68.僕は勇者で双子はアサシン


   68



 夜の公園で双子と別れてから家に帰って僕はお風呂を堪能してから就寝した。寝る前に考えることっていうのは依頼についてだった。いや。どちらかといえば王立リムリラ魔術学園についてだった。どんなところなのだろう。どういう人達がいるのだろう。


 マミヤさんとの別れ際に言った言葉は嘘ではない。ワクワクしている。ちょっとワクワクしているのだ。これは強がりでも虚仮こけでもない。どうしてこんなにもワクワクしているのだろう? と考えてみれば答えは簡単だった。


 僕にとって学園生活というのは素晴らしくて幸福なものだったからだ。


 そうして幸せな思い出に浸りながら眠って朝陽が燦然さんぜんと輝き出す午前八時に起床した。寝ぼけた頭。冴えない脳味噌。ぼやける視界。でも違和感というのを確実に僕は捉えていた。その違和感は一階にある。……知っている気配が一階で動いている。リビングとキッチンのあたりか。


 果たして僕はそのときどんな感情を抱くべきだったのだろう? もはや寝起きだったので僕はどうでもよかった。ほぼ無味乾燥した感情で階下に下りてその気配――同時に朝食のにおいというものを嗅ぎ取った。


 リビングには小柄すぎる人影がある。



「ん。おはよー兄ちゃん。頭やべえぞ? 寝癖ぼーぼーだ」

「……なにしてんの、君たち」

「声がらがら。うがいを推奨するわ」

「なにしてんの」

「あれ。兄ちゃんはあれか? おはようも言えない系のだらしない感じなん? いいねー。うちはだらしないの好きだぜ」

「……」

「顔も洗った方がいいわ」



 ……。


 よくぞ僕に気がつかれずに家に侵入したな? と僕は褒めるべきなのだろうか。いくら熟睡しているといえども僕は気配にそこそこ敏感な性質たちだ。家の警備だって王都の中ではそれなりに整っているのである。硬い方なのである。……まあ褒めるというのは変な話か。


 双子のアサシン――アメとクモはキッチンで朝食を作っていた。なぜに作っているのかは分からない。目的も意味も分からない。あるいは昨晩のような悪戯じみた行為なのかもしれない。既にご飯はほとんど出来上がりつつあった。活発なクモがてきぱきとした動きで皿をリビングに運んでいく。


 僕はすこし迷ってから洗面所に消えた。そうしてクモに言われた通りの寝癖を直す。さらにアメに言われた通りにうがいをする。がらがらぺっ。そして最後に顔を洗ってリビングに戻れば既に料理は揃っている。豪勢といっても差し支えない量の朝食だった。朝食にしては量が多すぎるのではないか? と思えるほどの品数だった。



「……いろいろありすぎて頭が回らないな」

「朝から頭なんて回すもんじゃないぜー。いただきまーす」

「いただきます」

「……いただきます」



 ほとんど流れに身を任せて僕は朝食を胃に落としていく。これでも冒険者として歴が長いので食べられる量にはそこそこ自信がある。しかしアメとクモは僕以上の大食らいだった。ばくばくばく。なるほどこの量の朝食を作るのも納得というものだ。材料は朝のマーケットで買ってきたのだろう。僕の買った覚えのない野菜がみじん切りされている。


 そして僕は食べながらに言う。



「で、なにこれ?」

「? 朝食だぜ。美味しいだろ? うちらの得意料理なんだよ」

「……美味しいよ。でも、そういうのじゃない。なんで君たち、僕の家にいるのさ」

「家を知っていたから」

「そういうことじゃなくて。てか一週間後に集合じゃなかったっけ?」

「気ぃ変わったんだよなー。親睦を深める的な? まあそーゆー感じだよ」



 白い歯を見せてクモが笑う。その隣でアメは粛々とご飯を平らげていく。


 まったくもって意味が分からない。とはいえ「帰れ!」なんて言うつもりもない。敵意や害意がないのを僕は感じ取っている。それになにより――やっぱり僕の根底にある部分として僕は人間が好きなのだ。もちろん僕の命を狙ってくるような悪人は好きになれない。害意を加えようとしてくる輩も辟易へきえきする。でもそうでないのならばたとえアサシンであろうとも僕は好きだ。


 僕は人間が好きだ。


 ということで追い返す気にはならなかった。まあいいや。なんて考えながらご飯を食べ終える。綺麗になったお皿は速やかにアメによって回収されてしまった。そのままアメはひとりでお皿を洗って後片付けをしてくれる。……なんだかこの場面だけを切り取ったらすごく仲の良い家族みたいだな。僕が父親でアメとクモが娘という構図の。


 そしてクモは膨らんだお腹を撫でながら言う。一体どうしてクモの小さな身体にあんな豪勢な料理が吸い込まれるのか。僕には謎だった。どうでもいいことかもしれないけれど。



「にしても結構すんなり受け入れるんだなー、兄ちゃん。……もしかしてそっちの気とかある系?」

「そっちの気ってなんだよ……」

「えー。言わせんのかよ兄ちゃん。優しそうなのに意外とエグいなぁ」

「でもまあ。こういうのって受け入れるより飛び込む方が難しそうだと思うけどな」

「? どゆことよ? 兄ちゃん」

「よく僕の家に飛び込む気になったね。かなり強く拒絶される未来もあったと思うけど」

「ん? あぁ。拒絶したいならしていいぜ? 慣れっこだしさぁ、うちら」

「いや。べつに君たちを拒絶したいわけじゃないよ。ただ、そういう未来があるのに飛び込んだのが凄いってだけでさ」

「へへ。……そういう風に兄ちゃんが受け入れるって、は分かっちゃうんだなぁ。慣れって怖いもんでねぇ」



 寄生虫。


 という自虐は中々に強烈だな。とか思いながら僕はクモに視線を向ける。けれどクモはお腹をさすりながら天井を仰いでいた。……そして自嘲ぎみた自虐だと思っていたけれどマジで言ってるな、ということが僕には分かる。


 もちろん過去になにがあったのか僕は訊かない。訊くべきではないと思う。それが結果的に双子の現状――闇ギルドを追い出されたといういま現在に繋がるというのならば尚更である。過去を訊いてしまうのは本末転倒と言うべきだろう。


 ただどうしても訊きたくなって僕は口を開く。


 台所からは以前として水を流す音が聞こえてくる。


 アメはまだ皿を洗っているのか。



「こういうのって多いのか?」

「ん?」

「こういうの。いきなり人の家に飛び込んだりとかってさ」

「んー? どうだろなぁ。いけそうだったらいくし、いけなさそうだったらいかない。そこら辺はまぁ、殺しとあんまし変わんないかなー」

「そうか」

「うん。そんなもんだよ、兄ちゃん。……心配してくれてんの? まさか」



 口角を上げるクモから僕は視線を外した。


 心配しているわけではなかった。ただ気になっただけだった。しかしクモの回答を耳にするとまた新たな疑問が湧いてきてキリがなかった。とはいえやっぱりそこまで手を焼いたりするのはお門違いというものだろう。


 あくまで僕は勇者で双子はアサシン。


 一時的に協力するとはいえ本来であれば敵対関係にある仲なのだ。たとえ今回の任務において友好関係を結んだとしてもその三日後には僕は命を狙われているかもしれない。あるいは逆に僕は協会からの任務でアサシンを生け捕りにするかもしれない。そういった関係に過ぎないのだ。


 ゆえにドライに。ドライに。ドライに……。



 なんて。



 ――それからなんだかんだで一週間も共同生活を送った末に僕たちは出発日を迎えた。



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