66.アメとクモ


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 ところで実は暗殺者――いわゆるアサシンと僕っていうのはそれなりに馴染み深い存在でもあったりする。っていうのは入院中に師匠と会話した通りでもある。僕っていう勇者はなにかと恨みを買って闇ギルドの連中に狙われたりするのである。というかそれは僕に限らず勇者ならば誰でもそうなのかもしれない。


 勇者は冒険者協会という公的機関に雇われている存在だ。そして協会は公的機関であるがゆえに大義名分を持って犯罪者や闇ギルドの連中を罰することが出来る。しかしそれは当然ながら裏社会の連中にとって面白い話ではない。ゆえに狙われる。


 たとえば【ライネルラ王国】もそうだけれど【テリアン帝国】から刺客がやってきたりもする。あるいはどこの国にも属していない闇ギルドのアサシンに狙われたりもする。場所や時期は様々である。夜更けに襲撃を受けることもあれば早朝に襲撃を受けることもある。ダンジョン前で襲撃を受けることもあれば自室にいるときに襲撃を受けるときもある。まったくはた迷惑な存在なのだ。


 まあ、僕としては慣れてしまっているけれど……。


 さて。


 自宅からマナ・チャリを漕いで五分程度のところにあるこぢんまりとした居酒屋で夕食を終えた。馴染みの居酒屋だ。外に出てみれば既に夏が終わったことを実感するほどに肌寒い。秋の夜。薄闇。その闇を照らしているのは青白くてぼんやりとした魔術灯だけ。


 そして僕はマナ・チャリを漕いで自宅に帰る――ふりをしながらすこしだけ道を逸れた。そのまま自宅ではなく近所にある公園に到着する。マナ・チャリを下りて背後を振り返る。夜の闇だけがある。秋の夜だけがある。……まだ出てくるつもりはないのだろうか?


 僕は振り返るのをやめて歩き出す。公園の中に入っていく。中にはなんの遊具もない。ほとんど空き地にも近い公園だ。けれど子供達がボール遊びにはしゃげるくらいのスペースは存在している。実際にこの公園で遊ぶ子供達の姿も見たことがある。


 そして遊具はないけれどベンチは存在していた。僕はそのベンチに向かってゆっくりと歩く。……僕が気がついたということに、たぶんあちらさんも気がついているはずだ。


 気がつかせるために寄り道をしているのだ。自宅には帰らなかったのだ。そして僕に対する刺客ということはそこまで弱い存在ではないし愚鈍でもない。つまり僕が気がついたということに気がついている。……気がついた上でけんに回っているのだろうか。


 僕はベンチに腰掛けた。その状態で夜空を仰いだ。……前に見たときよりも星の数が増えているような気がする。それは空気が冷えて澄んでいるからだろう。同時にあの黒い点――魔神が復活したときから青空を汚しているという黒点に関しても見当たらなくなっていた。夜の闇にまぎれて見えなくなっているのだろう。


 しばらく僕は夜空の星々を眺めていた。それからこの状況に飽きて、言った。



「時間の無駄だと思うよ、僕を狙うのは」



 気配は二つ。


 公園の塀に張り付く形で二つの気配があることを僕は見抜いていた。たぶんそれなりに腕の立つ人間であろうということも分かっていた。同時にアサシンであることも。……アサシンにはアサシンにしか醸せない気配というものがあるのだ。それは魔術師が魔術師らしい気配を醸しているのと同じである。


 なにより僕はアサシンに命を狙われた経験が多すぎる。あまりにも多すぎる。ゆえに相手がどれだけ手練れであろうとアサシンはアサシンと分かる。たとえば町の往来を歩いていて行きずりの人間を装っている手練れのアサシンも、簡単に見抜けてしまう。


 僕は続ける。



「ほら。僕ってこれでも避けるのには自信があるんだ。いままで何回も何十回もアサシンに襲われてきたけど……全部なんとか躱しきったしね。うん」



 公園に張り付いている二つの気配はまったく動かず――ああ。


 僕は気がついて振り返る。



 ――刃先。



 夜をぐように振るわれた刃先を眺めながら僕は体勢を変える。ベンチの上から倒れるようにして刃物を避けて――そのままバックステップで距離を取る。そして見る。


 刃を振ったのは小柄な人影だった。


 頭部は覆面によってなにも見えない。目元にはわりと幼そうな瞳がある。その瞳が丸くなって驚いていた。避けられるとは思っていなかったのだろうか? とはいえ一番驚いているのは僕の方である。


 ゆえに僕は言う。公園の塀に張り付いている気配――それが一つに収束していることを確認しながら。



「びっくりした……。転移じゃないよね。分身みたいな感じかな」

「……んー。やる」



 と呟かれた声音も幼かった。明らかに子供じみていた。おいおい。今日は子供みたいな危険人物にたくさん会う日なのだろうか? 学園長しかり。


 なんて考えながら僕はゆっくりと後ずさっている。目の前の小さなアサシンから距離を取る。そうしながら公園の塀に未だ張り付いているであろうアサシンの気配を視界の端に収めておく。……久々だな。ここまで警戒するのは。



「お兄さん、S級勇者は伊達じゃないわね」

「いや、伊達だよ」

「謙遜は皮肉。褒めてあげる」



 ぱちぱちぱち。その拍手は目の前ではなく背後――――背後!?


 と驚きながらも僕は咄嗟に背後に魔術を放っている。それは小等学園生でも容易に発動できる光の魔術――だけれども夜であればそれなりの光量で相手を怯ませることが出来る。


 そして光を放ったあとに振り返れば、そこには誰もいない。


 ぱちぱちぱち。


 でも拍手の音だけは虚空から響いていて――いやまったく面倒でうざったい! 僕はまた振り返って小さな暗殺者に目線を向ける。そして言う。



「なにこれ? どういうカラクリ?」

「教えるわけない。アサシン・スキル」



 ぴーす。


 間の抜けた指の形を見て僕は毒気を抜かれた。……ああ。そもそもいま考えるけれどなぜに僕は気がつかなかったのか。ベンチに座っていたときの背後の奇襲。もちろん塀の気配に騙されていたというのもあるけれど――なにより殺気がなかった。


 そうだ。


 どんな手練れのアサシンであろうとも殺気というのはある。その人間に危害を加えようとする際には必ず殺気というものが生じる。そして僕は殺気に敏感だ。ゆえにこれまで数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだが――この小柄なアサシンからはまったく殺気を感じない。


 なぜか。


 ――危害を加える気がそもそもないからだ。僕が避けなかったとしても刃先は僕を傷つけなかっただろう。寸止めされていたに違いない。 


 そして僕は力を抜いた。


 同時にぱちぱちぱちという謎の拍手の音も消える。さらに目の前に立つ小柄なアサシンも気配を緩めて――おもむろに顔の覆面を脱いだ。


 現れたのは、少女だった。


 長いプラチナ・ブロンドの髪の毛を夜風に流す、イメージ通りのクールな少女だ。


 次いで公園の入り口から足音が近づいてくる。そちらに振り向けば……こちらも同じ髪色。しかし髪型はショート。長髪の子とはタイプの違いそうな活発そうな少女が近づいてきて、ああ、と僕は納得する。


 顔立ちがまったく変わらない双子。


 双子の、アサシン。



「よろしく、お兄さん」

「よろしくなー、兄ちゃん」



 僕は目の前に揃った双子を眺める。そして僕が出来ることといえば肩をすくめることくらいだろうか? でも肩をすくめる気も僕には生まれなかった。そして言った。



「……なるほど。自己紹介からお願いしてもいいかな?」

「いいよ。私がアメ」

「うちがクモだぜ!」

「僕がサブロー。……よろしくどうぞ。双子のアサシンさん」



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