67.闇ギルド


   67



 アメとクモ。顔立ちはあまりにも似すぎているけれど判別は楽だった。なにせ髪型が極端に近い。プラチナ・ブロンドの長髪がアメ。短髪がクモ。さらに性格といった内面……はまだ詳しくは分からないけれど口調も違う。おとなしそうなのがアメ。活発そうなのがクモ。


 そして出来ることならば暗殺術に関しても共有してもらいたいところだった。ほら。僕のサポートとして付くならばやっぱり情報の共有は大事だから……。なんて言ったところで教えてくれるわけがないのでその質問はしないことにする。下手に不信感を与えるのも嫌だしね。


 ということで僕は夜の公園でふたりに流れというものを説明した。


 今日なにがあったのか。学園長はこういう人だった。流れとしてはこんな感じ。出発は一週間後。また疑問点に関しても共有しておく。それはつまり「学園長はなぜか世界地図のコピーを受け入れている。……といっても挑戦的ではあるけれど」といった点である。



「――っていう流れでいまに至るわけだけれど、なにか質問はあるかな?」

「ないわ」

「ないぜー」

「了解」



 ベンチに座る僕の正面にアメは立っていた。そしてアメは両手をおしとやかに身体の全面で揃えながら言った。対してクモは僕の隣にいた……。僕のすぐ隣に腰掛けて僕に寄りかかりながらクモは言っていた。正直勘弁してほしかった。A級のアサシンに密着されることほど怖いものはない。それこそ巨大な百足の魔物に襲われたときよりも怖かった。


 まあ。とはいえ交わすべき会話は交わしたといってもいい。


 あとは一週間後に備えるだけでいい。



「ちなみになんだけどさ、君たち」

「んー? なんだよ」

「どうしてこの依頼、受ける気になったんだ?」



 それは一つの小突きのような質問だった。そしてべつに正直に答えずとも構わないというスタンスを僕は取っていた。はぐらかしてもいい。答えなくてもいい。もちろん嘘をついてもいい。ならばどうして訊くのか? と問われればもちろん気になるからと答えるだろう。


 気になる。


 僕とアサシンという職業は密接した関係にある。しかして友好的ではない。敵対的な関係である。そして敵対的な関係で密接しているからこそ気になるのだ。どうして僕のサポートをするという選択に至ったのか? そもそも……そもそもどこからこの依頼は回ってきたのか。


 まあ信頼はしている。なにせマミヤさんが判断しているからだ。僕はマミヤさんの判断には全幅の信頼を置いている。ゆえに「実はサポートといった感じだけれど僕を暗殺する依頼も受けている」といったことはないだろうと考えていた。


 冷たい夜風が吹き抜けていく。


 夜風はやっぱり秋のにおいを孕んでいる。


 アイスクリームが食べたい夜だ。


 僕がなんとなくそんなことを思った直後だった。僕の左に座っているクモがゆっくりと僕の膝に頭を下ろしていく。そのまま僕の足を勝手に枕にするような形で横になった。そして僕を見上げた。


 アメは動かない。喋らない。微動だにしない。


 クモが言う。



「どーしてだと思う? 兄ちゃん」

「……分からないから訊いてるんだけどさ」

「どーしてだと思う? 頭良いんでしょ、兄ちゃん。うちには分かるぜ。答えてみーよ」

「そうだな……」



 頭が良いか悪いかはともかくとして僕はすこし考える。考えるのは好きだ。パズルも好きだ。なにかしらのパーツから全体像をなんとなく想像して予測してその予測が的中したときには快感がある。……というか思考が好きでないのならば冒険者はやっていられない。また指揮官リーダーもやっていられない。冒険というのは常に思考と実践の繰り返しだからだ。


 なぜ――どこかしらの闇ギルドに所属しているであろう双子のアサシンは今回、本来であれば標的にしか過ぎないであろう僕という勇者をサポートするに至ったのか。


 そもそも依頼はどこから回ってきたのか。まさか闇ギルドから回るはずがない。別の場所からだろう。……ではどうして双子のアサシンは『闇ギルドではない別の場所から依頼を引き受けたのか?』というのが重要な点だろう。僕は当たりをつける。


 もちろん僕は闇ギルドに関していえば門外漢である。しかし闇ギルドは別名で犯罪ギルドとも呼ばれている。……そうだ。犯罪だ。つまり繋がり――信用が第一のはずだ。なによりも信用。そこはきっと冒険者協会よりも強固なはずだ。なにせ犯罪者同士なのだから――告げ口をしないことは絶対条件。周囲に話を漏らさないことも絶対条件。


 必然的に閉鎖的な社会が構築されるはずだ。


 そんな中にあって闇ギルド以外から依頼を引き受けるというのは――裏切りにも等しい。


 そんな裏切りをアメとクモ、双子のアサシンがおこなう理由というのは――?



「闇ギルドに居場所がなくなったか」

「……へへ。やるねぇ兄ちゃん。やっぱ頭が良い。信頼できそうでなによりだよ」

「なにしたんだよ」

「そりゃ教えないよー。うちらの好感度を上げてもらわないとさー。ゲームみたいにね!」

「好感度上げは苦手なんだよなぁ」

「へへ」



 微笑んでクモは僕の膝から起き上がる。そのまま立ち上がってアメの横に並んだ。そうして両者が並ぶと――ああ仲の良い双子なんだろうなというのが伝わってくる。雰囲気で。気配で。……きっとずっと一緒にいるのだろう。かけがえのない家族なのだろう。


 どうして二人はアサシンになったのか。


 闇ギルドに所属していたのか。


 その闇ギルドを追い出される形になったのか。


 これからどうするつもりなのか。


 疑問はたくさんある。訊きたいこともたくさんある。でもやっぱり僕は口にしないし言葉にもしない。それはクモの言っている言葉が正しい。まだまだ僕たちには好感度、というか関係値が足りないだろう。



「んじゃ、一週間後に兄ちゃんの家に行くよ」

「お兄さんの家で集合。それから出発する」

「オッケー。……僕の家、分かってるの?」



 すると二人は揃って首を傾げた。さらに揃って微笑んで言った。



「当たり前」



 ……やれ。まったく怖い双子である。


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