん。する」
山の上の校舎はさらに天を
正面門扉を外郭とするならば校舎の門の先は内郭。そうして考えてみればまさに城だ。
「兄ちゃんは? ねえ兄ちゃんは? 興奮する?」
「ん? うん。興奮というかワクワクというか、学園っていう感じだ」
「そりゃ学園なんだからそうっしょ! あはは! いやぁ学園。すげー。こんな感じなんだ? え。制服とかはない感じなの? 制服とかうち結構憧れあるんだけどなぁ」
「他の学園ならあるところはあるよ。ただ、ここはちょっと特殊だからね」
「へぇー。まあうちらでも知ってる学園だしな。そりゃ特殊っちゃ特殊かー」
クモは興奮した様子を隠さずに声音を高らかにする。その隣に並ぶアメは相変わらず無表情で氷みたいに冷たいけれど内心でテンションが上がっているのは指先のもじもじした仕草から明らかだった。うん。一週間とはいえ共同生活を送ったのだから僕の二人に対する見る目というやつも鍛え上げられている。
校舎の入り口周辺でも警備らしき騎士達が得物を隠さずに巡回していた。とはいえその騎士達に構わず素を出しながら生徒らしき人達が歩いたり走ったりしている。あるいは魔術で遊んだり浮かんだりしている。……得物を前にして素を出せるのは強さゆえだろう。自信ゆえだろう。
魔術に対する圧倒的な誇り。
ちなみに王立リムリラ魔術学園の生徒達はそれこそ老若男女問わずである。白髪の目立つ腰の曲がったお婆さんもいればアメやクモと変わらなそうな十代前半の子もいる。探せばもっとお年寄りはいるだろうしもっと幼い子供もいるだろう。ただ共通しているのは――圧倒的なマナの内包量というところだろうか。それは僕の目であれば見るだけで理解できた。
まったくもって特殊な学園である。
さて。
僕達は騎士達の間を抜けるようにして校舎の門をくぐる。そこには一面の緑と花畑の庭が広がっている。まるで【トトツーダンジョン】の一階層みたいな光景だ。それを思い出しながら庭を抜ければ人々の行き交うホール。
天井には鏡のモザイク。吹き抜けの空からは光が降り注いでいる。
「で、兄ちゃん」
「ああ」
「どうするよ。まず、どっちからやる? うち的には危なそうなやつからがいいなーって感じだけど? なにせうちとクモの本領発揮できちゃうしねー」
「うん。任せて」
「いや、最初は安全そうな方からだ」
ホールで立ち止まりながら僕達は小声で会話する。僕の言葉に対してアメもクモも露骨に嫌そうな表情をした。その表情の内側からにじみ出てくるのは「面倒くさい」という本音以外のなにものでもなかった。
それでも安全な方からだ。
つまりは――秘匿されている世界地図の入手。闇ギルドの幹部とかいう皆目見当もつかないような任務の方は後回しである。まずは師匠からの依頼の方が優先されるべきだ。
「びびってんの? 兄ちゃん。だいじょーぶだよ。うちら強いし」
「そういう問題じゃないさ。危ない方がたとえ上手くいったとして――僕達はすぐにこの学園を離れなくちゃいけなくなる。そうだろ?」
闇ギルドの幹部とやらを生け捕りにしたとして――その幹部は王立リムリラ魔術学園において立場のある人間のはずなのだ。それが生徒なのか職員なのかは分からないけれど。とにかく何らかの立場が築かれている。
であるならば生け捕りに成功した時点でこの学園を離れなければダメだ。でなければさらに面倒なことになることは間違いない。それこそ僕達の方が「誘拐犯」みたいに思われて学園中から狙われてしまうなんていう事態も考えられるのだ。
ということを事細やかに説明せずとも二人は気づく。あるいは気づいている。ゆえにクモは舌を打って言った。
「ちぇー。退屈なのは好きじゃないんだけどなー、うち」
「私も」
「まあ退屈かどうかは分からないぜ。というか、退屈でない可能性の方が僕は高いと思うけどな……」
なにせ学園長であるカミーリンさんが言ったのだ。
『君さぁ、うちの学園をなめてない?』と。
あのときの挑発的な表情と発言を僕は覚えている。……そして強い光のある瞳も。あの表情と言葉の裏側にあるのは「君なんかじゃ世界地図をコピーなんて不可能だよ」という言外の本心だった。
だからたぶん……退屈な思いはしないだろう。
「ま、とりあえず図書室にでも行こうか。一番それっぽいしね」
「えーっ。やだやだ。なんで学園に来て図書室なんだよー。まずは食堂でしょ! あとうち授業とか受けてみたい! 受けたことないからさー」
「私も教室がいいわ。教室に行ってみたい」
「後でね、後で」
「えーっ」
……どうしようかな。なんだかちょっと可哀想だし僕ひとりだけ図書室に行こうかな。アメとクモには初めての学園とやらを楽しんでもらうのもアリなのではないだろうか? とか考えるが結局のところ足かせになるのは「一緒でなければならない」という点だった。
そうして僕達は校舎の中を彷徨い歩いて……図書室を見つけたのが三十分後のことだった。あまりにも広すぎるし複雑な校舎なのだ……。
そして図書室の前の広い廊下は混雑としていた。
なにがどうして混雑しているのかは分からない。ただ図書室に入ろうとドアを開けた生徒は漏れなく「マジかよ……」という表情をしてドアを閉めるのだ。そして引き返していくのだ。その連続によって混雑していることは明白だった。
しかし僕には立ち止まる理由がない。ゆえに普通に図書室に入ろうとして――声を掛けられる。
振り向けば夕暮れのようなオレンジに輝く長髪の女性が立っていた。生徒と思われた。ただ年齢は僕と同じか、年上か。
「ボーイ。いまは図書室に入らない方がよろしいわよ」
「……なんで?」
「なんで? ってあなた……。ああ生徒ではないのね。職員さんかしら。とにかくいまはやめておきなさい。下手すれば死ぬわよ」
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