69.出発

 

   69



 なぜに一週間も双子のアサシンと共同生活を送っていたのだろう。と一週間が経ったあとにふと思ってしまうのは僕の間抜けさが原因だろうか。あるいはアメとクモの二人が人の懐に入り込むのが上手いのか。どちらも影響していそうだなと僕は思った。


 ――早朝。本日の王都は晴れ時々曇りの予想。風はすこし強い模様。


 朝七時前の空は【惑星ナンバー】の遙か遠くにあるであろう違う惑星まで見通せそうで好きだ。僕はリビングに敷いた布団で眠っている双子を置いて外に出ていた。ちなみにその布団は【原初の家族ファースト・ファミリア】の誰かが泊まりにきたときに使っている布団である。とはいえ主にスピカとラズリーしか使わない。シラユキはちゃんと自分の寝床に帰るしドラゴンはそもそも布団なんかでは寝ないからね……。


 出発日ということは意識していなかった。それでも胸はすこしざわざわしている。無意識のうちに緊張しているのだろうか。ただ悪い緊張ではなかった。依頼や任務の前というのはすこしばかり緊張やストレスがあった方がいい。パフォーマンスに影響が出るから。


 ……とはいえ潜入なんだよなぁ。戦うわけではないのだ。冒険をするわけでもない。任務は二つ。『秘匿されている世界地図のコピーを入手すること』。そして『悪魔教の幹部を生け捕りにすること』。後者に関してはまだ僕の領分かもしれない。けれど前者に関しては……まあ師匠の依頼だから仕方ないか。受け入れよう。


 なんて。


 考えながら僕の足が向かうのは馬車乗り場だった。そこには老人が多かった。移動用の魔術の発動を億劫に感じている年齢なのだろう。僕も歳を取ったら馬車乗り場を活用するように……いまでもなっているか。僕は単純に面倒くさいだけだけれど。


 向かうのはとある小等学園の近くだった。


 というか僕が通い、ドラゴンと出会った小等学園の近くだった。


 その近くで馬車を降りてまたすこし歩く。小等学園生がちらほらと通学する時間にも重なっている。そんな彼らを微笑ましく見守りながら僕が到着するのは一軒の古びた家の前だった。……家。というよりは店か。


 駄菓子屋。


 その通りには住宅が並ぶ。朝の日が色とりどりの住宅の屋根を照らしている。軒先の影が道に落ちていた。


 馴染みである駄菓子屋のシャッターは落ちていた。いつも開くのは小等学園の終わりの鐘が鳴ってからである。店主のお婆ちゃんは元気にしているだろうか? 噂では不老不死かっていうぐらいずっとずっとずっとお婆ちゃんらしい。本当はお婆ちゃんに擬態している魔女なのではないか? と噂が流れるくらいには。


 閉じたシャッターの前には安心の顔ぶれが揃っていた。



 ――【原初の家族ファースト・ファミリア】。



 連絡したのが三日前だった。



「よっす。遅くなってごめんごめん」

「うん。大丈夫だよ」

「今日はどうかしたわけ?」



 シラユキとドラゴンは片手を挙げて応じてくれる。僕も手を挙げ返す。それからラズリーの質問に答える。



「たぶんもう話は耳に入ってると思うけど、【王立リムリラ魔術学園】に潜入することになっちゃってさあ」

「ああ、聞いたわよ。マミヤも無茶言うわよね」

「まあマミヤさんの無茶ぶりっていうか、協会側の無茶ぶりなんだけどね……」

「なにかサポートが必要かな? 出来ることならなんでもするよ?」

「いや。サポートはまた別にいるから大丈夫。ただ、しばらく会えなくなりそうだしね。ちょっとした顔合わせって感じだ」

「ありがたいよ、サブロー。私も、しばらく忙しくなりそうだから」



 すこし肩をすくめるようにして言うのはシラユキだった。その仕草は妙に演劇ちっくでシラユキにはよく似合っていた。



「俺もだ。魔神関連で、裏の人間とすこし話を詰めなきゃならねぇ」

「……闇ギルドかぁ。ギャングの連中には気をつけなよ? ドラゴン」

「当たり前だ。俺がへまをすると思うかよ? サブロー」

「へまはしないだろうけど、問題は起こしそう……」



 ちなみに冒険者協会と協力関係にある人達を冒険者・勇者と呼称するのであれば闇ギルドの連中はギャングである。アメとクモにしてもアサシンという職ではあるけれど通称はギャングだ。


 ちなみに闇ギルドにもいくつかの細分化があるらしい。そこは一枚岩である冒険者協会とはちょっと違う。闇ギルド同士によって派閥争いのようなものもあるらしい。それで流れてくる依頼の取り合いをしているとかなんとか。……まあ僕には関係のない話だけれど。



「スピカとラズリーは?」

「あたしもまた王都を離れるわ。別件ね。ちょっと顔を合わせたりしないといけない予定があるのよ。面倒だけど」

「そっか。となるとラズリーもしばらく会えないかぁ」

「会いたいの? ならいくらでも会えるわよ。あんな学園の警備なんてちょろいしね。毎日でも転移で飛んでいけるわよ?」

「いや、べつにそれはいい」

「っ、はあ? なにそれ! まるで会いたくないみたいじゃない!? ねえっ!」

「スピカは?」

「私もちょっと各国の冒険者と話さないといけなくて……。これも魔神関連なんだけど」

「なるほどねぇ」



 キーキーと怒っているラズリーをシラユキがなだめていた。それを横目に見ながら僕は顎をさするように手を動かす。……魔神関連。その当事者といっても過言ではない立場に僕たちはあるのだ。そして僕の任務にしても魔神関連で発生した任務である。世界地図も、悪魔教の幹部とやらも……。


 【原初の家族ファースト・ファミリア】はこれからどんどんと忙しくなっていくだろう。


 そうなってしまえばみんなで顔を合わせる機会というのも減ってしまうかもしれない。そうして考えてみれば今日すこしの間だけれど集まるというのは悪くなかったかもしれない。


 とはいえいままで僕たちはずっと一緒だったのだ。ずっと同じメンバーで何年も一緒にずっと冒険を続けてきたのだ。ありとあらゆるダンジョンに潜ってきた。ありとあらゆる修羅場を抜けてきた。たくさんの野宿や野営を経験した。多くの喜びを分かち合って多くの悲しみを支えてきたのだ。


 ゆえに会話はほんのすこしで良かった。


 たった十分程度。


 顔を見合わせて会話する。


 それだけで事足りた。


 ……それに、どうせ困ったときには駆けつけてくれる。


 僕たちはまた思い思いに別れて――家に帰ると既にアメとクモの二人は起床していた。そして一週間の繰り返しのように台所で料理を作っていた。皿に盛られた料理はリビングに運ばれる。三人で会話をしながら朝食を食べ終え――準備を終えて外に出る。



「よし、行こうか」

「……なんか兄ちゃん、いつにもまして晴れやかな顔してんなぁ」

「誰と会ってたの。お兄さん」

「仲間」

「あ、これあれだぜアメ。愛人と会ってた顔だ」

「しー。可哀想よ」

「……締まらないなぁ、まったく」



________________________________




『S級勇者は退職したい!』の書籍化が決定いたしました。


日頃読んでくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございました!


これからも書き続けていきますので、よろしくお願いいたします。

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